[日日月月]6月13日、頓挫に次ぐ頓挫を経て姿を現しはじめた新プロジェクトについて
今年刊行するつもりだった本の制作が頓挫した。
NVC(非暴力コミュニケーション)と育児をテーマにした本で、親子間の暴力や支配・服従の関係を超えて、人間同志の対等なつながりを築くための、ハウツー+αを収録するものだ。八燿堂の刊行物として今年の目玉に据える予定だった。
頓挫したのは、監修者の状態がすぐれないこと、だったらと自分で書き始めた原稿が非常に難儀し、ヘルプを求めた2人目の監修者が同じテーマの本を別の出版社から出すことを知ったためだ。特に3番目の理由が堪えた。八燿堂から出版する理由がなくなったのだ。
ついでに言うと、この本ではプリントオンデマンドや電子書籍を試すつもりだった。数社から見積とサンプルを取り寄せ、長い期間にわたってとても慎重に検討していた。
自分なりの結論はこうだ。まずプリントオンデマンドで刊行するなら、印刷や仕様の制限を逆手に取り、ペーパーバックのようにあえて「安っぽいZINE」のような体裁にするのが良いと思われた。ただし、少部数の場合は単価が高く、オフセットと比較した場合のコスト面でのメリットが想像以上に乏しかった。
「1部から印刷可能!」と謳う印刷会社もあるが、理論上はオフセットでも1部から印刷は可能なのであって(そんなことをやる人はいないだろうが)、つまるところ、プリントオンデマンドの技術はまだ過渡期の状態にあると思えた。もっと言えば、出版界全体が少部数出版にメリットを見出さない限り、印刷技術は現状からさほど進歩しないと思われる。少部数出版という需要が少ないからだ。究極のところ、現在の出版システムは少部数出版に、ほぼ対応していない。
電子書籍はと言うと、八燿堂の少部数・自主流通出版=デフォルトの品薄・流通規模の狭さ=アクセスの不均衡を解消する手段としては非常に有効だと思えたし、今後の時流を考えると経験値を積むためにも一度トライしておいてもよいと思われたが、inddやPDFを変換しただけ=紙の方法論をデジタルに置き換えただけの「プロダクト」に、つくる意味を感じなかった。
そもそも電子書籍リーダーで文字を読むのと、スマホでnoteを読むのとでは、文字組の違いはあっても、それ以上の違いはあるのだろうか? わざわざePUBやらに変換しなくとも、ブラウザでwebを見れば済む話ではないか? デジタルならデジタルの良さに特化しないと、この世に存在する意味がないのではないか? つまり、電子書籍もまた、過渡期のフォーマットなのではないだろうか。
こうしてめでたく頓挫したわけで、だから暇になった、というわけではないのだが、新しいプロジェクトを企み始めた。このnoteでひそかに小出しで公開しているように、podcastを含めた発信の形態である。
「sprout!」という名前を仮につけているが、このプロジェクトにはプロトタイプがあり、同じく頓挫した。プロトタイプではこんなことを考えていた。
八燿堂の所在地である長野県東部=東信では、①いわゆる持続可能性への関心の高まり、②移住者の増加にともなって、いわゆるオーガニックな食材の需要が高まり、移住者による新しい活動も増えている。しかし、もともとの住民である有機農家などが行っている活動を含め、それらは口伝で「知る人ぞ知る」状態でしかアクセスできないことが多い。端的に言えば、「有機の米はどこで買えるんですか?」という移住者の強い需要が、地産地消レベルで満たされることは、実は多くはない。
並行して、③移住者たちは自分が住む地域で何が問題になっているのかがなかなかわからない。例えばバイオマス発電所の新規建設、駅前ビルの再開発などの事象が、行政から発信される情報だけにほぼ限られており、しかもさまざまな点でアクセスしづらい(端的に言えば、「そんなの読まない」「そもそも知らない」)。
これらを考えたとき、
食(オーガニック)と、人(地元の人と移住者)と、土地(地域)をつなげるプラットフォーム
