さびしいインターネット

 インターネットを利用しはじめたのは、もう、十五年以上前の話だ。その頃のぼくは高校を辞めて、抑うつ状態に陥り、メンタルクリニックに通院していた。十六歳の頃のことだった。
 ぼくはあんまり外界に興味のない少年で、いつも内にこもりがちだったし、新しいものにも興味がなく、インターネットのこともよく知らなかった。そんな自分がインターネットをするようになったのは、高校を辞めたあと、通信制の高校に入り直したからで、勉強するのにインターネットが必要だったから、という理由だった。
 なんていうか、その頃は、なんとなくはじめてみた、みたいな、軽い気持ちで、「これからの時代はインターネットだ」とか、そういうふうな熱い気持ちはぜんぜんなくて、気がついたら、インターネットをやっていた。そういうかんじだった。
 はっきり言って、インターネットみたいなものは嫌いだし、いまも、嫌いなのかもしれないんだけれど、もう、いつのまにかインターネットは生活の一部になってしまった。今更、インターネットが嫌いだからと言って、インターネットなしで済ますことはできない。

 十五年前の自分とインターネットの関わりをおもいだすとき、そこにあったベースの感情はさびしさだった。十代の頃のぼくには友だちがいなくて、でも、友だちがほしいという気持ちはあった。インターネットを通して、ぼくは自分と同じようなさびしい人間とつながりたいとおもっていた。

 当時のインターネットにはまだ、SNSのようなものはなくて、掲示板や、チャットによるコミュニケーションが中心だった。まだ、いまより、人々はインターネットにたいして、用心深かったし、危険だとおもっていた。一回、掲示板に書き込みをするにも、かなりの勇気が必要だった。
 掲示板で、代表的なのは2ちゃんねるだった。2ちゃんねるはとてもこわい場所だった。ぼくは書き込んだことはないが、はじめて2ちゃんねるを見たときは、ショックだった。あまりにも汚い世界が広がっていて、まだ世間知らずの子どもだった自分は気持ちが悪くなってしまった。
 インターネットの広い海には、危険な大人がたくさんいて、日々、悪意のある言葉を投げあっていた。

 もう一つ、インターネットをしていて、衝撃を受けたのは、はじめてエロ動画を見たことだった。「こんなことが許されていいのか」とおもった。ぼくの家は性的な事柄がタブーだったし、性教育もあんまりされてなかったので、衝撃が大きかった。無修正動画を見たときには、ほんとうにびっくりした。
 ぼくは性欲が強かったので、罪の意識をかんじながらも、日々、AVのサンプル動画を漁る日々がはじまった。
 ぼくの十代の頃の思い出は、鍵をかけた自室に閉じこもり、夜遅くまでAVのサンプル動画を見ていたことだ。なんというか、その頃は、「死んだほうがマシかな」という気がしていた。生きるのがつらかった。

 毎日、インターネットばかりしているぼくに、ある日、父親からメールが届いた。それには、「インターネットの情報のうち、99%はクズだ」と書いてあった。それに続いて、父親らしい上から目線での言い方で、「飽きるまでやればいいかもしれない」と書かれていて、「でも、自分がやったことは必ず、自分に跳ね返ってくる」というようなお説教の言葉で終わっていた。
 たしかに、インターネットの情報の多くはクズのようなものなのかもしれない。でも、ぼくは現実で満たされない気持ちを抱えて、インターネットをしていたので、そんなことはどうでもいいことだった。情報を集めるためにインターネットをやっているわけではなかった。

 こんなふうに、インターネットをはじめた頃の思い出にはさびしいものが多い。
 あるとき、気まぐれではじめたネットゲームで、二十五歳くらいの女性と知り合いになった。そのゲームでは、プレイヤー同士はチャットをすることができたので、いろんな人とチャットをしていた。
 その女性にたいする憧れの気持ちがあったけれど、住んでいるところは遠かったし、実際に会って話したわけではない。
 彼女はいまで言うメンヘラで、リストカットや、OD、自殺未遂のようなことまでしていた。子どものときに両親から虐待を受けていた、と言っていた。
 大人になった彼女は、いまは、ひとり暮らしをしていて、猫が好きで、ライターの仕事をしていた。孤独だけれど、知的な雰囲気のある彼女に、ぼくは憧れていたし、心配もしていた。

 ぼくの世代の人間には、インターネットをはじめた頃の思い出と、自分の十代後半から、二十代前半の青春期の記憶が重なっている人が多いとおもう。
 インターネットは、ぼくの恥ずかしい過去、黒歴史を知っている。
 あの頃、同じようにさびしかった人間との関わりのなかで、人を傷つける痛みのようなものを知った。たとえ、インターネットでの出来事でも、その経験は偽物と言うことはできないだろう。
 あの頃は、とにかく、恥ずかしいことが多かった。恥ずかしくて、痛くて、そして、さびしかった。

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