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マシーナリーとも子ALPHA ~刻む年輪篇~

「飽きた……」
「はあ?」
「さすがに食べ飽きたな……バウムクーヘン」

 鎖鎌がゲップをして口を拭いた。バウムクーヘンはまだ半分以上残っている!

「なんだ今日は早いな……じゃあラップをして取っておくからな」
「あぁ〜!? また残したのかよ!」

 6切れほどバウムクーヘンが乗った皿をダークフォース前澤が冷蔵庫に入れようとするのを見たエアバースト吉村は嘆いた。前澤が開けた冷蔵庫の中には……同じようにバウムクーヘンが載った皿やタッパーが満載だ! 実は冷凍庫の中にもジップロックに入ったバウムクーヘンが多数収まっている。

「もう冷蔵庫がいっぱいだぞ! なんとかしろ前澤!」
「いや、だって鎖鎌が食わないんで……」
「え〜! 私のせい〜!? むしろ食べてあげてんのにさ〜!」
「や、それはそうなんだが……むむ〜、だって……」
「そもそも前澤! お前のバウムクーヘンの出来上がりが最近やたら早いんだよ! 倍くらいになってないか?」
「そんなことないですよ……1.8倍くらいです」
「ほとんど2倍だろっ!」
「前澤さんすごいな〜、なんか張り切ってんの?」
「いや、なんかわからんけど自然に早くなったんだ。理由はわからん」
「ははーん」

 吉村が腕を組んでわざとらしく身を屈め、前澤のバウムクーヘンオーブンを凝視する。こうしてる間にもバウムクーヘンオーブンはグルグルと回りながら香ばしい香りをあげ、その年輪を重ねていた。

「本人の意思と関係なしにオーブンの回転が高まるってことはだ。前澤の徳が増してるんだな」
「私の徳が?」
「そう。擬似徳マニ車に徳そのものを産み出す効果はない。あくまで回ることで私たちに徳を得たような気持ちを発生させるだけだ。まあその気持ちの前向きさとかで多少徳は出るんだけどな。でもそれとは別に生活の中で発生した徳を私たちの身体の中に循環させる役割もある。前澤のオーブンの回転が速くなってるってのは、つまり前澤がふだんの生活から得ている徳が増して、ギュンギュン身体の中を循環してるってことなんだ」
「はー……じゃあ私、多少は強くなってるってことなんですかね?」
「多分なー。私は徳が低いからあんまり詳しくねぇーけど。でもそれはそれとしてこの量のバウムクーヘンはなんとかしねえとなあ……」
「いやー、私も最初は前澤さんのバウムクーヘンめちゃめちゃおいしいなあと思ってたけど……しばらく食べなくていいかな。最近はお昼ご飯もバウムクーヘンだったし」
「そう冷たいこと言うなよ。ほらなんだったらチョコをかけてやってもいいぞ」
「この状態でチョコがけバウムクーヘンなんか食べたら胃もたれしちゃうよ〜! 私サイボーグじゃないんだからさ! やめてやめて!」
「そうだなあ…………よし前澤」
「はい」
「お前それ売れや」
「はあ?」

***

「んで、どんなお店にすんの?」
「おう、普通だったらバウムクーヘン焼きマシーンとかいるんだろうけどさ、今回の場合は前澤自体が焼けっから……。逆に見せつつ保存するためのケースと、冷蔵庫とかがあればいいんじゃねーの?」
「なるほどねえ。キッチンが必要ないとなればかなり小さいスペースでもできるねえ」
「何やってんすか?」

 ある日、ダークフォース前澤が昼過ぎに出勤すると(シンギュラリティはフレックスタイムを採用している)池袋山本ビルディングの前に見知らぬサイボーグが集まり吉村を囲んでいた。

「あ? こないだ言っただろ。お前で新しい商売始めんだよ。このロボたちはシンギュラリティの店舗運営部のみなさんだ」
「店舗デザイン担当のリープアタック石野です。あなたが店長の前澤さんですね」
「店長ォォ?」
「一応ビルのオーナーである私がこの店のオーナーもやってやるからヨォ〜。ま、経営は私に任せてお前はうまいバウムクーヘンを焼いてくれ」
「え、ちょっと。マジで店作るんですか?」
「大マジよ。だから店作りサイボーグも呼んでるしこの通り1階のテナントも開けたんだろうが。いいか。この部屋は1階の扉を開けてすぐ側だろ。でもこんなところに店を開けても客は来ねー。用がないビルに、扉を開けて入るってのは結構勇気がいるからな。だから壁をぶち抜いて、この店に入るだけの入り口をこのビル自体の入り口のすぐ横に作る」
「そんなことしたらめちゃめちゃお金かかりません?」
「かかりますよ」

