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【コンプレックス女子たちの行進】第5話ーワンナイト女子 サチコの場合ー

第5話 ワンナイト女子 サチコの場合

「サチコさんモテるでしょう?」
一緒にランチをしている同僚グループのひとりが、サチコに話を振った。
4人でランチをしており、ずっと他のメンバーの話を黙って聞いていただけだから、急に話が振られてサチコは驚いた。
「いやいや、そんなことないです」
「またまたぁ」
「サチコさんデートの目撃情報ちらほら入ってきますよ」
噂話好きな女子コミュニティは大変だ。いつの誰との逢瀬を目撃されたというのだろう?
「ほら、先週の金曜日、○○にいなかったですか? すごく身長の高い人との」
たしかに覚えはある。でも
「いやぁ、人違いじゃないですかね?」
「ほんとですか~」
疑いの目は晴れない。
「まあ、サチコさんはモテるタイプですもんね」
「うんうん、ほんとに。そういえば、隣の部署の●●さんがサチコさんのこと気になってるって噂ですよ~」
「へーそうなんですか」
生返事をする。うん、興味がない。
自分自身はもう結婚していて恋愛市場にいないから、他の独身者がいれば、手近な社内の独身者の名前を挙げて、あの人はどうですかねみたいな話をこの人は嬉々としてするんだよなーとサチコは思う。
その一連のやりとりを聞いて、
「先輩はチャンスが多くていいなぁ、私、全然そんな機会がなくて。彼氏ももう数年いないし。新しい出会いもないしで、もう枯れてるんですよね。ひとりで切ないくらいに」
サチコの隣にいた後輩が笑いながら自虐的な言葉を放った。
後輩は同じチームの子で、サチコさんサチコさんと言って慕ってくれるのだが、言動のところどころに見ていてイライラする部分がある。
そういうのは、笑いのネタにするんじゃなくて、黙ってればいいのに。
「えー、まだ若いんだから全然チャンスあるよー」
他の同僚が後輩に向かってなんの助言にもならない慰めの言葉を言う。
「えー、じゃあ、社内に気になる人とかいないの??」
「私なんかが、好きになったら迷惑じゃないですかねー」
「えーなんでよー」
話題がサチコから後輩にうつり、一安心した。
私の話は、あまり深堀ってほしくはない。

先週の金曜日に会っていたのは、たしかに、定期的に会う男の子のひとりだ。今日会える?と聞いて、相手の都合もつけば会う。会うとやることはもう決まっていて、ごはんを食べて、相手の家か自分の家に向かう。自分から誘うこともあるし、相手から誘われることもある。互いの欲求を満たす関係性。サチコには、そういう相手が数人いる。
彼らと出会うきっかけはだいたいマッチングアプリ。
真面目に彼氏をつくるというよりは遊び相手がほしいから、写真を見て、見た目が好みなら、実際に会って、会話してみて、サチコが先に進んでもよいなと判断したら、一線を交える。相手から誘われたとしてしても、サチコのアンテナに刺さらないようであれば、その先には進まず、解散することも多い。
その先に進んだ相手とは、ワンナイトで終わることのほうが多いが、まれに定期的に会う関係性の相手ができることもある。まぁ、そんな相手と出会えるには、一夜限りを何人も繰り返し繰り返しした中で、限られた確率で現れるレアな存在だ。
実際に付き合おうとなることはあまりなくて、その相手に別の本命の彼女がいる場合もある。
「その生活いつまでするつもりなの?彼氏はつくらないの?」
そんなサチコの状況を知っている友達は疑問に思って尋ねる。
たしかに彼氏がいた時期もある。でも別れてしまえばまた元の通り。
「そうだなぁ、わからない」
「結婚はしないの? ずっと、ひとりで生きていくつもりなの?」
「結婚しないとは言っていない。人生のパートナーが見つかるまでの間じゃないの?」
そういう風に人生のパートナーと言っているものの、サチコ自身も人生のパートナーがどんなものなのかあまりピンとこない。

