運命の人に出会ったから、私は官僚を辞めた①(出会い編)
「私、彼氏できたんだよ」
1年前の私が、2年前の私にこう教えてあげたら、私はとっても嬉しがるだろう。
そして。
「私、結婚したんだよ」
今の私が、1年前の私にこう教えてあげたら、今度は感慨に浸るだろうか。
夫にベッドで抱き枕にされながら、私はふとこんなことを考えてみた。
私の場合、結婚は「退職」とほぼイコールだった。
すなわち、彼と結婚するということは、国家公務員を退職するということだったのだ。
彼と出会うまで
私は2019年に某省に入省したが、2020年になる頃には、過労と人間関係のストレスにより抑うつ気分を発症していた。
日曜夜に涙が止まらない。職場でもしんどくてトイレに駆け込んで泣いてしまう。仕事が少しでもうまくいかないと、全部自分のせいだと思ってひどく責めてしまう。
こんな感じの精神状態が続いた結果、朝起き上がれなくなり、物理的に仕事に行けなくなったので、休職した。
休職の期間は1ヶ月ごとに更新され、ついに1年を数えた頃、ようやく復職のゴーサインが主治医から得られた。
復職後は、メンタル的にはそこまでしんどくないものの、長い間うつで寝込んだせいで体力が落ちきったため体調が優れないことが多く、仕事も休みがちだった。
病気がなかなか治らず、一人で苦しい思いをしながらこれから生きないといけないのかと思うと、気が滅入りそうだった。
とあるメンタルクリニックの通院の日。主治医に症状が辛いことを相談しても、薬の服用を続けること以外のアドバイスがなく、私は心細い気持ちに襲われた。
その日は冬の雨が降っていた。
クリニックのビルを出て、傘を差しながら道路の水たまりを避けて足を踏み出した瞬間、ふとこんな思いが頭に浮かんだ。
「彼氏ほしいな」
病気の私をそばで支えてくれる人がほしい。病気が治るよう、応援してくれる人がほしい。
そしてそれは、友達ではなくもっと近い存在のはず。
私はクリニックから帰宅して、早速マッチングアプリをインストールしてみた。
出会い
案の定、アプリには良い出会いがなかった。
メッセージの時点で変な人が多い。メッセージでは大丈夫でも電話してみると変な人もいる。厳重なスクリーニングの末会っても、なんか違う。
アプリに飽きて、また頑張って、また飽きてを繰り返してそろそろ本当に飽きてきた2022年某日、私は彼に出会った。
初対面で運命を感じたわけでは別にないが、数人で会ううちに、この人ともっと仲良くなりたいなと思った。
恋愛偏差値0だったにも関わらず、私は自分から飲み会に誘ったり、少しだけLINEをするようになった。
しかし、彼に関しては、致命的な懸念点があった。
彼は、あと1年で関西に戻る。
東京に出向に来ていた彼は、東京での任期が終われば関西の本社に戻ることがほぼ確定していた。
そして彼は、とある飲み会で恋愛の話になったとき、「遠距離は嫌だから、彼女は関西で探したい」と言っていたのを私は覚えていた。
それでも、私には切り札があった。
私は3年以内にこの省を退職する。退職後は関西に戻ってもいい。
彼にアタックを始めた時点で、私はこう決心していた。
退職の決意
「留学は、無理しない方がいいですよ。異国の地で勉強のプレッシャーがかかると、普通の心身の状態の人でも大変だと思いますのでね」
留学の機会があればぜひ留学したいと、私はかねてから希望していた。
ただ、うつの症状が完全には治らない中、産業医は留学について微妙な姿勢を見せていた。
「分かりました。人事にも相談してみます」
そして人事も、あまり良い顔はしてくれなかった。
「海外生活は、ちょっとやはり心配ですね。英語で勉強できる国内の大学院もあるので、そちらもぜひ検討してみてください」
そうか、私は留学には行けないんだな。
英語が好きで、幼い頃から世界で活躍したいと思っていた私にとって、官僚の立場で海外の院に留学に行けるのは、本当に素晴らしい機会だった。
海外でたくさん勉強して、英語力ももっと磨いて、将来的には国際機関とかに出向してみたい。
外務省ではなくこの省に行くことになってからも、日本だけではなく世界に貢献したいという思いは強く持っていた。
入省してからも、国際部局に行きたいと常々人事に伝えていた。
しかし、国際部局は時差の関係で夜遅くまで働かないといけない。
私はうつで体調が優れないことが多く、残業も最低限にするよう主治医に言われていたので、国際部局への異動はほぼ難しくなっていた。
この省で世界に貢献するという夢が、病気が原因で叶わないと分かった瞬間、この省で働き続けたいという気持ちは切れてしまった。
だから、私は退職を決意した。
「マホさん、2023年の抱負は?」
忘年会にて。斜め前に座る同僚女性が、あまり飲んでない私に話題を振ってくれた。
「私、実は数年以内に退職したいと思ってるんですよね。だから、ちゃんとやるべきことやって、後悔ない一年にしたいです」
正面に座っている彼のことを特に意識してない風を装って、私は何気なさそうに答えた。
のちに、この言葉が私たちの関係を大きく変えることとなる。
(続きます)
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