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#12 白井康平さん/テンパーニュ(佐久市・東京都品川区)、白井真弓さん(佐久市)

この連載は…
長野県の一人出版社・八燿堂によるポッドキャスト「sprout!」の文字起こし+番組未公開パート+解説コラムです。主に長野県東部=東信エリアで活動する人たちへインタビューする企画です。人、活動、街の魅力をたっぷりご紹介していきます

素材にこだわったハード系のパンで地元・東信だけでなく全国にファンの多い「テンパーニュ」の白井康平さんと私が初めて知り合ったのは、確か長野県佐久市でパーマカルチャーを実践するニック・シコルスキさんの講座だったと記憶してます。その農場ではついついアホな話ばかりに興じてしまって真面目な会話をする機会がなかったのですが……(苦笑)、念願叶ってパンやパンづくりに至るストーリーを聞く機会を得られました。

インタビューは2023年にパートナーの真弓さんと旅行したラダックのこと、旅、アウトドア、オーガニックコットン、と紆余曲折を経ますが、本人としては完全に「筋の通った」物語。果たして、読めば納得。環境問題や社会問題に造詣が深い真弓さんのお話とあわせてどうぞ。

※このインタビューは2024年5月3日、長野県御代田町の「atelier Rom」で行われた「Suno & Morrison POP UP」の最終日「テンパーニュの小さなお話会」の模様を採録・編集したものです

編集・取材・構成=岡澤浩太郎/八燿堂
写真提供=テンパーニュ except(*)
企画=岡本雅恵/atelier Rom 

テンパーニュ 白井康平 白井真弓 パン 無農薬 無化学肥料 信州産 全粒粉 ルヴァン 佐久 望月 パタゴニア アウトドア オーガニックコットン ドリアン 田村陽至 捨てないパン屋 ラダック
sprout 八燿堂 東信 長野 小海町 気候危機 環境問題 社会問題 寄付 持続可能 サステナブル
テンパーニュのロゴ。そっくりすぎるアイキャッチ

■プロフィール
白井康平/パタゴニア、オーガニックコットン商社パノコトレーディングを経て、広島のブーランジェリー、ドリアンでパンづくりの修行を経験。2021年、長野県佐久市に移住し、テンパーニュとして活動開始。無農薬・無化学肥料・信州産の小麦を原料に乳酸発酵させたハード系のパンを焼いている。現在は長野と東京の2拠点で活動。農に寄り添うパン屋を目指している

白井真弓/環境問題への関心、南インドのエコビレッジ「Auroville」の滞在、バックパックの世界一周、インド最北のチベット文化圏ラダックの滞在を経て、NGO職員としてラダックの伝統文化や自然環境の保護、国際交流活動に従事。現在は自然食品や自然派コスメの販売会社に勤めるかたわら、休日はテンパーニュを手伝う


※インタビューのダイジェスト+αはポッドキャストで公開しています



テンパーニュのパンづくり

岡澤浩太郎/八燿堂(以下、岡澤) 今日会場に来ていただいたみなさんには、テンパーニュのパンを使ってRomの岡本雅恵さんが料理してくれたサンドイッチを召し上がっていただいてますけど、初めに、どんなパンなのか教えてもらえますか?

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atelier Rom(長野県御代田町)で行われたお話会&公開収録の模様(写真=岡本雅恵)

白井康平さん(以下、康平さん) このカンパーニュは、小諸市のにちげつ堂さんの「ゆめかおり」という品種の小麦と、望月のdaenの本城桃さんの「シラネ小麦」、それから小諸の農家さんのライ麦を使った、全粒粉100%のパンです。いわゆるルヴァン種というパン種を使っているので、多様性や酸味があるパンに仕上がっています。

岡澤 テンパーニュのパンは何度か食べましたけど、ずーーーっと食べていられるんですよね。何と言うか、体に近い感じ? 自然体なんですよね。大きいブリオッシュとかでも、息子と二人で、気が付いたらあっという間に完食してました(笑)。ちなみに信州の原料を使っているのは、どういう理由が?

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こちらがそのサンドイッチ。具材は、生しらすのペースト、粒マスタード、自家製鶏ハム、埼玉県産のルッコラや新玉ねぎのピクルス、ラディッシュ、キャロットラペ、Romドレッシング、手作りマヨネーズなど(写真=岡本雅恵)

康平さん 最初のうちは北海道のオーガニックの小麦を使っていたんですけど、2021年に佐久に住んでから地域の小麦農家さんとのつながりができてきて、少しずつ信州の小麦の割合が増えて、いまはすべて信州の小麦でつくっています。

岡澤 素人質問なんですけど、ほかと比較すると長野の小麦ってどんな味がするんですか?

