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民の力 - PROJECT ATAMI Ep.2 -

熱海を舞台にアートで街に彩りを与えることをテーマとした「PROJECT ATAMI」は、2021年3月、ACAO SPA & RESORTと東方文化支援財団が始めた民間主導型のアートプロジェクトだ。
 PROJECT ATAMIは、「ACAO ART RESIDENCE」と「ATAMI ART GRANT」の二本柱を軸としている。
東方文化支援財団の代表理事、中野善壽氏はかつて寺田倉庫の代表取締役を務めていた。無機質な倉庫街にギャラリーを招聘し複合施設を作りイベントを開催するなど天王洲エリアをアートで再生し、場の価値を高めたという実績がある。その功績が認められ、法人格では初となるモンブラン国際文化賞を受賞し、その賞金をベースに東方文化支援財団が立ち上げられた。アートによる地域再生の第一人者である中野氏と熱海の老舗大型リゾートホテルが協働し、PROJECT ATAMIがスタートすることとなった。

日本で大規模で有名なアートイベントといえば、横浜トリエンナーレ、あいちトリエンナーレといった行政主催が圧倒的に多く、他には瀬戸内国際芸術祭のような大企業主導で莫大な予算を投じてドラスティックに地域再生を実現した事例もある。PROJECT ATAMIの場合、いずれのパターンにも該当しない。行政でも大企業でもなく、いちリゾートホテルが始めた。特筆すべきは、自社ホテルへの集客のみならず、熱海の価値を高めることを目指していることである。
現状は、行政からは展示やパフォーマンスなどで使用する場所の許認可申請や広報的なサポートはあるものの、現状では予算面の支援はない。
プロジェクトの進め方もトップダウンではなくボトムアップ。月に1度はラウンドミーティングを開催し、プロジェクトの進捗状況を共有しながら商工会議所、観光協会や展示場所協力者と進めていった。そのうち、展示場所に関しては口コミで数珠繋ぎに広がっていったという。屋外展示については、私有地や民間が運営する公園などを使用している。東京から拠点を移したデザイナーが空き家をリノベーションした企業の合宿所と喫茶「薬膳喫茶 gekiyaku」や、壁紙や調度品など贅を尽くしたこだわりのキュレーション・ホテルなど市街地にも個性的な展示会場が点在する。

キュレーションホテル
薬膳喫茶 gekiyakuに併設された合宿所
薬膳喫茶 gekiyakuに併設された合宿所

メイン会場のACAO SPA & RESFORTではホテルの従業員が入場整理、会場案内や誘導など来場者の対応にも積極的に対応している。専門的な研修を経て、日頃から接客のプロとして働くホテルのスタッフは若い世代がメインだ。突如始まった現代アートのイベントにも一生懸命理解しようと取り組んでいる様子が伺え、アーティストにも来場者にもホスピタリティに溢れた対応は素晴らしい。これは、ホテルが主催することの大きなメリットと言えるだろう。運営スタッフの細やかな気配りは、来場者の満足度にも大きく作用する。


一般的にはアートフェスティバルでは、アート愛好家、学生やボランティアが好きな高齢者などが、監視やチケットもぎり、荷物預かりなど一般来場者と触れ合う場面での運営に携わることが多い。2021年のPROJECT ATAMIのアートイベントでは、事務局スタッフの人数が限られているため、ボランティアを募り、教え、指示する手間を考え、あえてボランティアを取り入れなかったという。いわゆる素人の拙い対応とホテルの従業員のそれとでは比較にならず、あえてボランティアを登用しないという選択が功を奏した部分もあるのではないだろうか。
監視スタッフがいないということは、観客が作品の世界観に浸る環境にとっては望ましく潔いとも言えるが、作品の破損や事故を考えると望ましいことではない。会場案内の人も少なくサインもないので、時間のない中で会場を効率よく回りたい人にとっては苛立つ原因にもなり不親切と言えなくもない。ニューアカオ館は増築を繰り返した結果不可思議な階構造で、普通に歩いていても広大な敷地内の現在地が分からなくなるのはもちろん、エレベーターの階数表示が展示のコンセプトとして意図的に消されていたため、困惑して右往左往している来場者も多く見られた。

日本で生活していると全てが丁寧、非常に親切でスムーズだ。電車は時刻表通りに遅延なく発着し、駅構内や電車内では常に何かしらのアナウンスがされている。スーパーでは購入したものを丁寧にカゴに詰めてくれ、専門店のラッピングはもはや芸術的な美しさだ。外国人はこのようなきめ細やかなサービスに感動し、自国の野蛮さを恥じる。日本人の「普通」の水準の高さは多くの国々にとって普通ではない。
そして今や端末からネットにいつでも接続し、必要な情報を手に入れ、道に迷うことも、お店選びに失敗することもない。
しかし人は、失敗から学ぶ。思うようにならない事態に直面し、自分の頭を働かせ、考える。PROJECT ATAMIの展示イベントは、当たり前のように享受している我々の普段の便利な日常生活に一石を投じる試みとなったとも言える。海外に行った時に味わう不自由さを思い出したのではないだろうか。コロナ禍で簡単には海外に渡航できなくなって久しいが、その不自由さの中にある発見や面白さを体感できることもまた、本イベントの魅力の一つとなったとも言える。

