見出し画像

【コンプレックス女子たちの行進】第6話ー散らかり女子 ハヅキの場合ー

第6話 散らかり女子 ハヅキの場合

「きょう、リョウコちゃんと会うんだっけ?」
朝ごはんを一緒に食べていて、夫が言った。
休日の朝。平日とは違い、遅い時間にのんびり起きて、ふたりともパジャマ姿でトーストをかじっている。
「そう。リョウコね、婚約したみたいで、ちょっといいレストランでランチなの」
「それはおめでたいね」
「そうなの。ちょっと私の体調が落ち着くまで会うの待ってもらってたんだけど、つわりも落ち着いたから会えるなって」
「ハヅキ、無理はしないようにね」
「うん、ありがとう」
食べ終わった食器を洗おうと、ハヅキがキッチンへ食器を運ぼうとすると、夫に止められた。
「ソファで、ゆっくりしといて。僕がやるから」
「これくらい大丈夫なのに」
「ハヅキにしかできない役割があるから、僕ができることは僕にやらせて」
「ありがとう」
パジャマから着替えて、
ソファに座ってゆっくりしていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
「はーい」
宅急便が届いたようだ。
「佐藤はづき様でお間違いないでしょうか」
配達員が確認して、荷物を受け取った。
リヴィングにもどると夫が「何か届いたの?」と聞いてきた。
「そう、友達から贈り物みたい」
ダンボールを開封すると、旅行好きの友達が旅先から名産品を送ってきてくれていた。
「へぇ嬉しいね」
「うん、妊活で悩んでいることの相談をしていた数少ない友達が、喜んでくれて、ちょっとしたお祝いさせてってことで送ってくれたみたい」
「ハヅキの友達はいい子が多いんだね」
「うん、みんないい子だよ」
ハヅキが中身の贈り物を取り出し、残った空きダンボールを部屋の隅に無造作に置いた。
洗い物を終えた夫が部屋の隅にある空きダンボール箱を見て、手にとり、ガムテープや伝票などをはずし、すぐにゴミ捨て場に持っていけるようにたたみ、もともと溜めていたダンボールと一緒にひもで縛った。
「ありがとう」
「うん、またゴミ捨てのタイミングでもっていくね」
「ありがとう。いつもゴミ捨てや片付けありがとうね」
「うん、ハヅキ片付け苦手だもんね。僕がやるよ」
そういって夫は笑った。

夫と出会ったのは、友達の紹介だった。
これまで付き合ってきたタイプとは違うかもしれないけれど、ハヅキに合いそうな気がすると友人がおすすめしてくれたのだった。
出会って話すと、たしかにこれまで付き合ってきたような男性に感じられたようなときめきの要素があったわけではなかったが、何気ない会話の波長が合うように思って、すぐに仲良くなれそうだなと思った。
夫は夫で、紹介されたハヅキを見て、明確に好きなタイプだと思ったらしい。友人はハヅキの写真を事前に見せていたようだった。
付き合いは穏やかに進んでいった。
夫は眼鏡をかけていて、まじめでおとなしいタイプなのかなというのが第一印象だったし、ハヅキ自身がしっかりしてリードしていかないとだめなのかなのと思ったが、一緒に過ごしていくうちに、実は男らしいところがあるのだということにも気が付いた。
オラオラと威張るようなことはなくいつもスマートである。しかし、優しい声色で話しているが、そこには明確な意思や主張もあるのだった。
ハヅキの話を聞かないことはなかった。お互いに主張がズレたとしても、声を荒らげて言い争うというわけではなく、冷静に淡々と論点を整理して話してくれる。
物腰はやわらかいが、自分の意見というものを持ち、冷静沈着に話を進める姿は男らしいとハヅキは思った。

ひとりで暮らしていたときは気にならなかったしそれが普通だと思っていたのだけど、
夫と結婚して一緒に生活するようになって
ハヅキは片付けが苦手なんだなということが分かった。
ひとり暮らしでは、どこに何を置くかは自分が使いやすいようにするからこそ、自分の身の回りにすぐ手を伸ばせば届くところによく使うものを置いて溜めて置いたりした。どこか引き出しや棚に片付けるとしても、すぐに出し入れできるところでなければ、片付ける習慣が続かない。片付けるという動作がワンアクションで完結しなければ続かない。
要は、部屋が散らかりがちなタイプだった。
一方で夫は物の住所をきちんと決めるタイプで、部屋はいつでも片付いていたし、しばらく使っていなかったものも、あれどこにあるかな?と尋ねればすぐに取り出してくる。夫はまめで綺麗好きで、丁寧な暮らしぶりぶりがうかがえた。一緒に暮らすようになって、自分が片付けを苦手なこと散らかしがちなことに思い知らされている。
夫はハヅキのそんな片付け苦手なところも含めて、それがハヅキらしさでもあるからと受け止めてくれている。
「まぁ、クリエイティブなことするタイプは部屋片付いていないっていうしね」
と夫は許してくれる。
ハヅキは企画職で、仕事が忙しくなって、進行中の企画のことばかり考えだすと家事は手薄になるし、部屋も散らかちがちになってしまうのだった。
だいたいそういうときは、夫は何も言わずに片付けることが多い。

