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とあるイケメンの航海#4-気にかかる後輩 -

連載小説「あしたの転機予報は?」のスピンオフ作品。
前回の話はこちら、第一話はこちら

水上のもとに紺野をはじめ4名が異動してきた。
フロアの隅っこに申し訳なさそうに4名のデスクが追加された。

荷物をもった紺野たちは緊張した面持ちで新しいデスクについた。
無理もない。もといた部署と、こちらの部署とは規模が違うし、どこかピリピリした雰囲気に気おされるのだろう。

ゆうみちゃんはちらっと値踏みするように4名を観察しているし、ゆうみちゃんの右腕である高梨レイラは紺野の同期であるにも関わらず、知らぬふりだ。
数日前、紺野たちが異動してくることについて、それとなく、ゆうみちゃんとレイラに尋ねた。

「うーん、別に仲良くないしなー」レイラは開口一番否定の語を発する。
同期なのだから、もう少し言い方はないのだろうかと水上は思う。

「いやいや、仕事ぶりとかどうよ?」

「あー、仕事はきっちりしてくれるイメージですね。私もあまり絡みがないんでわからないですけど」
ゆうみちゃんは、心を開いて頼ってくる後輩に対しては優しいが、なかなか心を開かない後輩に対しては冷たいことがある。

女性ばかりの部署をマネジメントしてきて思うのは、仕事以外のプライベートな親密具合によって、仕事にも大きく影響がでてしまいがちだということだ。

男は、プライベートな親密具合はともかくとして、表面上、職位の上下関係、先輩後輩で身のこなしを変える。上下関係さえ定まっていればそれに従うまでだ。

女性の場合は上下関係よりも、親和性があるかないかで身のこなしがかわる。
ということは、女性たちが集まるその空気になじむなじまないは、そのグループの中で生きていくには重要事項といえる。

別の雰囲気で培われてきたのであろう、紺野たち4名の空気は、そんな簡単になじめるというわけでもなさそうだ。
おまけに、この部署の空気を形作るゆうみちゃんとレイラに好ましく思われていないというのは先行きが不安だ。

出迎えられるわけもなく、アウェーな空気の中で荷ほどきをしている紺野たちに、水上は声をかけるべく近寄った。

「これから、よろしくな」

一番近くにいた紺野の肩をポンとたたき、にこやかに笑いかけた。
華奢な肩をピクっとさせ、水上の存在を視界にとらえると、紺野は真一文字の口を緩ませ微かに笑った。

不安げな、でも少し安堵した目を、水上はかつてどこかで見たなと思いだす。
東京にでてきたばかりの新人でトラブルであたふたしている紺野とたまたま会って、助けたときだった。
なんてことなかったのだが、しばらくしてそれはそれは丁寧なお礼のメールがきていた。
ああ、そういえば、そんなことがあったなと水上は久しぶりに思い出した。

地元の関西から離れ、東京でがんばろうとする姿に共感を覚えていた。
同じ関西人であるというシンパシーはあった。
仕事で絡むことは多くなかったが、それでもたまに仕事の相談を持ち掛けると、丁寧で素早い応対をしてくれることに関心をしたものだ。
目立つようなタイプではなかったが、仕事の質は信頼にあたいするものだった。その件なら紺野さんに相談したほうが話が早いよと言われているのもよく耳にする。

口ばかりたつやつ、ひとに取り入るのが上手いやつ、そういう輩がスポットライトにあたっているのを見て嫌気がさすことが多い。
コツコツ真面目に仕事をつみあげて、着実に信頼を構築していくタイプを見ると水上は共感するし、応援したいと思うのだ。

「あ、紺野さーん、これ忘れものですよー」

ピリピリしたフロアに似つかわしくない陽気な声が響いた。
前の部署の女性社員が紺野に声をかけた。忘れ物をもってきたようだ。

「ああ、ありがとう。助かる」

紺野の強張っていた顔が一気に緩んだ。

「いいえー、紺野さんたちいなくなっちゃうの寂しいですー、またみんなで飲みに行きましょね、また誘いますからー」

「ありがとう。ぜひぜひ」

「んー、なんか、やっぱ雰囲気違いますねー、営業部。でもたまには私たちのとこにも顔出してくださいね!アットホームな空気味わいたくなったら。じゃ、紺野さん、ばいばいっ!」

陽気な女性社員は去っていく。
違和感だけが留まっている

レイラがギンッとした厳しい目を向けている。

「さあさ、すぐ準備しちゃおう」
紺野は冷ややかな視線から逃げるように、荷物に視線を落とした。
他の3人も、コクコク頷いた。
気まずそうだ。

これは、うまく間を取り持たなければなあと水上は思った。

しばらくすると、水上の心配をよそに、
紺野たちは業務上では周囲と馴染んでいった。困った営業が紺野たちのチームに相談することも多々あったのだ。
紺野たちは旅行業の資格を持っていて、外とのネットワークをもっていた。
社内の商材やサービスで足りない部分を担い、案件の受注に一役かっていた。

