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ギフトとアビリティ、中野誠也選手の場合。

そのPKはキーパーの正面に飛び、今シーズン21点めの得点にはならなかった。チームが勝ち越したり、膠着した状況を打破する得点を切り拓いてきた中野誠也は、顔を覆ってらしくない姿だった。
PKの練習をしろ、とその前週に野口航のハッシュタグ講座(という主旨ではないが野口選手の得意なハッシュタグ徒然草で誠也選手を紹介するスカサカHT11/16放送分 https://youtu.be/1zXjOsNi4aQ )で指摘されていたことが現実になってしまった。
ただ、その後も貪欲にゴールへ迫る。サイドでDFの裏をかいくぐる。いつになくヘディングでハイボールへ絡みにいく。キーパーが前に出ていると一瞬で判断し、遠めすぎるやろという位置から強いシュートを無人のゴールに放つ。21点めが欲しいという執念は痛いくらいに伝わってきた。

1年生で初めて見た時、ハイスタのStay Gold https://youtu.be/scqDV8X5-Xk をチャントに持つこの新入生に「えっっハイスタ使うんや」と俄然興味がわいた。3つ上の中野(嘉大:仙台所属)選手に負けじとシュートを狙っていて、その打つタイミングやポジショニング、DFと競りながら裏へいつの間にか抜けていくがめついんだけど軽やかなところがとても印象的だった。※中野複数人時代があるので、今でも「中野選手」といえば個人的には嘉大選手が浮かび、どうしても誠也くんは誠也選手だ。
ただ、2年生は2部リーグだった。圧倒的に得点するでしょと思ったけれど、がちがちに引いてくる相手や荒っぽいファウルに手こずった印象で、すごく輝いたわけではない。でも起きたことを全て糧にしているんじゃないかと思うくらいアウトプットが毎回進化して、そして常に同じテンションで適切な言葉で振り返り、説明するその能力はとても20歳とは思えなかった。
3年生のリーグでは得点王まであと1点だった。強い筑波が復活したことを見せたい、そのために得点する、という自覚がみなぎっていた。でも足りなかった。
満を持しての4年生。リーグでは圧倒的にシュートを放ちゴールへ結びつける(公式結果ではシュート63本、20ゴール)。1試合を残して20得点、優勝も決まりあとは最終節でいつもどおりあの何かを打破する中野誠也が発動されれば(自分が応援しているJリーグチームがいつも苦しめられてきたので個人的に勝手に敵視している)渡邉千真選手を超えることができる。
西が丘の最終節は、献身的に誠也選手にパスを出す会津選手や三笘選手、西澤選手の姿がいつも以上に見られた。絶対に点を取らせる、という強い意志があらゆるパスにこもっているのが見ている側にもばちばち伝わってきて、別に泣くところではないけれど彼らが4年生の最終局面を迎えたこの先輩に対してどれだけのことを感じているのか期待しているのかを勝手に想像して視界がにじむ。
でも21点めは入らなかった。入らないまま試合が終わり、悔しさというよりも目標が達成できなかった諦めのような落胆したような少し硬い表情でセレモニーに臨むそんな誠也選手を見ながら、どちらも「才能」として訳される ”gift” と ”ability” についてまた考えた。実は1年生の彼(と別の選手もだけど彼の話はまた別で)を初めて見た時からずっと、この2つの言葉がいろいろ当てはまるなと感じていた。