ランチを終えて、サチコが後輩とふたりになったとき、後輩が言った。
「先週の金曜日の話、やっぱりサチコさんですよね?」
「いや、人違いだよ」
「そうなんですか。金曜日はいつも帰るルートとは違う方向へいきますよね?」
「めっちゃ、わたしのこと観察してるね」
「だって、大人の色気あるサチコさん憧れですもん」
「色気がほしいっていうのなら、さっきのような自分を卑下するようあこと言うのみっともないからやめたほうがいいよ」
「すみません・・・・・」
しょんぼりした後輩を見て、少しきつく言い過ぎたかもとサチコは反省する
「いや、ちょっときつく言い過ぎた」
「そうですよね、そういうところがだめだなぁ私」
「また、それ、そういう自己否定表現禁止ね」
「わかった、もし私がどこか出会いの場いくとき、あなた誘うようにするから」
「ほんとですか!!」
後輩が、さすがサチコさんです。頼りになりますと言った。

「お昼何食べてきたんですか?」
話しかけてきたのは、最近発足したプロジェクトチームで一緒になった佐藤さん。
「○○課の女性陣で一緒に最近できたエスニック料理屋さんのランチメニュー食べてきたんですよ」
「へぇー仲がいいですね。皆さん」
「いや、まぁ、そうですかね」
「歯切れが悪いですね。サチコさんもほんとはひとりで過ごしたいタイプですかね?」
「そうですね。ひとりも好きなタイプです」
「あーぼくもわかります。ひとりのほうが気楽なことも多いですよね。男同士でいくときは、がっつりボリュームある定食屋か、牛丼やラーメンとかサクッと飯が多いんですよね。僕そんなにがっつり量が食べられるわけでもないし、食べるのも早くないから待たせてしまうしで気を使っちゃうんですよね。あとラーメンとかだったら眼鏡くもっちゃうし……」
サチコは、眼鏡が曇って戸惑っている佐藤さんを想像して、クスっと笑う。
佐藤さんとは、プロジェクトチームで一緒になる前は、そこまで話す機会がなかったし、そこまで関心を寄せる対象ではなかった。
サチコが夜に会っているタイプの男たちとは異なり、身長はそこまで高くなく、細身で、どちらかというと少し頼りない印象がある。
しかし、プロジェクトで一緒に仕事をするようになって、関わりが多くなり、仕事の丁寧な進め方、各所への気遣いがありながらも確実にプロジェクトを進めていく頼りがいを感じるようになった。気が付けば、サチコは佐藤さんに好感を抱くようになっていた。
会議室で、会議の準備を佐藤さんと一緒していたときのことだ。
「そうそう、僕のほうで、いろいろ考えてみたんですけれど…」
佐藤さんがノートパソコンを開いて、フォルダにある資料を開いた。
デスクトップ画面はすっきりと整っていて、ファイルタイトルも日付などでわかりやすく整えている。佐藤さんは細やかなところまで几帳面に整えるタイプだ。
「あ、ここの数字が間違ってますね」
そう、佐藤さんは言いながら、キーボードをタイピングする。細長い指先が美しい。左手の薬指には指輪が光っている。

結婚相手として、佐藤さんみたいなタイプは人気だろうなと思う。
堅実で、浮気しそうもなく、子どもが生まれたら良いパパになるタイプなんだろう。
サチコが出会ってきた男たちは、どちらかというと、顔が整っていて女性受けするような色気があるタイプや、身長が高く鍛えていて体格がよく、それこそ、一緒に抱き合って一夜を共にしたいと感じられるタイプだ。
そんなタイプだからこそ、いろいろ女性と関係を持っていて、デート慣れしている。遊びの恋愛の駆け引きを楽しんでいる。そんな相手には遊びは遊びだからと割り切ったほうがよい。
そんな男たちとは遊びのイメージがつくだけで、実際に生活を共にしていくイメージというものがうまく結べない。
もちろんその男たちも結婚しようと考える場合もあるだろう、だとしても、その相手として選ぶのは、最初から遊びの関係として関係を進めてしまった人以外になるだろうなと思う。

仕事で関わっていると、仕事のやり方からその人の人間性の本質が垣間見えることがあると思う。佐藤さんは目立つようなタイプではないけれど、当たり前のことを当たり前のこととして蔑ろにせず、どんな仕事に対しても真摯に向き合い、しっかりと職務をこなす佐藤さんの姿に、サチコは色気を感じつつあった。
好みの見た目や体格というわけではないのに、一緒に仕事をするタイミングを待ち遠しく思うのだ。そんなことは今まで感じたことなかった。

