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子どもが欲しいと思えない自分を肯定できない

我が家は夫婦2人暮らし。結婚4年目。子どもはいない。心から子どもが欲しいと思ったことは、正直なところ一度もない。幸いなことに、と言っていいのか分からないけれど、夫も同じである。

年齢的には「適齢期」な訳だし、親とか親戚とか知り合いとかに「そろそろ子どもは」と言われるのかな、と思っていたけれど案外言われないもの。そういう家もあるという認識が広まってきたのか、期待していないのか、特に興味がないのか。まあ理由は分からないけれど、直接的にそういうことを言われたことは一度もない。

特に義母は子どもが大好きだから、多分私たちに子どもが産まれたらすごく喜んでくれるだろう。内心は期待していると思う。でも、何も言わずに私たちのことを見守っていてくれる。そんな今の環境にありがたいなと思うと同時に、申し訳なさも感じている。

子どもをもうけたいと思えないことは生き物として間違っているんじゃないだろうか。

この環境に甘んじていていいのだろうか。

産まないことは「正しい」ことなのだろうか。

夫婦のあり方は多様だと分かっていても、心のどこかで「結婚すること=子どもを産み育てること」と思っている。子どもが欲しいと思えないことは、何かのエラーなのではないか、と。

だから、仕事を辞めて気持ちにも時間にもゆとりができた今なら子どもが欲しいと思えるんじゃないかとほんの少し期待していた。まあ、裏切られたのでこんな文章を書いている。

たまに、旧い友人の出産報告がSNSのタイムラインに流れてくる。そのたびに心の底からおめでとうと思うし、生命ってすごいなーと尊敬している。しかしだからと言って「うちも子どもを」とはならない。いっそのことそう思えたら楽なのに、と思う(そんなことはないはずだけど)。

だいたい、産むこと育てることに対して不安や恐怖が大きすぎる。当たり前だ。目を離したら死んじゃう言葉の通じない自分とは違う生き物を育てるのだから。そして産む前も産むのも産んだ後も痛いらしい。それをやり遂げるだけでも大変なのに、やれ保育園だ、ママ友だ、育休だ、習い事だ、受験だなんだって人間関係やお金のことだって気にしなくちゃいけない。え、私にはそんな偉業、無理なんだけど。全世界の子育て中の親のみなさん、親になろうとしているみなさん、すごすぎる。もっと威張っていいと思う。

そんなわけで子どもが欲しいと思えない自分がなんだかただの怠惰のような、人間としての何かをサボっているような気がしている。小さい子どもを見ると「かわいいな」と思うし、いつかそんな日が、と想像することもないことはない。でも、それだけ。20代の終点が見えてきて、余計に日々モヤモヤしている。

最終的にこの問いの答えは2人の好きにしたらいいことは分かっている。答えの中身が見つかるまで、もう少しかかりそう。

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