康平さん その辺は品種によって違います。
佐久周辺でパン用の小麦とされる品種は「ゆめかおり」が多いんですけど、僕の場合はパン用の、いわゆる強力粉ではなく、うどん粉寄りの中力粉みたいに比較的昔からつくられているような小麦のほうが合う気がしています。だから、パン用の小麦を無理に使わなくても、うどん粉とかでもつくっていければと。

岡澤 農家さんから直接仕入れているんですよね。それはなぜ?

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テンパーニュのパン。マルシェの出店の模様から

康平さん 例えば北海道だと平地が広いので、大きな農家さんがたくさんいて、小麦を買うところもちゃんとしているんです。だけど信州は山間なので小さい農家さんがたくさんいる。彼らは、玄麦というか、挽く前の状態まではつくれるけど、製粉機がないので粉にできない場合がすごく多いんです。
ただ僕は小型の製粉機を持っているから玄麦で買える。それによって取引する農家さんの選択肢がすごく増えたんです。
それに信州の小麦の値段は比較的高いんですが、玄麦で買えば価格を抑えられる。あと、「農家さんと直接じゃないと買えない」みたいな状況も多かったので。

岡澤 じゃあ、中間マージンを減らすとかそういうことではなく、「自分に選択肢が増えるから」という理由だったんですね。

康平さん そうですね。それに僕、現場に行くのがすごく好きなので(笑)。農家さんの畑に行って、直接見たり話ができたりするのは自分のモチベーションにもなるし。

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信州の農家さんたちと。中央が康平さん

岡澤 ただ、現在は佐久と東京の2拠点で活動されている、と。

康平さん はい。「長野県で薪窯のパン屋をやる」という目標で3年間ずっと活動してきたんですけど、最近は移住者が多くてなかなか物件が見つからないし、いままで旅ばかりしてきたのでお金もないし、いきなりそこにはたどり着けないと思って。
それで、僕は東京出身なんですが、電気屋を営んでいた父が数年前に引退して、お店のスペースが空いたんですね。そこを使って信州の小麦を使ってパンを焼き、東京のお店で売ったり土日は長野のマルシェで売ったり、というのを今年の目標にしています。

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東京、西大井で準備中のお店

※取材後に康平さんはクラウドファンディングを実施、見事目標達成し、
東京の店に日本製石臼製粉機を設置した

康平さん それが実現できれば少し時間もできるので、佐久の親戚が使っていない畑で、できる範囲で小麦を育ててみようかなと。

岡澤 あらためて聞くのも野暮ですが、無農薬・無化学肥料の原料を使うのはなぜですか?

康平さん テンパーニュをやる前にパタゴニア、オーガニックコットンの商社、と働いてきて、オーガニックや無農薬という選択が当たり前だったんです。
商社時代に服飾の専門学生向けに「なぜオーガニックなのか」を歴史からさかのぼって説明する話を3回くらいしたことがあるんです。第二次大戦が終わって化学兵器をつくっていた工場がヒマになったので、そこでプラスチックや化学肥料や農薬をつくるようになった。一方で戦争がなくなって人口も増えたので食料が必要になり、農薬や水を大量に使って単一の食物を育てる「緑の革命」(コラム①参照)が発明された。
……こういう話を生徒さんに語っていたので、ある意味、彼らに約束していたようなもので(笑)。僕のなかでは農薬や化学肥料を使う選択肢はなかったですね。

コラム①緑の革命

戦後、伝統的農業・慣行農業から工業へと産業構造が転換し、また人口増加によって食糧難となった途上国では、①高収量品種への転換、②農薬や化学肥料使用、③灌漑設備の整備に代表される農業の技術革新によって、農作物の生産性を大幅に向上させようとした。

結果、さまざまな国で収量が増加、飢餓を回避し、経済も発展し生活水準が向上することになる。特に品種改良の研究・開発によって小麦の収量の増加に寄与したノーマン・ボーローグ博士は、1970年にノーベル平和賞を受賞している。

だが一方で、当初から批判や疑問の声があった。例えば、土壌環境の劣化、水質汚染、塩害など環境への影響、病害虫の発生など生態系の不安定化、貧富の格差の拡大などである。
そのため伝統的農業・慣行農業の見直しや、環境や生態系と調和する新たな技術開発が求められている。

参考:「緑の革命とは?メリット・デメリット、問題点と各国の取り組みを解説」(『Spaceship Earth』エレビスタ) 


秘境・ラダックへの旅


岡澤 パタゴニアやオーガニックコットンの商社のことは、このあと少しずつお伺いするとして、今日はテンパーニュのパンや、康平さんがパンづくりに至った紆余曲折の物語を丁寧に紐解くために(笑)、①ラダック、②オーガニックコットン、③テンパーニュ、の3つのキーワードを用意しました。
まずはラダックについて。ラダックは真弓さんのほうが詳しいとのことで、お話をうかがえますか?

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