佐藤さんと話すようになって仕事以外の話もするようになった。
サチコのほうから話を振ってプライベートのことも聞き出す。
佐藤さんの奥さんはどんな人なのだろうかと気になって仕方がなくなったのだ。
ある日、佐藤さんが昼休み、珍しくデスクでお弁当を広げていた。
「奥さんに作ってもらったんですか?」と聞くと
「あ、そうなんですよ、朝早く起きるの苦手なのに、たまにはつくるんだって言って妻が作ってくれました」
「へぇいいですね」
「でも、あまりにも眠そうだったんで、途中から僕がバトンタッチしてつくったんです。正しくは合作といったほうがよいかもしれませんね」
佐藤さんはそう言って、フフフと笑った。
また別のときには、
いつも、始業時間より早めに来て準備をしている佐藤さんがめずらしく、始業時間ギリギリで息を弾ませて出社していたことがあった。
事情を聞くと
「いやぁ、妻が今日、会社で大切なプレゼンがあるって聞いてたんですが、その資料を忘れたって言って困ってて、僕のほうで急いで取りに帰って、妻に忘れ物を届けにいってたらギリギリになっちゃったんですよ」
と笑って答えた。
他にも
「ポケットティッシュをいれっぱなしにしたワンピースを洗濯してしまって、他の洗濯物に紙屑がついっちゃって大変だったんですよ」
「妻が洗い物をしているときにお気に入りの食器を洗い物途中に割っちゃって、落ち込んでたんですよ」
ときどき話を聞く奥さんとのエピソードはだいたい、奥さんが何かしらの失敗をしていて、佐藤さんがそれをほほえましいエピソードとして語る形が多かった。
サチコはそんなダメ妻エピソードを聞くたびに、なぜそんなつまらない女を佐藤さんは選んだのだろうとモヤモヤしてしまうのだ。

「男の人って、どういったときに結婚を決断するんだろうね」
夜、定期的に会う男の子と一線を交えたあと、ゆったりとベッドでゴロゴロしているときに聞いた。
「え、サチコ、結婚するの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、結婚している人を見ていてふと疑問に思ったんだよね」
「うーん、俺はわかんないや。あんまり結婚するイメージってつかないし。まぁ、でも、子どもはほしいかもって思う。俺、子ども好きだし」
「あー子どもかぁ」
佐藤さんはまだ子どもがいなかったはず。
「まー、でも、俺のまわりの結婚したやつにきくと、彼女に押しに押されてってことが多いみたい。あとは、先に子どもができたからとか。あ、おれ、そっちのほうがまだイメージつくかも」
佐藤さんが、仮に子どもがいるとして、子どもをあやし遊んでいる光景が鮮明に浮かんだ。あぁ確かにいいパパになりそう。
「ねー、サチコォ、いま別の男のこと考えてたでしょ?」
「んーん」
「うそだぁ、好きな男でもできた?」
「え、なに、好きな男でもできたら困る?」
「……それは、仕方ないと思うけど、彼氏できたらもう会えなくなっちゃうじゃん」
「よく言うよ、あんた彼女持ちのくせに」
「マンネリだよ、うちは。もう別れるかもしれないし」
「……どうでもいいわ、そんなこと」
「ね、サチコ、俺と子作りする?」
「やらないに決まってるじゃん、あんたみたいに責任感のない男」
「いやいや、子どもできたらしっかりするかもよー。いい旦那になるかもよー」
「女は、だれの子を持つかを真剣に考えてるの」
自分から発せられた言葉に驚きながら、なるほどその通りだとサチコは思う。
恋愛と結婚はあまりこれまでピンとこなかったけれど、どの男との子がほしいかと考えたほうが一番しっくりくる。
「その好きな男との子がほしいのか」
「知らない。ただ、言えるのは、あんたとできるのはただの子づくりもどき。本物じゃない」
「……おれ、ちょっと嫉妬しちゃうわ」
体にカバッと重みを感じて、荒々しいキスで封じられる。
また目の前が白くなって、言葉が消え、自分から発せられるのは甲高い音になるだけだった。


