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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」

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猫目の探偵、鯖虎キ次郎と愛猫とめきちが奇々怪々な事件に挑む。
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2016年5月の記事一覧

猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」1

□志村坂上の家 東京板橋区志村の、ふらふらと蛇行する日当たりの良い坂道の途中に、その小さな二階家はあった。春の午後、少し赤みがかった日差しが、オレンジ色のモルタル外壁を眩しく照らしている。日当たりの良い玄関脇には、若い桜の木がみずみずしい花を咲かせ始め、地面に這うように広がったタチツボスミレが青い蕾をつけている。
 気の早い新聞配達員が、夕刊を郵便受けに押しこみ、スクーターの音をバタバタさせながら

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」2

□鯖虎探偵社 たいへんだたいへんだ、やばいよ、せんせえ、たいへんだたいへんだぁ。

 慌てた様子のまるまっちい小男が、池袋西口商店街を駆けている。そのままのスピードで赤いレンガ造りの細長いビルの階段をドタドタ駆け上がっていく。
 3階の踊り場には猫用の食器が整然と並び、目やにをこびりつかせた三毛猫が残り少ないキャットフードを懸命に食べていた。男はその脇をおっとっととー、と通り過ぎてと目の前の部屋に

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」3

□鬼子母神の女 鯖虎探偵と針筵助手は、さっそく鬼子母神に向かった。
 池袋駅東口から明治通りを行き、その先が雑司が谷というところで、鯖虎は路地に入っていった。
 針筵もあれ?という顔で続く。

 ラーメン屋とクリーニング屋を通りすぎて、鯖虎が立ち止まったのは、一軒の煙草屋だった。

 店先の呼び鈴を押す。
 りりん、と鳴って、奥から和服姿の品の良いお婆さんが顔を出した。

「あら、いらっしゃい」

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」4

□バー・ボブテール まだ宵の口、8時では、バー「ボブテール」に客はいなかった。
 バーと言ってもそう気取った店ではない。カウンターと、四人がけのボックス席が2つBGMは無い。アーリーアメリカン風にしたかった痕跡が見受けられる店内の一番奥には、立派な神棚が思いつきのように祀られていたが、それも年月のせいか、妙に空間になじんでいた。

 雑司が谷の調査を終えた鯖虎探偵と、助手兼この店のオーナー針筵が、

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」5

□二番目の殺人事件 10日後、鬼子母神近くの安アパートの2階の一室で初老の女性と痩せた猫の死体が発見された。
 山田光恵とミルク紅茶色の猫だった。死後7日だったという。

 鯖虎探偵社の応接セットに気持ちの良い午後の太陽が差し込んでいる。
 来客用ソファに腰掛けたその男には、そのうららかな空気に似合わない、どっぷりと染みついたかたくなさが伺えた。
 警視庁警部、些末俊三。鯖虎キ二郎とともに数々の怪

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