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ネットの子育ての言葉=子育てのリアルのすべて、なんてない。

小学5年生の息子と暮らすライターの佐藤友美さん。佐藤さんは子育てエッセイを書く中で、妊娠や子育てに不安を抱く後輩女性を目にし、自身の経験と真逆で驚いたそう。その「差」はどこからくるのか。佐藤さんに考えを伺った。

『ママはキミと一緒にオトナになる』(佐藤友美/小学館)

「はじめて妊娠したことを伝えると、会う人会う人に『子育ては大変だよ』と言われて悲しくなった。楽しいことも多いよと言ってくれればいいのに」

「将来子どもがほしいなと思った。ネットで子育て関連記事や子育てママの投稿を検索したら、子育ての大変さばかり取り上げられていて落ち込んだ」

佐藤さんは子育てのささいな幸せや気づきをエッセイで書く中で、2、30代の知人女性達からそんな悲痛な声を聞き、にわかには信じられなかったそうだ。

子育ては大変?『リアルの場』で言われた記憶がない

今から12年前、35歳の時に佐藤さんは第一子を出産。当時では高齢出産に分類され、周囲より少し遅めの出産だったという。

「私の妊娠がわかった時には、周りは出産を終えて仕事に復帰している先輩ばかり。お子さんは小学校に入ったばっかりか保育園に入って3、4年目。私が妊娠を伝えるとみんなとても喜んでくれて。その中には子ども3人を育てている仕事が大好きで稼ぎも多いシングルマザーの先輩もいました。でも彼女を含めて全員から『子育ては仕事よりめちゃくちゃ面白いよ!』って言われて。バリキャリの先輩達が仕事より面白いって言うんだからそうなんだろうなって思いました。『子育ては大変だよ』と周りから言われた記憶、ないんですよね」

佐藤さんがレアケースだったのだろうか。
佐藤さんは最近ママ友の会でその場にいたママ友6人全員に、今まで周りから「子どもを産んだら大変」と言われた経験があるかを聞いてみたそうだ。

「全員『私は、言われたことないよ~』と口々に。もちろん、私たちが子どもを生んだ頃に比べて、子育てに対して厳しい状況になっているのかもしれません。ただ、私たちが子育てしていた頃よりも、『子どもを生んだら大変』というメッセージがネットやニュースで増幅されやすい時代なのかもしれません。妊娠や子育てに不安を抱く年下の女性達は、ネット上の「子育ては大変と言われた」という他人の投稿や、「子育ては辛いもの」という趣旨の記事に多くふれています。自分が現実で言われたネガティブな言葉だけではなく、そういった情報にも影響を受けているのかもしれないという話になりました」

子育てのネガティブな言葉が目立つ、『リアル以外の場所』

「リアルのママ友同士では『子育てって超楽しいね!』ってよく話すけど、ネットには絶対書けないと、これまた口を揃えて言っていて」と、佐藤さんは話を続けた。

「なぜなら『子どもを産めない人をどう思っているのか』『幸せ自慢か』とネットで批判されるのが怖いから。私達が日々の子育てで感じる幸せは、わざわざネットに書かないし書けない。だから私、思うんです。身近な人に目を向ければ、大変なこともあるけどおおむね幸せに子育てをしている例、案外多くあるんじゃないかなって」

第三者のネガティブな言葉、『主語』を切り分ける

今はスマホひとつでSNSもニュースも簡単に見られる。日常的にネットを利用する世代で子育てに関心がある人だと、無意識にネガティブな言葉をインプットしがちなのかもしれない。
ではその言葉に自分が飲まれないようにするにはどうすればいいのか。ライターとして文章をチェックすることもあるという佐藤さん。「言葉の『主語』を考えるといいかもしれません」とアドバイスをくれた。

「私のエッセイの中でもふれたのですが、SNSでよく知らない第三者が発信している言葉には主語が書かれていないことが多いんです。例えば『子育ては大変だよ』という言葉。パッとみると主語が書かれていないから、あたかも世の中の大多数が言っているように、一般論のように聞こえる人がいるかもしれません。でも実際は『子育ては大変だと”私は”思った』というただの一個人の感想なんですよね。『そっか。そう思う人が、いるんだな』と主語を切り分けて考えてみると、自分の心がその言葉に振り回されずにすむと思いますよ」

日記のように『子育ての幸せ』をつづった、はじめての子育てエッセイ

リアルでママ達が体験している子育ての幸せは、当事者以外に伝わりづらい。だからといって、自分が子育ての幸せを発信しなければと思ってエッセイを書いたわけではないと佐藤さんは語る。

「世の中のコラムやエッセイには、発信する動機がはっきりしているものが比較的多いと思うんです。社会への怒りとか満たされない思いとか。でも私のエッセイは、ある編集者の方から『ポジティブで悩みがない佐藤さんみたいな人のエッセイ、世の中にあまりないよね』と言われたほど、訴えるような主義主張がない(笑)。実はたまたま子育てについて書いてみないかと仕事の依頼をいただいて、日記のように書いてきました。例えばさきほどの主語を切り分けるという話も、自分がそれで心が楽になったということを書きましたが、他の人もそう思うべきだとは1ミリも思っていません。今回のエッセイは、リアルのママ友以外にわざわざ話すこともないような日常の子育ての幸せを書きました」

つまりこのエッセイに書かれていることこそ、世の中の子育てのリアルそのものということではないだろうか。
思わずそんな言葉を口にすると、佐藤さんはまるで近所にいる人生の先輩のような表情でハハッと笑った。
「みんなそれぞれのリアルがあると思いますよ!親子喧嘩だってしますし!ただ…」と、一度遠くを見つめ、何か思い出したように微笑んだ。

「子育ての現場ではね、やっぱりそんなに事件は起きていないなって私は思いますね。ほぼ毎日ふつうに過ぎていきますよ、本当に(笑)」

いつでもどこでも会ったこともない人が発信する情報を、息をするように目にする現代。
自分が今、無意識にスマホをさわっているように、無意識にスマホの中の価値観と自分の価値観を同期していないか。その裏に潜んでいるかもしれないネガティブな感情に、心を奪われていないか。現実にいる周りの人の言葉を、画面の中の知らない人の言葉で上書きしていないか。
ネット社会が加速する今だからこそ、そんな問いかけが必要なのかもしれない。

<プロフィール>
佐藤友美(さとうゆみ)さん
1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経て、ファッション誌でヘアスタイル専門ライターとして活動したのち、書籍ライターに。現在は様々な媒体にエッセイやコラムを執筆。働く子育て世代の暮らしのWebメディア『kufura』で、2020年から3年間にわたり子育てエッセイ『ママはキミと一緒にオトナになる』を連載。2023年3月22日に小学館より書籍化。小学5年生の息子と暮らすシングルマザー。

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