いや、わかっている。
全然現実的じゃない、佐藤さんがもうすでに獲得している幸せをぶち壊すようなことを私はしない。
サチコはたまに行く、お気に入りのカフェ、「カッティ」でコーヒーを飲みながら考える。
佐藤さんの話からイメージする妻イメージが気に食わず、なんでそんな女とという気持ちはあるものの、
佐藤さんがその妻のお影で今の幸せな笑顔があるのが事実なのだ。
「はぁ~」
ため息をつくと、仲良しのカッティのマスターの奥さんが
「どうしたのさっちゃん?」と尋ねる。
「いやなんでもないです」
「恋煩い?」
「いやぁ、始まってもないし、始まってもいけない種類なので」
「あら、そうなの?」
コーヒーが苦い。
「甘いケーキでも食べる?」
そういって奥さんはチョコレートケーキを出した。コーヒーとの苦さとケーキの甘さでちょうどバランスが取れたように感じた。
「まあ、恋する気持ちは止められないものね。でも、恋することは悪くなくて、かなわないこともあるってだけよね。みんな大なり小なりそんな恋の切なさを感じるものね~」
「そうですね」
「さっちゃんに良い出会いがあるといいわね~。私そう願ってるよ」

ある日のプロジェクト会議のとき、
会議が終わって、会議室からメンバーが出て行ったとき、近くでそわそわしながら、佐藤さんがサチコに話しかけてきた。
「サチコさん、聞いてください!」
サチコとふたりきりになるのを待っていたようだった。
佐藤さんは満面の笑みになって
「僕ね、パパになるんですよ! 待望の第一子の妊娠をさっき妻から連絡をもらいました」
「あ、え、お、おめてどうございます!」
突然の発表におめでとうの言葉さえも、どもってしまう。
「いつも、サチコさんには妻との話を聞いてもらってたんで、サチコさんには一番に言いたくて。それでずっとそわそわしてました」
なんかもう完全に決定打というか。
そんなに嬉しそうにしている佐藤さんの幸せそうな様子を見ていると逆に清々しいというか。
「ただ、やっぱり、まだ妊娠が判明したばかりで、不安定な時期なんでオフレコでお願いしてもいいですか」
「ええ、まあ、もちろんです。でも、どうしてそんな大事な話を私に?」
「たしかに、どうしてでしょう。でも僕にとって、サチコさんは信頼に値する人で、なんだか言いたくなったんですよね。サチコさんはなんていうか、なんていうか、僕の憧れです」
回答がどうもピンとこない。嬉しいあまりにいつもの佐藤さんらしくないのは仕方ないのかもしれない。
サチコが困惑している様子を見て、佐藤さんが慌てて付け加える
「あ、いえ、すみません、プロジェクトで一緒になる前から、僕はサチコさんのこと憧れてて、今回一緒に仕事できるのが嬉しくて、実際に一緒にプロジェクトを進めていくと、やっぱり仕事もしっかりしていて、すごいなって。仲良く話すようになったのも僕うれしかったんですよね。たぶん、だからです」
佐藤さんは不思議で変な人だ。
「元気にお子さんが生まれてくるといいですね。そう願ってます」
サチコはにっこりして言葉を返す。
そう答えるしかない。


カッティのマスターの奥さんから
「さっちゃん、常連の女の子が合コンに一緒に行ってくれる人を探してるみたいなんだけど、興味ある?」
そんなメッセージがくる。
あー、なんか傷心ではないけれど、新しい出会いを探せというお告げか。
これまでワンナイトや名もない中途半場な関係性の男の子ばかりつながっていたから考えたこともなかったけれど、
そういう新しい出会いを自分から探したほうがよいのかもしれない。そして、この人ならば自分との子どもをつくりたいと思えるような相手を見つけ出したほうがよいのだろうか。
そんなことを逡巡したうえで、
サチコさんサチコさんと慕ってくる後輩の顔が思いうかんだ。ちょうどよかった後輩も連れて行こう。
そんなことを考えて、
サチコは奥さんに「行きます」と答えた。


……「ワンナイト女子 サチコの場合」のお話はここまで。
佐藤さんの奥さん、ハヅキの物語に続く。





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