新婚当初のお互いのライフスタイルのすり合わせをしているタイミングのときに、ハヅキは怖くなって夫に尋ねた。
「私さ、部屋散らかしがちでしょ? それってあなたのストレスになったりしないかな?」
「ははは。思いつめた顔で話かけてくるからどうしたものかと思ったけど、そんなこと気にしていたんだね。たしかに最初は驚いたけど、僕も至らない部分もあるし、お互いに足りない部分は互いの得意な能力で補えばいいと思うんだよね」
「本心ってことで大丈夫? これから生活は続いていくことだし、きれいごとを言ってあなたの負担になってたら嫌なの」
「僕はね、ハヅキのそういうところも含めて好きなの。長所と短所って表裏一体だとも思うんだよね。確かに散らかりがちだけど、その分、部屋の散らかり位が気にならないくらいに、集中してい没頭しているハヅキの姿はすごいなって思うし、そんなところが好きなんだ。一心不乱に企画書を作ってたり、プレゼンの準備していたり。それだけ自分のしたいことにまっすぐに向き合ってる妻の姿は愛おしいものだよ。自分のやりたいことに向き合って、社会でやりたいことをやって、生きがいを感じているご機嫌な妻の姿をずっと見ていたいんだ。それに、家事は、やれるほうがやれるタイミングでやればいいんだ」
夫はそう言って、ハヅキを抱きしめた。
ハヅキが以前に付き合っていた男たちは、ハヅキのそのような特性を、がさつだとか色気がないとか、女なんだからもっとしっかりしろよと思っていた。それがずっとコンプレックスだった。
夫と結婚する前は、嫌われないように部屋の散らかり具合をなんとか抑えていたのだけど、結婚して、しばらくするとそれを完全に隠すことはできなかった。
「僕がもっていない魅力をハヅキはもっているんだ。かわりにハヅキができないことが僕の得意な部分であることもあると思うんだ。ハヅキが自分らしくいてのびのび過ごせるならそれが一番いいと僕は思うよ」
夫が自分のことをこんなに肯定してくれて好きでいれてくれることがハヅキにとって何よりも嬉しいことだった。

「ハヅキとの間に子ができたら、嬉しいな」
夫がそんなことをポロっともらしたのは、結婚して数カ月たったころだった。
授かりものだから、授かるタイミングがあるといいねと以前から話していた。しかし、夫はそれ以上のコメントはしなかった。夫は産む側の女性の身体的負担などもあるからと遠慮していたようだ。
ハヅキ自身も望んでいたのだが、夫にも強い思いがあったようで、本心がポロリと外に出されたものだった。
甥や姪が生まれたというニュースがあれば、夫はそれを嬉しそうに話していた。夫はかなり、子どもは好きなのだろうということは感じていた。
しかし、結婚から1年ほどたっても、授かる気配がなかった。
夫婦で、病院でいろいろと検査してみるが、原因がすぐにはわからなかった。生活習慣の見直しをしようと食事の栄養を考えたり、ストレスを溜めないようにするにはどうしたらよいかを考えたりといろいろやってみるが、思い通りに事が進むわけではない。
夫が
「僕が子どもほしいって言ったのもあるけど……。もし、授からなかったとしてもふたりで一緒にいられる現状でもう充分幸せだからね。あまりプレッシャーにならないでね」
と声をかけてくれたこともある。
「私もあなたとの子が授かれるならそれが一番うれしい。だからできることはやってみるね」
ふたりでの穏やかな時間はありがたいし、これからも長く続いてほしいけれど、そんな大切な人との子を身ごもりたいという本能的な欲求は無視できないものだった。
いろいろと治療を進めていく中で、
やっと妊娠検査薬の反応が出て、病院で妊娠していることを認めてもらったときの嬉しさは忘れられないものだった。
病院を出てから会社で仕事している夫に電話した。
「ほんとによかったなぁ、よかったなぁ~ 僕嬉しくて嬉しくて。ハヅキがずっと頑張ってたから精神的にも身体的にも大変だったのに。ありがとう。ほんとうにありがとう。ありがとう」
いつも冷静に話す夫が珍しく声を震わせていた。
電話越しでも夫が泣いているのが伝わってきた。
それを聞きながら、ハヅキも胸にこみ上げてくるものがあった。