地域の人々と連携し着々とアートイベントが進められ、順調そうに見えていたPROJECT ATAMIだが、熱海が突然の自然災害に見舞われ、開催が危ぶまれる事態となった。2021年7月、ACAO ART RESIDENCEの制作発表を行っていた当日に集中豪雨災害は起こり、来場者やプロジェクトに関わるホテルスタッフも含め、土砂災害で多くの家が全壊したという。コロナ禍に追い打ちをかけるように熱海の観光収益も激減した。

その場に居合わせたレジデンス・アーティストたちも何かできることはないかと急遽「アーティストチャリティーシャツ」を200枚製作し、売り上げの全額を熱海市に寄付した。当初は製作費も持ち出しだったようだが、継続的な活動とするために現在では製作費を差し引いた売上額が寄付されている。

予算的な問題だけではなく、避けようのない自然災害に見舞われ、多くの地域住民が住む場所を奪われるなどの多大な被害を受けた状況下で、11月のATAMI ART GRANTを開催すべきかどうかということも議論された。
 
しかし、災害により自宅が全壊してしまったプロジェクトに関わる地元住民から、「このような時期だからこそ、秋のアートイベントを頑張りたい。」「あなたたちにできることは、アートにより熱海に人が来るようにすることだから、その役割をしっかりがんばってください。」など前向きでチーム全体の士気を高める、あたたかな言葉や声掛けがあったという。
熱海市民は主に観光業に携わっているため、外から街に人が来ないと生活ができない、どうにもならないという意識が強い。土砂災害の困難に見舞われても実現できた理由にはこんな想いがある。
また、主催者側が会場の持ち主が主役になるように配慮し、調整したことも、多くの人々が自分ごととして積極的に関わりたいと思うモチベーションに寄与している。

クラウドファンディングで資金を募るに至った背景には、熱海以外からイベントのために集合したアーティストやアート関係者によるアートイベントの開催という目的よりも、むしろ困難に直面しているからこそ今自分たちにできることで地域の魅力を発信したいという、地域住民の強い想いと主体的な行動が原動力としてあった。地域再生には、地域の魅力を発見できるよそ者の存在はキーワードとしてよく用いられるが、それは着火剤にすぎず、継続する上ではやはり地域住民の主体性、主催者との対話や同じ方向を見て協力できる信頼関係が必要だ。PROJECT ATAMIの場合は、コロナや自然災害といった度重なる困難を共有することにより、結果的に地域外のよそ者と地域の人々の心を強く結びつけ、モチベーションを高めることとなった。


《NEW WORLD》宮崎勇次郎


ATAMI ART GRANTでは、土砂災害が二度と起こらないよう祈願をこめた壁画も制作されている。
作家の宮崎勇次郎は壁画作品《NEW WORLD》について次のように語っている。
「虎は、東北の太平洋岸に多く分布する虎舞いから来ています。
「雲は龍に従い、風は虎に従う」の故事にならい、虎の威を借りて風をしずめ、安全に関する信仰として伝承されている虎舞いで、熱海で起きた土砂災害が2度と起こらないことを祈願しています。
富士山は、私が銭湯を実家にもちそこから来ていますが、静岡、日本を象徴するものとして描きます。
目玉焼きとソーセージのスマイルは、「良い朝を」という意味で、災いが起きてもまた新しい朝が来て私たちは復興できるという意味です。受話器は、あの世と繋がるものとして意味します。
「remember」という文字との組み合わせで、土砂災害で亡くなられた26名と繋がりながら忘れない。という意味を込めています。」

尚、2022年5月のゴールデン・ウィークには、豪雨災害により中止となったパフォーマンスを含め、オープンレジデンス、ATAMI ART GRANTで残された展示作品など様々なアートプログラム「ACAO des ART」が開催された。


社会学者の中井治郎によると、観光は人々が日常を離れて非日常を求める営みであり、行き先である観光地の魅力を掘り下げるよりもむしろ、旅に出る人々が日常を過ごす街に何が足りないのかを考えることの方が重要だ。
熱海に観光に来た人々が、偶然にもPROJECT ATAMIによる数々のアート作品と出会う。帰り道にいつもの風景や日常の中でいつもと異なる見方や感じ方をするようになり、新たな発見があるかもしれない。そんなささやかだが豊かな創造性や想像性を醸成するきっかけとなるならば、PROJECT ATAMIはアートプロジェクトとして熱海の活性化のみならず、日常とアートとの距離が近づいて、徐々に浸透していくことにも作用したと言えるのかもしれない。

Special Thanks: 伊藤悠(PROJECT ATAMI ディレクター)
Text & Photos: Riko

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