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健さん(32)父良夫の頼みと、飲み仲間たち

「おや、良夫先生、珍しい時間に」
居酒屋の美智代は、少し驚いた顔。

良夫は苦笑い。
美智代を手招きして、「かれこれ」と小声で耳打ち。
途端に、美智代の顔が輝く。
「あれあれ・・・それは、邪魔できませんねえ」と、熱燗とお通しを良夫の前に。

その雰囲気に、なじみの客たちが、すぐに気づく。
「おめでたです?」
「ついに、福の神が?」
「ついに健さんも年貢の収め時かあ」
「披露宴はどこ?いつ?」
など、先走る者もいる。

良夫は、そんな馴染みの面々に、深く頭を下げる。
「まあ、おおよそ、そんな具合なんだけどさ」
「で、わかるだろ?」
「あの二人って、一人は我が娘だけどさ」
「とにかく、二人とも、不器用でさ」
「申し訳ないけどさ、頼むよ、みんな」

美智代が、うん、と頷き、客全員に声をかける。
「みんな、邪魔しないようにってことさ」
「超堅物男と、純情箱入り娘の恋路だよ」
「上手くいった方が、気分がいいじゃないか」

居酒屋の隅に座っていた苦み走った老人が、徳利を持って良夫の前まで歩いて来た。
「良夫先生も、来年には、おじいちゃんって言われるのかい?」

酒を注がれた良夫は、照れくさい。
「親分、まだ、そこまでにさ、あの二人だよ、不安でさ」

そんな良夫を美智代がからかう。
「まあ、この父も、娘の結婚式で大泣きになるタイプ」
「まだまだ、子離れできないねえ」

そのからかいで、居酒屋全体が、ドッとわいている。

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