レストランシャランのオープンキッチン前のカウンターでハヅキとリョウコは並びあって席についた。
リョウコはハヅキの学生時代のサークルの後輩だった。
お互いおめでたい報告をするし、ちょっとでも美味しいランチを食べようという話になり、レストランシャランのランチのコースをいただくことにした。
「おめでとう」
「おめでとうございます」
婚約報告をするリョウコと妊娠報告をするハヅキと互いに心からおめでとうと言いあった。
「お互いそれぞれ苦労したもんね」
「そうですね~感慨深いです」
「結婚相手見つけるのも大変だし、結婚してからもお子を授かりたいと思ってもなかなかだったりだしね」
「ほんとそうです」
フレンチのランチコースを美味しいねと言いながら食べる。
「なかなかお酒が飲めないからランチになっちゃったけど。リョウコお酒頼んでもいいからね」
「いえいえ、お酒がなくとも美味しい料理だけで充分嬉しいです」
店内にはハヅキとリョウコたち以外に2組いるだけで静かだった。オープンキッチンでシェフがジューと焼いている音が聞こえる。
「ハヅキさん、結婚生活の先輩として、何かアドバイスとかあったら教えてほしいです」
「いや~、それ人それぞれだしね」
「えー、どんなものかだけでも知りたいです」
「そうだなぁ……。結婚して、自分の素の姿を相手に受け止めてもらうんだけど、自分の至らない部分がたくさんありすぎてだよ。私は決して良妻賢母タイプじゃないんだ。でも夫とは穏やかに生活が続いているんだ」
ハヅキはリョウコに結婚して実際に夫から掛けられた優しい言葉や気遣いのエピソードを話した。
「それは幸せなことですね~。私もそれに続きたい」
「リョウコの彼も話を聞く限り、素敵な人じゃない」
「はい、それはもちろん。今の彼とこれからも長くうまくいくにはどうしたらよいかって参考にさせてください」
「どんなに取り繕っても、自分の本質的な部分は変わらないじゃない? だからこそ、そこにお互いの理解があれば、または理解でききらなくても、お互いに聞きあおうとする、お互いに相手をくみ取ろうとする、その愛情がずっと続いていくといいな~って思うよね。私もまだ結婚して数年だから偉そうなことは言えないけれど、その数年で思った実感はそんなところかな…」
「いい話ですね~。私もそんな夫婦を目指したいなって思いました」
コースの料理がおわり、店員から食後の飲み物を尋ねられた。
しばらくして、コーヒーや紅茶などが出るのかなと思ったところ、飲み物と一緒に、白いプレートのうえ、ブーケのようにフルーツや小さなケーキでデコレーションして、プレートの余白にHappy Aniversaryとチョコレートで文字が書かれていた。
「あれ、これコースにあったっけ?」とハヅキがつぶやくと
オープンキッチン内にいたシェフが、
「すみません、少しだけお話が耳に入りまして、お二人とも大切な記念の日だと思いましたので……」
サービスで出されたデザートプレートのようだ。
「わざわざ、ありがとうございます」
「僕も最近結婚したばかりで、共感する部分があって、ささやかなお祝いがしたく……」
「そうなんですね!料理、すごく美味しかったです!デザートサービスまで嬉しいです」
「ありがとうございます」
奥の厨房から出てきてスタッフが「リョウタ」と呼んだ。
「では、ごゆっくりお楽しみくださいね」
シェフは一礼をして去った。

「ハヅキさんに今日あえてよかったです。前向きに結婚に向かっていけるなって思いました」
レストランから出て、解散する前にリョウコが言ってくれた言葉だった。
「それはよかった」
ハヅキはニコリとほほ笑んだ。
「はぁ~お腹いっぱい。でも美味しい料理を満喫できて幸せ」
そう言いながらハヅキがお腹を擦った。
それを見ていたリョウコが
「ハヅキさんのお腹触ってもいいですか?」と尋ねた。
「もちろん」
まだ服の上からではふくらみがあまり目立たないけれど、ハヅキのお腹に確かに宿っている命だ。
リョウコがこわごわしながら、お腹に触れる。
ちょうど、風が吹き、街路樹がさわさわと揺れた。
「ありがとうございます」
「まだ胎動を感じられたりするにはもう少し先なんだけどね」
「楽しみですね~」

もう少ししたら会えるの楽しみにしているね。
ハヅキはそう、お腹の中の子に語り掛けた。
新緑が太陽に照らされてキラキラしていた。
未来への希望のように思えた。

……「散らかり女子 ハヅキの場合」のお話はここまで。
ハヅキの後輩リョウコの物語に続く。


いいなあと思ったらぜひポチっとしていただけると喜びます。更新の励みになります。また今後も読んでいただけるとうれしいです。