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ただただ好きな組み合わせ②

純米酒と焼きおにぎり

新酒をいただくために、朝6時台の飛行機で2月の庄内へ飛ぶくらいには日本酒が好きだ。年に1度会う知人たちと、雪のちらつく中アテとビールを消費しながら蔵へ並び、今年の味を身体に染み込ませる。長らく通っていると、同じ酒蔵の同じ銘柄でも、自分の好きなお米の風味や新しい匂いの誤差レベルの発見と会得があり、自分の身体能力ののびしろをひそかに実感できて愉しい。
日本酒のデータ(から読み解くうんちく)が好きな人には申し訳ないけれど、日本酒度や精米歩合はどうでもいい。
・口に含んだ時の感じ
・あれと食べたいなという食材や味つけの想像

この2つがすべてだと思う。だから私は、焼きおにぎりと一緒に、米on米でも美味しいお酒が好きなのだ。

アルバリーニョとカツオのソテー

大学生の頃、第2外国語でスペイン語を専攻していた。日本人の先生とペルー人の先生の2名の授業を取っていたが、日本人の先生は見た感じまったくラテンの成分がない方だった。いつもシャツのボタンを上まで留めて、ネクタイこそしていないものの夏でもジャケット、革靴も隙なく輝いていた。
彼の授業はどちらかというと文法や読解が主要で、授業中の対話はさほど多くなく淡々と進んだ。1年の夏休みにスペイン旅をする計画を立てた私は、訪れるべきか迷う施設や街を、授業後彼に相談し始めた。話の中で彼が最も熱量高く勧めてきたのが、ガリシアの白ワインだった。
夏の街、建築、美術、活気ある人々、ボカディージョ、食事、ワイン、シェリー、音楽。空間へあふれ出るすべてに圧倒されて旅をしていた私の頭の中から、ガリシアの白ワインはすっかり消えていたが、フォスかどこかのバルで近くの男性が「アルバリーニョ」と発したことではっとする。ガリシアの白ワインは主な葡萄がアルバリーニョで、かつてその地域で学んでいた先生によると、妙に塩気があって火を通した魚との相性が最高らしい。
カウンターにあるタパスを眺めつつ「マグロかカツオありますか?」と聞くと、カツオのソテーを勧めてくれたので白ワインと一緒に頼む。火が入りすぎた感のあるカツオだったが、十分に味わい深かった。そしてアルバリーニョは確かに塩気を感じる。いわゆる「ミネラル」という表現にまとめられると思うが、南仏辺りの漁港のある地域の白葡萄にも塩気を持つものがあるので、こういう白ワインはお刺身よりちょっと火を通す方が塩気がマイルドになって、食材もワインも良さが出るのだと思う。先生様様である。
そんな夏の日を思い出しながら、2年連続徒歩圏内で過ごした今年の5月の連休、勝浦直送のカツオを半生ソテーにしてアルバリーニョを合わせた。やっぱりカツオは半生が最高。

シングルモルトとハービー・ハンコック

20代後半〜30代前半まで働いていた会社の下にプロントがあった。夜はバーにしてくれるので、同僚と外のテーブルで集まり小一時間飲んで食べて帰る、というのが週1のルーティンだった。仕事でよく絡む人と行くことが多く、そのうちのひとりはいつも白州のソーダ割を飲んでいた。彼の判断力や決断力をたいそう尊敬していた私は、普段の飲み物も真似してみようと思い立ち、それがシングルモルトとの出会いだ。頼んだタイミングに店内ではハービー・ハンコックのwatermelon manがかかっていて、以降、シングルモルトを飲む時はハンコックを聴くかという気になるから、何でも最初の体験の刷り込みというのは重要だと実感する。

ところで、慣習的にメンバーの誕生日を祝うという文化があった当時のチームでは同僚の誕生日を当然のように覚えているのだが、私の誕生日に近い時期にプロントで飲んでいたある晩、またハービー・ハンコックがかかった(この時はEmpty Pocketsだった)。「そろそろ誕生日だよね、あれ、確か…」と、明晰な記憶の持ち主である白州のソーダ割の人が珍しく言い淀むので、ずばり日にちを回答しようとした矢先、「そうだ、岩隈と一緒だもんな」と言われた。もう引退してしまったが、岩隈(元、と呼ぶのがどうにも変な感じ)選手と私は同じ誕生日だったのを、野球オタクの彼のおかげで初めて知った。それまでは、ハービー・ハンコックと同じと言っていたけれど、これからはこっちも使えるなと思いながら、白州のソーダ割の人と一緒におかわりを頼んだ。
今ではバーに並ぶ名だたるシングルモルト瓶はひと通り理解し、自分の好みや苦手な感じを言葉にしてバーテンダーへ伝えることもできる。ただ、どうしてもハンコックが聴きたい時には、早めに帰宅してソファあるいは床に寝そべり、小さな音量で彼の音を流し、お土産にいただいたラフロイグの香りを深呼吸して吸い込むのだ。

結局アルコールとの相性の話になってしまったが、①にはコーヒーと炭酸水の話もあるのでノンアル派はあちらもどうぞ。

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