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新曲「It's only lonely crazy days」楽曲レビュー(その4) 〜日常を描き出す音楽〜

前書き

この記事は新曲「It's only lonely crazy days」の楽曲レビューのその4になる。単独でも読めるが、その1から続けて読んでいただけると嬉しい。

その1からその3までではほぼ歌詞とメロディの話に終始してきた。
この記事では、サウンド全体の話をしたい。

ブリティッシュロックっぽい?

この曲を聞いたとき、ロックに親しんできた人であれば真っ先に思うことは「あー、ブリティッシュロックっぽい」「ストーンズみたい」ではないだろうか。実際そのような感想をSNSで数多くみかけた。雑誌のインタビューを読んだところ、宮本先生本人もブリティッシュロックを意識しているらしい。

私もブリティッシュロックにはそれなりに親しんできたので、確かにそうだなと思いつつ、しかし単に「ストーンズっぽいな」で片付けるのは違うような気もしていた。確かなブリティッシュロックの系譜も感じつつ、もっと違うテイストの匂いも持っている気がしたのだ。ストーンズとは全く毛色の違う、クラシックの何かに似ていると感じていた。

すぐには何の音楽だったか思い出せなかったのでしばらく考えていたのだが、やっと答えを見つけた。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第15番 田園」である。

淡々とした日常の風景

ベートーヴェン「ピアノソナタ第15番 田園」と聞いてどんな曲かすぐに分かる人は稀であると思うので、動画のリンクを置いておく。

これと「It's only lonely crazy days」が似ている、と聞いて「あー、分かる」と思ってくれる人がどの程度いるかは分からないが、私の中ではこの二曲には明確な共通点がある。

この「ピアノソナタ第15番 田園」は、私もそう詳しいわけではないが、タイトルの通り田園風景を描いた楽曲だろう。「田園」とは、言い換えれば「田舎の日常」である。
よって、この「ピアノソナタ第15番 田園」は、煌びやかに音の強弱をつけて演奏するようなものではない。ただ淡々と弾くことが求められるのだ。それが日常というものである。年若いピアニストは、この「大した盛り上がりのない淡々とした日常風景」の表現に苦戦するものでもあると聞く。どうしても、ドラマティックに緩急や強弱をつけたくなるものらしい。

そして、私には「It's only lonely crazy days」のサウンドの背後にも、「ピアノソナタ第15番 田園」のような淡々とした日常風景があるように感じられたのだ。「It's only lonely crazy days」もある種、淡々とした曲である。歌声には多少の強弱があるが、楽器演奏では曲の全体を通して特段盛り上がる箇所があるわけでもなく、ドラムに至っては最初から最後まで同じ調子の8ビートが延々と続く。

これはまさに、田園風景のような音楽ではないだろうか。変わり映えのしない日常。始まりも終わりもはっきりしない、ひたすら続いていく日常。毎日ほとんど同じことを繰り返し、春夏秋冬を繰り返し、少しずつ年を重ねて変化していっても、本質的な部分では全く何も変わらずにただ繰り返していく日常の日々。究極的には、自分が死んだあとでも、その風景の繰り返しは続いていく。

そして、この二曲に共通しているのは、その繰り返しの日々を否定するでもなく、肯定するでもなく、ただ「そこにあるものをそのまま」に描き出していることだと思う。

宮本先生はインタビューでこう語っている。

もちろん "Easy Go" も "RESTART" もエレファントカシマシであるんだけど、我々が一番無理せず現状を示せる曲というのは、ああいったスピード感がある楽曲とはやっぱり違うわけです。(中略)我々が無理しないで演奏できるテンポにしたかったというのも大きいんですよね。

MUSICA 2023年4月号

つまり、ベテランのバンドが無理をしない、年相応の音楽を作りたかったということだろう。この引用文は「yes. I. do」について問われたときの返答の一部であるが、「It's only lonely crazy days」についてもそう違いはないと思う。

若いピアニストに表現が難しいピアノソナタと、35周年を迎えた、年を取ったバンドが無理をしないで作った楽曲。そこにある共通項は、変わり映えのしない日常の風景であると感じた。そして、それはきっと、その変わり映えのしない日常に掛け替えのない価値があることを実感できる年になって初めて、説得力のあるサウンドで訴えかけることのできる音楽なのだと思う。

終わりに

私は初期のエレファントカシマシの「ファイティングマン」や「花男」ような曲がとても好きだ。若いバンドの勢いのある破壊力がたまらない。

しかし、それと全く同じ確かさで、ベテランバンドのどっしりとした貫禄を感じる「It's only lonely crazy days」や「yes. I. do」も大好きなのだ。

エレファントカシマシは今年で35周年。同じバンドが長く続くということは、若さも、年を重ねた渋みも、そこに至る変化の過程も、全て見ることができるということだ。なんと素晴らしいことかと改めて実感した。そして、「良いことばかりではない現状をただそのままに受け入れた音」に到達したらしいこのバンドが、この先どんな音を聞かせてくれるのか、私はとても楽しみでならない。

私は平成生まれなので、エレファントカシマシのメンバーと比較すれば、まだまだお子様のような年齢である。五十代の生活がどういうものか、まだほとんど想像もつかない。年を取っていくことに対する不安が全くないわけでもない。でも、エレファントカシマシの音楽を聞いていると、ああ、生きていくって、自然に年を取っていくっていいなあ、と、そう思えるのだ。

全肯定の音を鳴らしてくれる、エレファントカシマシ。いつもありがとう。

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