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【俳優覚え書き】努力クラブ『誰かが想うよりも私は』

先日出演していた、
努力クラブ『誰かが想うよりも私は』
(2022年6月5日(日)に終演、現在〜7月2日(土)まで上演映像のアーカイブ購入が可能)

この公演で感じたことを、俳優としての覚え書きという形でまとめておきます。
(※作品のネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください)


AI・HALL 令和4年度次世代応援企画break a leg
努力クラブ第15回公演
『誰かが想うよりも私は』
作・演出 合田団地
日時 2022年6月4日(土)〜5日(日)
会場 AI・HALL

【出演】
崎田ゆかり(ゲッコーパレード)
佐々木峻一
三ヶ日晩(コトリ会議/小骨座)
重実紗果
橘カレン
にさわまほ(安住の地)
美女丸(ソキュウ)
マナカ(劇的☆ジャンク堂)
横山清正(気持ちのいいチョップ)


上演映像ご購入はこちら


●振り返り① - 「自分から攻める」と「媚びない」


今回の公演では「自分から攻める」を目標にしていた。

相手の演技を受けるだけにならず、台本に甘えるだけにならずに、自分からどんどん攻めていこう、という決意。
これは、最近参加したいくつかの公演での反省点であり、特に同じく努力クラブの作品『レジャーパーク』(2021年)あたりから自分の課題だった。

とにかく、甘えない、受け身になりすぎないこと。

前半の稽古は、机に向かっての台本読みが続いた。

台本を読んで真っ先に思ったのは、「(自分の役を)可愛いと思えない」ということ。
努力クラブの作品で描かれるヒロイン(主人公となる女性)像がいつも好きで、可愛いなあと思っていたのだけど、今回はそう思えない。

サラッと嘘をついて、異性と会うたびにその場限りの調子のいいことを言って、好きな人に恋人がいたら仲を引き裂いて、自分を好きだと言う人のことは便利に使う。
嫌だな、と思った。こういう人、ちょっと、いやめちゃくちゃ苦手だな、と。

稽古が進んでしばらくして、合田さんから「(自分で)自分(の役)が可愛いと思えるようにやってください」と言われた。

そこから本番まで、自分の演技から「媚び」を払い落としていく作業が続いた。

「相手(異性)に可愛いと思われたい」という意識が透けてしまえば、失敗。
上目遣いをしたり、声を高くしたり、無駄に笑い声をあげたり、そういうのも全部やめた。

「こう振る舞ったら、相手にはどういう風に見えるか」という意識(=自意識)は、今回に関しては特に、邪魔だった。

●振り返り② - 言葉に囚われずに動く


立ち稽古に移ってからは、「場面の切り替え」と「動き」が課題になった。

バラバラの状況で、2人(時々3人)の男女が会話をする場面が繋がっていく。油断すると全体的に平坦な印象になってしまうから、とにかく「前のシーンから空気を切り替える」ことを意識していった。

あとは、「言葉に囚われすぎない」ということ。

これが本当に難しくて、というか、演劇を始めてからずっとというレベルで、自分の中の苦手分野だった。

動きも態度も表情も台詞の吐き方も、台本の言葉に引っ張られる。言語優位で思考する傾向があるので、どうしても言葉の持つ力に影響されやすい。良くも悪くも。

今回は、台詞の意味と動きが連動しすぎないよう、できるだけ脈絡なく動いて話すことを意識した。

「まっすぐ立たないでほしい」「手を動かしてほしい」という合田さんのオーダーを受けつつ、台詞を発する時の頭と身体をできるだけ切り離すようにしてみた。

たとえば、試しに、意図的に手癖を入れてみた。
話しながら髪の毛を引っ張ったり、後ろ手で服の裾を摘んだりと、普段はしない動きを癖として取り入れてみた。
落ち着きなくフラフラしていて、地に足が着いていない感じ。

そうしていくと、
最初に台本を読んだ時に感じた、
「この人、よくわからない」という印象に立ち戻った。

"彼女"は、私(にさわ)が理解できる感覚で演じてしまうととても狭い範囲でしか表現できない。
だからあえて、自分の制御できる範囲から逸脱させて、よくわからないまま動き、動きに連動させずに台詞を発した。

なぜ"彼女"がその動きをしたか、どういう感情でその台詞を発したか、演じている自分もわからないまま。そのほうが、"彼女"の姿に近づける気がした。

それまで演出からもらっていたオーダーは、途中から無視した。
必要なのはその箇所で必ず間を空けるとか、必ずその台詞をゆっくり話す、ということではなく、それと同等の効果を生み出すこと。相手に与えたい影響を与えること。
その場その場で、より最適解を選べるよう調整していった。


●振り返り③ - 衣装とラストシーン


AI HALLに立つのはニットキャップシアター『ねむり姫』以来。広くて大きい構造の舞台で努力クラブの作品を演じるのは新鮮。
広いのに意外と声が届いた。拡散しすぎず吸収されず、客席に小さな声が届いてくれるのは嬉しい。

衣装は、「フライヤーと似ている服を着てもいいですか」と聞いて、許可をもらった。
フライヤーの絵がとても好きだったので、描かれている女の子を自分が演じる"彼女"だということにしたかった。(個人的な趣味で)

観終わったあとに、このチラシの子があの子か、と思ってもらえたら観劇後の余韻も楽しいかなと。そんな気持ちで。


劇場入りしてから、ラストシーンについて考えた。

観る人によって印象が違う、というようにしたかった。このラストを、希望と捉えるか絶望と捉えるか、どちらの解釈もできるように。


ちょうどその頃、『A子さんの恋人』という漫画を再読していた。
今回の作品と似てはいないけど、でも共通するものを感じる、人間同士の複雑な感情を描いた作品。

(『A子さんの恋人』7巻 p.21)


読んでいて、あ、こんな感じにしたいな、と思うコマがあった。

暗くて相手の顔が見えない部屋で、どちらが泣いているのかもよくわからないまま、自分が恋人のことを好きなのか、恋人は自分を好きでいてくれているのか、ぐるぐると悩んでしまう。そんなワンシーン。

「泣いてるの!?」
「泣いてないよ」
「泣いてるのは えいこちゃんじゃないの?」
「……泣いてないよ」
「えいこちゃん 暗くてよく見えないよ」

(『A子さんの恋人』3巻p.173より)

考えて、相手役のマナカさんと少し話して、
二日目(5日)に入ってから、ラストシーンは客席に背を向けて演じることにした。

"彼女"がどんな顔で恋人に「好きだよ」と言ったのか、誰にも見えないように。
泣いているのか、笑ってるのか、どちらでもないのか、観た人に想像してもらえるように。

●まとめ


努力クラブの作品への出演は5回目。
今回が、今までで一番挑戦させてもらえたし、やったことのない範囲のことをやらせてもらえた。

学んだことは、
演出のオーダーをこなすのではなく、そのオーダーが示すゴールに辿り着ける手段を自分で探ること。(あたりまえのことだけど、改めて)

身体と台詞を切り離す感覚。

理解できないまま人物を演じることの効果。


身体と、台詞の発し方についてはまだまだ追求していきたい。2022年の課題。

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