誠也選手はもともとギフトの人だろう。相手が止めに入れないタイミングでシュートを打つ間合いだったりポジショニングは嗅覚であり、もちろん大学までのトレーニングの成果や経験で磨かれた側面もあるだろうが、その場その場の状況を一瞬で判断し、ベストな体勢を作りベストなコースへボールを打つ(打った後の軌道まできっと事前に見えている)その一連の行為は、努力してもなかなか身につけられるものではない。頭ではわかっていても、身体をそのシーンに合わせて変容させる=体勢を最適化するというのは、誰でもできることではないし、トレーニングしたからといって必ず身につけられることではない。
天皇杯の福岡戦で決めた2点目の地を這うヘディングはそれが昇華したゴールだったと思う。現地の目の前で観ていたあの時の映像は今も鮮明に思い出せる。浅岡選手からのクロスが上がった瞬間にボールの軌道を判断したのか急にスピードを緩め低い体勢になった。観ている側はそれがスローモーションではっきり見えたくらい劇的な体勢の変化だった。「確実に決めるなら頭」と後のインタビューでさらっと発言していたが、そう判断してボールに対して体を変容させるまでの間はわずか1秒もないと思う。これはもうギフトの域だ。
ただ、ギフトに無頓着だとすぐにそれは鈍くなる。名門ユースチームにいたけれど結局大学に来た、つまりそれはトップチームに上がれなかったということで、大学生になった以上これまでのギフトに対してアビリティを付加していかないと、もう一度プロの門をたたく権利さえ手に入れることができない。大学に進学したユース出身選手たちが伸びないというのはよくあることで、いろんな要因はあれど、結局はギフトを大切にしながらもアビリティの部分を拡張していく努力を4年間継続できるかどうかにかかっている。
技術や身体的な面で誠也選手はアビリティの拡張があったし、それは例えば前線から相手を追い込むという、増える運動量に耐えうる身体づくりやスタミナの部分に現れている。4年生になってからも何となく足腰がひとまわりくらいごつくなり、目指すところに向けて何かしらのアクションをたゆまずしていることが見てとれた。
もうひとつ、かつてユースに所属していたチームの強化選手として、そして早々にプロの内定を得た頃から、魅力のひとつである歳のわりに落ち着きがあってふわふわしていないところに磨きがかかってきた。そんな最中に進撃し続けた天皇杯があり、これまで以上のインタビューを受けていた。そのどれもがきちんと整理され質問されたことに適切に答え、だけど若者らしい率直さに溢れていてまさに(私の中で最も)よくできた若者像を体現していた。

蹴球部の4年生という学年には何か抗えない力があるのか、例えば私の代にはいまだ現役として若者にその背中で語ることのできる石川くんや平川くん、羽生くんという素晴らしい選手がいるが、彼らも4年生になってから急にまとまりとか団結といった雰囲気を醸すようになった。誠也選手の代ももれなく急に、本当に急に、お兄さんぶった感じで全体をまとめに入り始める。バロテッリか北川選手か、というくらいの大きな小僧も主将としていつも素敵な役割をこなし、その陰で寡黙かつ学年で最も優秀な選手たちが支え、品行方正というか面白みがないけれど冷徹な愛嬌が魅力のあの選手は我が道を行き、体を張りその文才ですべてを回収していくあの選手。完全にキャラ割りでこの1年のステージを乗り切りにかかっている。それが意図したものであるかはさておき、そのステージを観る側にとっては近年にないそれぞれのキャラクターの立った舞台であり(まぁそれなりにキャラが立ちすぎたメンバーが集まった代とも言える)、その中で誠也選手は中野誠也という自分自身であり、ただ、かつての、例えば3年生の時の中野誠也ではなく確実に進化していると人に思わせる、そんなアビリティを身につけた。よくできた若者、という言葉が適切ではないとは思うが、でもこんなによくできたストライカーはいないと確信している。

彼には、品行方正や優秀といったワードが当てはめられない(去年までならそんな言葉で説明できた)。今年になって、正確に言うと去年のインカレ優勝を経て今年の関東リーグが始まった時、もうそこにいるのはかつての中野誠也ではないのだなというのが観ている側にもわかるほどに4年生だった。自分の役割を深く理解していつも前を向く。総理大臣杯の大体大戦、なかなかうまく攻撃できない鬱屈した状態に相手を突き放す3点めを決めたシーンには本当に感銘を受けたし、その後味方を鼓舞する姿に(それまでそういうことをしていたと思うんだけどそういう過去は全部吹っ飛んでしまって)じんときた。観る側に何か新しい気持ちを想起させるという点で、誠也選手はもうプロとしてのアビリティを拡げにかかっている、そういう気がした。

学生として最後のステージは来月。最後の最後まで自分のアビリティを拡げ、それが大学サッカーの魅力を拡げることと繋がっていることに誇りを持ってほしい。だから1日でも長く大学サッカーの場にいてほしい。クリスマスイブの駒場で会いましょう。

次回は、アビリティの伸び率でプロになった(と私が勝手に解釈している)もう一人の4年生について書きます。

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