蘇生死刑 #1/9
残り、頭・胴体・右肩・内臓少々
天井に吊るされたモビール。
この装置は、赤ん坊の上で静かに回転するベッドメリーのようで、ぶら下がったイカの足みたいなものの先に、愛らしい動物や星のフィギュアがいくつもくっついている。
それらが揺れて動くさまに、赤ん坊は目を奪われるだろう。
ゆぐりすな。
この装置は、そう呼ばれていた。
本当は、ただのベッドメリーなのかもしれない。
この拷問に耐えられるのは、きっと赤ん坊だけだ。
頭上で延々と回り続けるゆぐりすなは、全く同じ動きを繰り返す。右斜め上で星のフィギュアが傾き、左斜め下でライオンのフィギュアが揺れる。それは、進むことのない時計を見ているようで、この終わらない罰を象徴しているようだ。
ゆぐりすなは回り続ける間、二小節のオルゴールを鳴らし続ける。たった二小節の全く同じメロディが、解決することなく繰り返される。その優しくも不安定な旋律は、アリクイが耳の穴から直接舐めるみたいに、脳をゆっくりと溶かしていく。
耳を塞ぐことができたらどんなにいいだろうか。しかし、私には、もう塞ぐ手がない。
なぜ、私には手がないのだろう。とても大事なもののうちのひとつだ。
喪失感。
まず、私には自分自身の記憶がない。名前は? ないものを探すより、あるものを探した方が早い。それほど、私にはいろいろ足りていない。
この部屋は狭く、ジメジメしている。照明は薄暗く、ひとつの白熱灯が、回り続けるゆぐりすなの影を、むき出しのコンクリートの壁に、ぼんやりと落としていた。愛らしいはずのフィギュアは巨大な影になり、グルグルとメリーゴーランドのように部屋を駆け回る。
私は、おそらくベッドのようなものに寝かせられている。首をめいっぱい起き上がらせて、足もとの方を見てみる。足もと……。ああ、私の体が小さい。小さいというか、少ない。足は、そうか、もうなくなっている。
ベッドの端の金属のフレームと薄汚れたマットレスが見えた。そして、その先、部屋の隅に重厚なドアがある。
ぎしり。
まるで金庫の扉のように重そうなドアが、蝶番を軋ませながらゆっくりと開く。
「おや、お目覚めかい」
部屋に入ってきた人物が、しゃがれた声で言った。白衣とマスクが印象的な男だった。
グルグル回るゆぐりすなの影と、ゆっくり動く男の影、その対比が悪夢と現実を同時に見ているような錯覚を引き起こす。
――ここはどこだ? 声が出ない。
「ここがどこかって?」
男は、なぜか、私の声にならない声を理解した。
――私は誰だ?
「お前が誰かって?」
男のマスクが、口角にグッと持ち上げられる。きっと笑っている。
「ちゃんと覚えているだろう。私はね、知っていることを、いちいちきかれるのが一番嫌いなんだ」
私は、精一杯首を振った。頭と体のバランスが釣り合わず、残された体ごと左右に振られた。まるで、いやいやをする赤ん坊のようだと思った。
「気に入ったかい。これ」ゆぐりすなを指して言った。「Ya good listener.せっかく静かになったと思ったから、プレゼントしたのに。口がきけないなら、黙って頷いていればいいんだ。本当は知っているんだろ。覚えているんだろ」
首を振る。涙が溢れた。なにも覚えていないが、これからこの男になにをされるのか、体が覚えている。
「まあ、覚えていようがいまいが、私には関係ない。どうだっていいんだ。この瞬間がたまらなく好きでね。だからコーダは、やめられない」
――ああ、頼む。これで最後にしてくれ。ああ……。
「蘇生死刑を執行する」
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