があれば非常に有効なのではないかと考えた。具体的に言うと、①東信で活動する有機農家や有機食材販売店、同飲食店などをデータベース化し、②社会問題や環境問題に対するトピックやニュース解説を発信する、という構想だった。
それによって情報の可視化と共有と頒布、アクセスの平等化を図ることができ、また社会問題や気候変動に関するリテラシーを上げ、最終的には社会変革につなげる、という青写真だ。
頓挫したのは単純な理由で、資金がないからだ。ウェブ上でのプロジェクトであるため、コーダーとデザイナーは必須。また店などを紹介するためのテキスト(ライター)や写真(写真家)も必要になる。
他方、このプロジェクトはマネタイズをまったく念頭に置いていない。「食と人と土地」を、お金ではないものでつなげたかったからだ。加えて言うなら、そもそもウェブは非常にマネタイズしにくい。広告は制作や可読性の、有料課金制は頒布の、障害になる可能性が高い。
したがってスタッフへの支払い――当然かもしれないが「思い」だけで動いてくれる人には出会えなかった――を考えると、私の足りない頭では、行政などからの補助金を頼るしかなかった。
しかし、そもそも補助金など未開拓分野であるうえに、マネタイズを考えない(社会奉仕事業とでも呼ぶのか?)このプロジェクトに適合する補助金を探すだけで、疲弊してしまった。だいたい、「資本主義ではないことをやろうとしているのに金集めに奔走される」という矛盾に耐えられなかった。これでは自分自身が持続可能にならない。
そんなわけで頓挫したわけだが、このプロジェクトはいつか復活させてもいいかもしれない。こうしてアイデアを公開しているのは、目に留まった誰かが、何らかの形で、実現してくれるかもしれないからだ。もちろん、一緒にやらせてもらえるなら、ぜひやりましょう。
■
頓挫したあと、しばらく放置していたのだが、「資金がないなら、ないなりのやり方を考えればいいではないか」と思いついた。1990年代のインディペンデントカルチャーに倣い、ミニマムで、ゲリラ的な活動。具体的には、こんなことを考えた。
podcast
note
本
という複数のチャンネルで、取材対象へのインタビューソースを公開する。当然ながらチャネルによって表現内容は変える。これによって、
「本」以外の層へのリーチ
地域~世界レベルを想定した、
具体的で社会的なアクション
を目指す。ここで言う「地域」とは、長野県東部=東信だ。八燿堂のこれまでの、「本」だけの活動や、アプローチしきれなかった地域~社会レベルでの具体的アクションを補完するものとして、位置づけている。実際はメディア然としているから、「社会へのアクションのための場づくり」のようになるだろう。
同時に、すべてのチャンネルが「本」から始まり、「本」に帰結するように設定し、最終的には「本を読む」という文化そのものをつくる。いわば、「本という文化のための土壌づくり」だ。これがないと一人出版社がやる意味はない。
ただし、具体的なやり方は詰めていく必要がある。現状では次の2点を柱に取材を組み立てることを考えている。取材対象には、社会問題や気候変動などに取り組む活動をしている個人や団体を設定し、
活動の紹介
→背景となる社会問題や気候変動のトピックを深掘りする(関係各所への追加取材、統計・論文のリサーチによる裏付け、など)活動の「根」となった「本」の紹介
→その人/団体の活動の思想的根幹をたどるため、源泉となる「本」を取り上げ、活動におけるクリエイティブと、活動の背景となる社会問題などと、「本」を結び付け、「本のある文化」の土壌づくりを目指す
うまく行くかどうかはわからない。軌道修正も出てくるだろう。いまは制作~公開のための実験を続けている。当然ながらこれがなかなか難しいのだが、ある程度クオリティが担保できたら、ローンチにこぎつけたいと思っている。
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