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【小話】|乗り換え

1月。夕方の空、帰りみち。

電車に揺られてその駅に着いたとき、
ぼーっとしていた耳に入ったアナウンスで乗り換えだと気付く。
早く出ないとという一心に人の間を掻き分けた。目指した反対ドアの外が暗い。

一歩二歩と、全身が外気を感じた瞬間、
前から猛烈なすきま風が下から上に向かうように体当たりしてきた。
頭がフワっと軽くなるのを感じた。

終わった、とおもった。

それは特別お気に入りって訳でも肌身離さず持ちたいという大切な物ってほどでもない。
ちょっとした時にかぶるのに丁度いい、ベージュのキャップ帽だ。

私の毛量はきわめて多い。癖がひどい時なんかはひとつに結ぶことで片付けてしまう。
丁寧に編んだり、髪飾りをつけてアレンジする日はほとんどない。
その線のオシャレにうとくめんどくさいってのもあるし、帽子をかぶるのが好きだからだ。
ひとつに結んだ日には決まってこのキャップをかぶっていた。

もうひとつ黒いキャップも持っているが、それはサラッとした生地で型がしっかりしており頭を強くホールドする。スポーツブランドってのものありジムへ行く時によくかぶっていた。
ダボっとしたシルエットが多い自分の私服にはその帽子がアンバランスで、この綿でくたっとしたベージュのキャップ帽が丁度良かった。

いや私から見たそれはベージュなんだけど、カーキと書かれて売っていた。
カーキに分類されたその色はパリッと明るいわけではなく、それが好きだったし、値段も安価で本当に丁度よかった。

よくビルのすきま風でも飛ばされかけた。
ハットなら分かるけどキャップを飛ばすほどって、と風の威力に驚きつつその度に年に数回だけ発揮する超反射で死守してきたのだ。

だけどこの時ばかりはその超反射が出るより先に諦めが生じるほど、不意を突かれてしまった。

時間にすれば一瞬だが、視界を陰らしていたつばも頭にあったゆるい締め付けも完全に消え、同時に風で宙を舞うキャップの姿が脳裏に浮かんだ。
ついに別れの日になったか、という思いがよぎるほど風は強く容赦なかったのだ。漫画の効果音でいえばビュゥオオオと大きく斜体にして書かれるだろう。

飛んだ先を振り返った。

すると、小さくなったキャップが黄色の線の手前でカタカタと揺れている。今にもその場を離れていきそうだ。
近くを歩くまばらな人影もなく、私しか守ってやれないと感じた。

また唸る風に体当たりされたら二度とかぶることはできない。

そしたらまた買えば良い。
世界に一つしか売っていない貴重品ではない、大量生産品だ。

それはもちろん分かっている。
だけど体が動いた。

足が前に出た。

腕を伸ばした。

手の中で綿の生地がくたっと嬉しそうにシワを寄せていた。

まだまだ一緒にいこねと心で頷いた。

今日もまたこのベージュのキャップ帽をかぶって私は出掛ける。

風は強い。
また飛ばされるかもしれない。

しかし乗り換えるのは
まだまだ、まだ、まだ先だ。



1月がおわり、
早かったなって思う反面、2023年まだ1月が終わっただけかとやや矛盾した気持ちで2月を迎えました。

寒さの本気が凄いし、体調面も無事でいてくれよと願うばかりですが、
何はともあれ、心穏やかに生き生きした日々でありますように。

最後まで読んでくださり
ありがとうございました🤝

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