大学時代の恋の話
彼と出会った場所は、大好きなロックがたくさんかかる六本木のクラブだった。「初恋の人に似ている」と言った覚えがある。一目惚れだった。今思えばかなり失礼な言葉だが、彼はその言葉を前向きに受け取ってくれ、それから何度か顔をあわせるうちに良いムードになった。会えば会うほど好きになっていく。
実はその直前まで音楽フェスをきっかけに彼の友達と付き合っていたのだが(いわゆるフェスハイというやつだ)、私からすぐに別れを切り出してしまい、応援ムードだった仲間内でちょっと気まずいことになっていた。
しばらくして、彼から「あいつと直接、話をしたからもう大丈夫だよ」と電話がかかってきた。「これで、俺の彼女なんだな~!」と、嬉しそうに話していた声を、今でも覚えている。
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彼と一緒に聴いていた音楽は、私の好きなロックや70年代のパンクミュージックが多かった。彼がすすめてくれた映画を観に行き、彼と一緒にイベントやライブに行った。
当時の彼は、Vivienne Westwoodのタイトなシャツをよく着ていたので、誕生日にはヴィヴィアンのスリムなオイルライターをプレゼントした。
すれ違いが始まったのは、私の就職活動がきっかけだった気がする。時代は超就職氷河期。就職を希望していた会社の8割が新卒採用を行わなかった。憧れの企業に、挑むチャンスさえももらえない失意の中、それでも興味を持てる会社に何枚もエントリーシートを書いては送り、リクルートスーツを着て面接に出かける一方で、彼は変わらずバイトを続けていた。
その後、なんとか内定をもぎとった会社が倒産するというアクシデントがあり、中途採用で働くことが決まった会社では、毎日終電帰りの激務が始まった。心も体も疲れ果て、音楽というものをプライベートで聴けなくなり、また嫌いにさえなっていった。帰り道はいつも泣いていた気がする。しかし、1年契約の雇用だったから、次年度以降の契約がほしくて必死に働いた。
彼から「やっぱりバイトやめて、地元に戻って実家を継ごうかと思う」と打ち明けられたのは、満身創痍のそんな時。
私の恋は終わった。
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その数年後、東京に出てきた彼と会ったことがある。ゆったりした服を着ていて、付き合っていた時とは印象が違ったので驚いた。直前に会った友達から借りたものが入っていたセシルマクビーのショップバッグを見て「おっ、セシルか、いいな」と言う。「俺、学生時代にゴリゴリのヒップホップも好きだったんだ。セシルを着てるようなギャルもかわいいよな、とか思ったり」。
それを聞いて、笑った。
初耳だったし、私は昔もその時も全くギャルではなかったし、どちらかといえばバンドTにコンバースを履いていたようなタイプだったし。
いつも後ろに乗せてくれたバイクも、思えばロックというよりヒップホップな感じだったな。オイルライターをあげるなら、ヴィヴィアンのスリムなライターじゃなくて、クロムハーツのZippoとかが良かったのかな。
彼に会ったのは、それが最後になる。
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この話を書くにあたり、彼のフルネームで検索をかけてみたら、立派なお寺(実家)の住職さんになっていた。境内を解放してヨガイベントを行ったり、赤ちゃん連れ大歓迎の法話をしたり、得意のカメラも生かして、お寺の広報も積極的に行っているようだった。
二人の息子さんを膝と隣に置きお経を読む彼は、優しい顔をしていた。良い歳の重ね方をした、40歳の男性の「いい顔」だった。
初恋の相手にもう全く似ていない風貌だったけれど、きっと今、初めて彼に出会ったとしても、一目惚れして好きになっていただろう。あの日、燃やした心に悔いはない。
ひとつだけ後悔があるとするなら、大学時代に、彼が好きだったヒップホップを一緒に聴いてみたかった、ということだ。彼が本当はどんなグループやアーティストが好きだったのか、もう知る術はない。
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