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美しい時間をありがとう【小説のような手紙みたいなもの】

誰かと、間違って君が送信した、僕以外の誰か宛ての君の淫らな動画を見て、僕はすぐ斜め下を向き、しばし留まり、それから旅に出た。旅先で、様々な人間を見つめながら、なぜ人間は、感情を持て余して生きているのだろうと思った。感情を、己の中に梱包し続ければ、ただ、それだけでよかったのに。何を言っても仕方ないなと思いながら、僕が見たことない君の姿を思い出した。嬉しそうに、悲しそうに、切なそうに、君の声は、惨めな空間を切り裂いていた。男が、僕の、知らない、誰か、知らない男が、君の美しい裸体を動画に撮って、いたのだろうか。第三者目線のその動画は、どこまでも、静かに、離れるのだった。

「ごめんね、ぜんぶわたしのせい、もう別れて」

おまえが、言うことじゃ、ないだろ? と、僕は思った。どこまでも、人間なんて自分本位で、己を正当化して生きるだけの塵芥に過ぎなくて、どれだけ泣き腫らしても、夢の中に逃げ込んでも、すぐ次の日が訪れる。その日が、暖かくても、冷たくても、雨が降っても雪が降っても、燦々と太陽が空に張り付いても。僕たちは、悲しい世界に、生きている。生きるしか、ないのだ本当は。

ありがとう恋人よ、ありがとう。

もう、送信しても、既読が付かない君は、今頃、きっと、新たな被写体となっているのだろう。淫らな姿をさらけ出し、さらけ出しながら、さらけ出したまま、愛しい瞬間を、楽しんでほしい。

さようなら恋人よ。

大好きな恋人よ。

ありがとう。

クソみたいな時間を。

ありがとう。


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