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美人局詐欺・闇バイトの誘い(永遠の赤い薔薇8)

私が彼女を好きになった理由を、一つずつ紐どいて行こうとしても、毛糸のマフラーのように、思い出の全てが複雑に絡み合い解く事が出来ない。

どうにか自分の事を好きにさせようと目論んでた私は、逢うたびに彼女の機嫌や言動に一致一遇した。その都度なぜ彼女は今日は不機嫌なのか考えたりした。

彼女の仕草や些細な行動。言動の意味を読み解こうとするたび、私の揺さぶられた心がギャンブルのように私の脳に快楽成分を放出させ、まるで麻薬のように彼女なしでは生きれない身体に、いつしか造り替えられたようだ。

赤い薔薇の棘付きのツルは私を捉えて離さない。彼女を求める気持ちと、諦めるべきだと思う気持ち。揺れ動く私の心に、彼女の棘が心地良くも、痛く苦しく刺さる。





デートの誘いを何度持ち掛けても返事をはぐらかされ金で釣ろうと作戦を変更したのか、男は赤い薔薇に怪しい仕事を一緒にやろうと持ちかけていた。

自分は金持ちの知り合いが沢山いるから紹介する。その人達と仲良くしてれば沢山お金を貰えるから山分けしようと悪どい仕事を持ち掛けてた。

その話を聞いてると、私の中でムカムカと怒りが溢れ出て来るのを感じた。自分の頭では此処では何もせずに後日、彼女から話を聞き出し悪巧みに乗ってるようなら釘を刺せば良いだけだ。それが最もスマートな善良な大人の対応だ。

それなのに、私は心の奥底からこの悪党をぶん殴ってやりたくなって堪らなくなって来た。自分の脳内でこの場でコイツを殴り飛ばし警察沙汰になっても美人局の陰謀を持ち掛けていたと説明すれば問題ないだと感じてた。

私は何十回と頭の中で、赤い薔薇を唆してるオッサンと口論になり殴り付けた未来を行き来した。歯をへし折るように膝蹴りを入れた未来や、襟を掴んで顔面をテーブルに押し付けた未来。カウンターテーブルの前に置いてある酒瓶で頭蓋骨を粉砕する未来や、オッサンが隠し持ってたナイフで私を刺して彼女が心配そうに私を介抱している未来。

隣に居る悪党を成敗した沢山の未来の中で自分が後悔する未来像が一個も浮かばなかった。

もしも、唯一嫌な未来が有るとすれば、ここで何もせず彼女が悪の片棒を担ぎ見知らぬ金持ちと恋仲になり沢山のお金を奪う。そして彼女だけが詐欺だけで捕まり、横で自分の都合の良い駒を手当たり次第探してる悪党だけが至福を肥やす未来だけが嫌だった。

私は何度かトイレに行き自分の顔を洗って怒りを鎮めるように精一杯の努力をした。

此処で私が暴れたら、時間をかけて良い人を演じて来た私の紳士としての体面が崩れる。私の中に破壊を求める魔物が住んでる事は彼女には知られたくなかった。





トイレから戻って来ると男は赤い薔薇にベタベタしながら、月一千万以上は稼げると豪語しており、彼女は「恨まれて刺されるのが怖い」と笑顔で誘いをかわしてた。

このまま何事も無く、ちょい悪オヤジの酔った勢いで話した、与太話として終わるだろう。

彼女はこんな悪巧みに加担するような馬鹿じゃない。仮に酒に酔った勢いと、精神的な落ち込みや鬱状態が重なって誘いに乗ったとしても、彼女が困った時に手を差し伸べれば私自身の好感度も上がる。

此処は何事も無く、やり過ごすのが最も賢い選択だ。そう理解してるのに、男の畜生道に誘う言葉を聞いてると、段々と怒りが込み上げて来た。

ツツモタセで捕まるのは実行犯である女性の方だ。男は女に金持ちの知人を紹介しただけで、幾らかのお金を受け取っていたとしても、手渡しで現金を受け取るなど証拠を残さない様に徹底すれば、少なくても私なら完全犯罪が可能な案件だ。

目の前の男に、それほど知能が有るようには思えない。でも、金の無い若い女が多く働く夜のバーで、知識の無い人間を食い物にしようと犯罪になる儲け話を持ち掛ける横の男をぶん殴りたくてしょうがなくなった。

奴は己の私利私欲を満たす為に、お金がなくて困ってる人の元に来て、心の隙間から入り込み闇に染めて犯罪行為を唆す外道だ。

私の心に声が浮かんだ。『殴っていいよね?いや、殴るべきだ。むしろこいつを殴らない事が不自然だ』


気がつけば、私は二人に忠告するような体裁で、実際には男に向かって威圧的に、「お前ら捕まるなよ。それツツモタセやろうが!」と、やや怒鳴り気味に叱責するように言い放っていた。

男は私を見て、「馬鹿だな、捕まるわけないだろ」と半笑いで馬鹿にするように返答した。それに対し私は、「貴方は、今まで捕まったことないんですか?」と尋ねた。彼は「何度も捕まってるよ」と、まるで自分が裏の世界に精通している猛者であるかのように得意げに答えた。私はすかさず、「捕まってんじゃねぇかよ」と嘲笑した。


赤い薔薇は、初めて聞く私の怒り混じりの声質と態度に、唯ならぬ空気を敏感に感じ取り、男と私から瞬時に距離を取った。

男は私を睨み付けた。私の心に有る妖刀村正は既に抜かれた。この妖刀は一度抜けば何かを斬るまで決して鞘には戻らない。

私は必ず、この男を斬る。そう決まっていた。自分で決めたわけじゃ無い、そう言うふうに運命が決まってる様な気がしてた。

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