「あー、その予算じゃその方面厳しいですね。お客さんが納得してもらうためにはこっちの方面での提案も考えたほうがいいですよ」

「なるほど、難しい調整ですね。でも、AホテルのBさんだったら、どうにかしてくれるかもしれません。今ちょっと電話してみるんで、少し待ってもらえます?」

「おそらく競合はC案できてるってことは、この組み合わせなんですね。じゃあ、うちはここをうまく組み合わせるっていう落としどころはどうですか?」

寄せられる相談をサクサクと裁いて、てきぱきしていた。
そして、その指揮をしていたのは紺野だった。

「いや~、紺野さんたちのチーム異動してきてくれて、すごく仕事やりやすくなったわ、前は部署超えての調整やったから、タイムラグとか遠慮とかあったし」

評判も上々だ。

紺野の働きぶりは傍で見ているとなかなか頼りがいがあった。
仕事への責任感があるからこそ、振りかかる課題を解決してきた結果が今の頼りがいにつながっているのだろうなと水上は思った。

ただ、ひとつ気になったのは、
その他の既存のサポート女性陣勢との距離感が縮まっていないことだった。
仕事以外での親和性という部分だ。

レイラが紺野のことを目の敵にしているのが大きい。
同期だからこそ、ライバル心もあるのだろう。せっかく築いてきている縄張りに異質なものが入ってきたと思っているのは、明らかだった。
紺野がてきぱき仕事をして、それを営業に褒められているのなど見ると、横目で睨んでいる。

紺野はそんなレイラを視線を気付いているはずだろうに、全く素知らぬ澄ました顔をしている。そして、ゆうみちゃんを頼ろうともしないから、ゆうみちゃんもあまり可愛げのない後輩だと思って距離をとっている。

感情的な部分で相いれないとなかなか難しいのかもしれない。

表面上だけでも柔和な態度をとるなど、紺野ももっと器用にふるまえばいいのにと水上は思うが、紺野は紺野でプライドがあるのだろう。
仕事とは関係のない部分で、それこそ交友関係の部分であれこれと言うこともできないしなあと思う。

教室の人間関係に例えるのならば、
ゆうみちゃんやレイラが中心の派手でムードをつくるグループとするならば、
紺野は静かに本を読んでいそうな真面目で地味なタイプだ。

はい、仲良くしなさいと言って簡単になれるものでもない。

それに、紺野のスタンスで水上が共感できる部分もある。
周囲がどう騒いでいようと、仕事人としての責務を果たす姿勢に凛とした格好良さがある。

上司として業務上立ち入らなければならないこと以外、そっと見守ろうと水上は思った。

ある日、紺野は、複数の営業に囲まれて談笑していた。
にこにこと笑っている横顔をチラとみて、水上は耳を澄ませる。

「えっ!! 紺野さん大阪出身だったんですか? 全然気づかなかった!大阪弁、全くでてなくないですか??」

「そうなんですよー、最近、私が大阪出身であることバレなくなりましたね」

「無理して標準語話してるんですか? もったいない。大阪弁って親しみやすいじゃないですか」

「就職で東京にきたでしょう? 先輩の電話口の話し方とか真似していたら、うつっちゃったんですよね。仕事の場だと。それに、そもそものイントネーションが違うから、目立っちゃうじゃないですか」

「え、目立ったらいいじゃないですか」

「営業なら、個性として出したらいいと思いますけど、私はサポートなんでねー。周囲と協調したいじゃないですか。悪目立ちしたくないし」

「えー、もったいない」

「いやでも、仕事のときとか畏まって話しているときだけです。プライベートはいまでも大阪弁ですよ」

「あ、じゃあ、紺野さんの大阪弁きけるようになったら、僕ら心許されたってことっすね!」

「はははは、本当に仲良くならないと解禁しないですよー。それこそタメ語で話すくらいに」

水上は思いだす。東京にきたばかりの新人のころの紺野を。
営業のロープレ研修のときにイントネーションがなかなか矯正されないよねと先輩社員から笑われていたことを。

紺野は環境にあわせて、柔軟に変化させてきたのか。
いや、それでも、窮屈じゃないか? 無理していないか?

水上も関西出身だからわかる。このしゃべりというのは、アイデンティティみたいなものだって。
上京して数年たつが、多少影響を受けたとしても、完全に消すことなんてできない。

改めて気付いた。
同じ関西出身である水上に対しても、紺野は標準語を崩していなかった。

もっと楽してもええのに。
水上はそう呟いた。

……to be continued

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