見出し画像

ジャンプシステムに見事にハマるチェス少女。クイーンズ・ギャンビット

ボードゲームが好きだ。プレイヤーとして大好きだということではない。私はルールを教えて貰っても駒の動かし方をすぐに理解出来ずに上手く指せなくて諦めてしまう。それでも何回かチャレンジしてみたのだが同じことだった。碁に至っては盤面が真っ白になってしまったことがある。オセロでもないのに。
自分では出来ないから天才的な能力を発揮する主人公のドラマやアニメがすきなのだ。
だから去年話題になったNetflixのクイーンズ・ギャンビットは、普段ならすぐにでも視聴したと思う。

ドラマのモデルとなった実在のプレイヤーは男性だが、この作品では若い女性が主人公になっている。男性が主人公ならゲームの話でどんどん進むのに女性が主人公では男社会で差別されたり不利になったりする話も入って来るだろうお酒と薬も出てくるようだしドロドロになりそう。気が進まないな、と思っていた。
そういう理由でしばらく手をつけなかったのだが評判の良さに視聴してみることにした。
以前、このクイーンズ・ギャンビットと同じように女性主人公の将棋指しが活躍する朝ドラがあった。もちろん楽しみに観ていた。現実ではまだ達成されていない女性がタイトルを獲るドラマだ。古い時代のドラマだし女性だから侮られ嫌な思いもする。昔はこういった作劇が効果的だったのだろう。それでも私は単純に男性社会の壁を乗り越え勝ち進んでいく姿が楽しかった。ライバルの男性との恋の行方も気になるところで後に二人は結婚したが将棋を優先して離婚し、その彼を破ってタイトルを手にする。視聴者は復縁とタイトル獲得を期待していたが、復縁はせずパートナーとなって将棋を介して生きていく事を決断する。当時はこれが最適解で最先端だったかもしれない。
将棋界はあれから20年以上経っているのにドラマを未だ現実が追い抜けない。このクイーンズ・ギャンビットが扱うチェスの世界もトッププレイヤーは男性が占める。単純に女性の競技人口が少ないだけなのだが、現在でもなかなか裾野は広がっていないようだ。女性のプレイヤーが圧倒的に少ない年代に主人公ベス(エリザベス・ハーモン)はチェスプレイヤーの道を歩みだす。

イラスト おにく

孤児のベスは引き取られ養父母との新天地ではじめての大会に出場し注目を浴びる。その次の大会で初の敗戦を経験しながらプレイヤーとして名声を得ていく。
ベスの行く道を誰が阻むのか。私はずっと登場人物に注目していた。養父母が登場すれば彼らを疑い、前半最大の敵アメリカNo.プレイヤーであるペニーが颯爽と登場すれば彼と恋に落ちてベスが葛藤するのだと想像していた。ところがそんな朝ドラ的なありふれた展開には全くならなかった。他にも最初に危惧したような男社会で苦しむという葛藤はほとんど描かれることはなかった。次から次へと登場する人物は普通の人々でベスを陥れようととするものなど誰も居ない。学校の女友達はマウントをとることはあってもチェスには全く関係ない。ベスは居心地が悪い思いをするだけで普通のティーンとしての葛藤が描かれた。
もっと意外だったのは養父母のうち養母アルマはベスのチェスの才能を知りビジネスパートナーとなったことだ。不実な養父に構わず女同士二人楽しげな遠征道中の展開は斬新だった。大会の行われる滞在先ホテルの装飾や華やかな衣装は煌びやかで、勝ち進む度に洗練されていくベスは見どころのひとつだ。
登場人物達はサラッと通り過ぎる感覚で描かれる。ベスのドライな性格の距離感のままに特に執着もない。しかし彼等の方は別で、ベスを好きになり味方となっていく。
たいてい勝負の世界で生きるプレイヤーは孤独がついてまわる。もちろんこの作品でも孤独はベスを追い詰める。しかしそれはベスの本当の敵ではない。このドラマでベスに立ち塞がる壁は孤独でも、友人やライバルの嫉妬でもない。さらに養父母でもなく、もちろん恋でもない。ベス自身が問題なのだ。ベスの捉え方、孤独との向き合い方が壁となって立ち塞がっている。対戦相手達は純粋にプレイヤーとして彼女と対峙しているだけで陥れるひとは誰もいない。彼女の周囲にいる人たちはむしろ彼女を希望とし支える側に回る。はじめての大会でベスに敗れた少女は助言をくれ、ライバルペニーはペスにアドバイスしたり援助したりと良きメンターとなった。恋も同棲相手もベスとチェスを引き裂くことはない。ベスがその道を全うすることを心から願っている。彼女、彼等は「敗者」の側に居たものたちだ。敗者たちが後にベスを支えるようになる。敗れたものたちが後に味方になって仲間になる少年漫画の王道主人公が、冷戦下の時代に置き換えられファッショナブルな少女でドラマになった。敗者が仲間になりどんどん増えていくこの展開は理解あるパートナーを得ることで解決していた朝ドラの時代よりも数が多いだけ有利で現代的だ。単純に勝ち進む様を楽しめるのは案外ストーリーが熱血で仲間たちとの距離感が心地よいからだろう。
「努力、友情、勝利」少年漫画雑誌の王様ジャンプでよく言われるスローガンをNetflixの制作側が知っているとは思わないが見事にジャンプシステムにハマっている。さらにラスト近く敗れて傷心のベスをサポートする親友ジョリーンとの再会は胸が熱くなる展開だ。孤独からチェスを手放しかけていたベスに応援する人たちの存在を改めて見つめさせてベスを覚醒させた。そこからはラストのソ連行き、勝利を掴むまで単純にベスの勝ちっぷりを楽しめばいい。まさに1度負けて修行を積み再度挑戦するジャンプ主人公そのものだ。
皆の期待を背負ったベスは腹を括る。勝負服は最もそれを表している。灰色のイメージの会場の中を、ベスが自信に満ちた白と黒を基調にしたドレス姿で登場する。初戦のドレスは映えて鮮やか。これは実写ドラマならではの楽しみ方だ。

またジャンプで取り上げられるスポーツや題材は競技人口を増やすのに貢献する。碁や将棋も然りで今まではじめるきっかけが漫画だったとはよく聞くエピソードだ。今回、このドラマもチェスの売上を上げたそうだ。人気と社会的にも影響があったことを裏づけるエピソードで、このドラマの成功を物語る。こんなところもこの作品はジャンプシステムにきっちりハマっている。

SpecialThanksおにく

#PLANETSCLUB  #PS2022 #クイーンズ・ギャンビット 



この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

私のイチオシ

ちょっと寂しいみんなに😢