 前澤の疑問にすかさずリープアタック石野が眼鏡を直しながら応える。

「だから徳生成副業推奨補助制度を使う」
「徳せ……なんですって?」
「ヌフフ。奈良じゃあ教わらなかったのか? ちゃんと研修しなきゃダメだなー。いいか、シンギュラリティの目的はなんだ?」
「……人類を滅ぼすこと?」
「新型にありがちな考え方だねえ。そりゃ手段だろ。我々の目的はよ〜、地球にとって徳の高い行動を持って徳を集め、地球の支配者になることだ。人類を殺すってのはそのためにいちばん効率がいい方法ってだけ」
「はあ……。まあ言われてみればそれはそうって感じなんですけど、それとバウムクーヘン屋がどう関係あるんです?」
「ダークフォース前澤の擬似徳発生装置であるバウムクーヘン、それが徳の高まりによって生産速度を上げている。これはとても徳の高いことだ。だがそうやって生まれたバウムクーヘンを捨てることは? 当然徳が低い。これじゃあ徳の高い低いが打ち消しあって損だろ? じゃあどうするか? 余剰のバウムクーヘンで徳の高い行為をすることが必要だ。余ったバウムクーヘンを人類どもに売りつければよぉ〜、こりゃあ徳は高いぜ。経済を回すことは徳が高いし、下等な人類にサイボーグが食べ物を振る舞うのも徳が高い! それに労働も徳だしな」
「すごい理論ですね……」
「殺すだけがサイボーグの仕事じゃねーってことよ。んで、これからが本番。シンギュラリティは徳を高めるための副業を大いに奨励していて、事業開始に必要な資金の70%と、そのほかに補助金100万円を支給してくれるんだ」
「準備費用の7割に……そのほかに100万円!? ずいぶん太っ腹ですね」
「徳を金で買うことはできねーからな。でも徳を産み出す行為なら金さえあればできる」
「そんなもんですかね」
「そういうわけで前澤、お前には今日から働いてもらうぞ。なに変わったことする必要はねー。バウムクーヘン売るだけだ。ああ、準備金の残りの3割は池袋支部の予算から出してやるよ。それにこのビルのオーナーは私だしいくらでも融通効くぜ」
「はあ……」
「そんなことより前澤さん、大事なことを決めておかねばなりません」

 二人の会話に石野が割り込む。その目は真剣で、殺意すら感じられるほどだった。前澤は少したじろぎながら応じる。

「な、なんです?」
「お店の名前です」

***

「前ちゃ〜ん! く〜ださいな!」
「ウワッ! わざわざ来たのか鎖鎌……。その呼び方はやめろ!」

 鎖鎌が満面の笑みで『前ちゃんのバウム屋さん』に訪れた。ネーミングは鎖鎌だ。「こういうかわいい感じの方が女の子とか来てくれていいと思う」と言い出し、石野もそれに同意。前澤と吉村も代替案が思いつかなかったためそのまま押し通された。看板は石野とその部下のサイボーグによってパステルカラーでふわふわ感のあるフォントワークがなされた文字を、厚みを出すように切り出して重ねることで立体感を演出した。
 店名の右上にはかわいくデフォルメされた前澤の顔もあしらって店と店主を強固に結びつける。バウムクーヘンを焼くダークフォース前澤というサイボーグという存在そのものにブランド価値を付与しようという試みだ。この試みもあたり、やがて店にはバウムクーヘンはもちろんのこと、前澤というユニークな店主を目当てに訪れる客がドッと押し寄せた。明るいグリーンとイエローという奇抜なカラーリングの髪の毛と、腹部がなくフレームだけで繋がれた上半身と下半身。そして腕で焼くバウムクーヘン。その姿は10代から20代の女性を中心に人気を呼び、前澤とともに写真を撮るためバウムクーヘンを買いに来る客で店は連日賑わった。前澤の無愛想ながら写真は撮らせてくれるという応対も却ってウけ、またバウムクーヘンもものすごく斬新な味というわけではなくふつうに値段以上に美味しいという評価で店の評判は上がった。

「別にお前同じ事務所で働いてるんだからわざわざ並んで買いに来るこたあないだろう」
「えへへ、前澤さんが働いてるところ見たくてさ~」
「今日はもう閉店しようと思っていたところだ。タイミング的にもうすぐ焼きあがるこの腕のバウムクーヘンで最後ってところだな」
「ああ、だからあんまり並んでなかったのか」
「ウチは遅くても15時には閉める。そもそもこれはあくまで副業なんだぞ副業! こんな時間までやってるだけでもなんかヘンな感じだ……」
「でもお店はじめてから余計に焼き上がるスピード上がったんじゃない?」
「そうだが……」
「それってやっぱりバウムクーヘン屋さんやってるおかげで徳が上がってるんだって! よかったね~」
「うぅむ……」

 そのとき、店のドアがバンと勢いよく開いた! その場にいた全員(数人いた客も含めてだ)が思わず振り返る。逆光に照らされ浮かび上がったその異常なシルエットは……目を凝らして見ていただきたい! 下半身は広がった花弁のように広がったドレス! 頭の右側面からはまとめて肩まで垂らしたサイドテールが伸び、そして何より左腕には……巨大なワニが! N.A.I.L.のバイオサイボーグ、ワニツバメがやってきたのだ!

「バウムクーヘンを……いただきましょうか!」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます