マシーナリーとも子ALPHA ~刻む意思篇~
***
「なあなあ鎖鎌、写真撮らん?」
「またあ?」
錫杖ちゃんが糸車を手に取って顔の横に持っていく。いま破壊したサイボーグの回転体だ。私は錫杖ちゃんの顔と糸車を挟むように頭を持っていき、適当にピースを決めた。錫杖ちゃんは糸車を持っているのと逆の腕で力こぶを作るようなポーズを決める。
「私、両腕使っちゃったから鎖鎌が撮ってくれ」
「はいよ〜……。ねえ錫杖ちゃん」
「何?」
「そのポーズ、かわいくないよ……」
「まことか」
***
「バウムクーヘンを……いただきましょうか!」
N.A.L.L.のバイオサイボーグ、ワニツバメが入り口に現れ、仁王立ちしている。店内が緊張感に包まれた……。この店、「前ちゃんのバウム屋さん」を経営しているシンギュラリティとワニツバメは不倶戴天の敵なのだ! 以前しこたまにやられ、鎖鎌に至っては親友をワニに食べられている。穏やかに済むはずがなかった。
「ワニツバメッッッッッ!」
「貴様っ!」
鎖鎌が光のような速さでカバンから鎖鎌を取り出し、鎖を高速回転させる! 前澤もカウンターの向こうからロケットランチャーを発射態勢に傾ける!
「何しに来たっ!! アンタの好きにはさせない! 錫杖ちゃんを返せぇー!」
一足飛びに距離を詰めた鎖鎌……ワニツバメとの距離を一気に5メートルほどまで詰め、鉄球を投擲する! 高速でワニツバメに迫る鉄球! だがワニツバメは鉄球に向かって右腕の甲で裏拳を浴びせ、コースを逸らす! 危ない! 殴られた鉄球が店の側面に置かれたイートインスペースに迫る!
だが鎖鎌は鉄球を捌かれることを織り込み済みだった。渾身の力を込めて逆方向に鉄球を引っ張り、ワニツバメの身体を拘束する!
「どうだっ!」
「フン……またこれですか」
「喰らえーっ!」
鎖鎌は右手に掴んだ鎌を振りかぶって猛然とダッシュ! とどめの一撃を叩き込もうと言うのだ! しかし鎖で拘束されたワニツバメはどこ吹く風といったすました顔。鎌が怖くないのか!?
ワニまであと5歩、4歩、3歩! もうすぐ鎌の間合いだ! 鎖鎌は殺意を集中させる! ここで怒りに身を任せてはいけない。サイボーグ破壊はクールさを保つのが鉄則だ! 熱くなったらバラバラに破壊されるのは自分なのだ! 鎖鎌は短く息を吸い、精神を落ち着かせる! 残り2歩! 振りかぶった右腕に力を込める! ワニの身体を切り裂くための力を! 残り1歩を踏み出そうとする……だがしかし!
「んぎゃっ」
「鎖鎌!?」
ワニツバメに鎌を叩き込もうとしていた鎖鎌がつんのめった! 鎖で繋がっているワニツバメが、スカートから高圧力の徳を吹き出してバックステップしたのだ!
鎖鎌が倒れた隙にワニツバメは巻かれたチェーンと逆方向に高速回転、自由の身となる!
「鎖鎌ッ!」
鎖鎌のピンチを見てとった前澤はロケット弾を3発発射、ワニツバメを牽制しながらカウンターをよじ登る。射たれたワニツバメもさるもの、迫るロケット弾に怯みもせず、チラリと周囲を確認したかと思うと左腕のワニを横薙ぎに払いぬがらロケット弾を口に含ませる! ワニの口の中で爆発! 大きく裂けたその口角からシューシューと煙を上げる。もちろんエジプトの神でもある彼は口の中で爆発が起きようと涼しい顔だ!
その一部始終を舌打ちしつつ接近していた前澤はまだ床で伸びている鎖鎌を左腕のトングで引っ張り上げて後方へ投擲、ワニツバメから距離を取らせる。
「もガッ」
続いて前澤は右腕のバウムクーヘンオーブン先端に取り付けられたアームパンチ機構を作動、ワニツバメに叩きつける!
「喰らえっ!」
「ムムゥ!」
ワニツバメは左腕のワニを盾にしてガード! 丈夫なウロコでアームパンチの破壊力を最小限にとどめる! だが!
「まだだぁーっ!」
アームパンチ機構は徳の力を利用した超強力徳圧シリンダーを用いてバウムクーヘンオーブン内だけで強烈なパンチのインパクトを作り出すことが可能な殺人パンチマシーンである。振りかぶる、腕を振るといった予備動作なしでのパンチ攻撃が可能なのだ! 前澤はその特性を生かし、アームパンチをワニの身体に密着させたまま5連打、10連打のパンチを叩き込む!
「ウリャアア〜っ!」
「ムムゥーッ!」
ワニツバメとワニには変わらずダメージらしいダメージは無い。だが凄まじい力で瞬時に何回も押されればどうなるだろうか!? 満員電車を思い出していただきたい。身体に痛みを感じずとも、何人もの体重で身体を押され、倒れそうなほど身体が傾いてしまい必死に吊革に掴まろうとしたことはないだろうか? ワニツバメの右腕は今それと同じような状況にあった。たまらずワニツバメの右腕は肘から弾かれ、ガードが解かれる!
「もらったァー!」
その瞬間を待ち構えていたかのように前澤の左腕が閃く! 殺人格闘兵器トングがワニツバメの顔面を捉える!
「そうは……いきまセんよッ!」
「ぐわっ!?」
だがやはりワニツバメの徳と戦闘技術が1枚上手! アームパンチの連打で上方に弾かれた右腕のワニは、しかしすかさず身を翻して前澤の顔面にしたたかに尾撃を加えたのだ!
「んぎゃーっ!」
「わぁーっ!!」
吹っ飛んで後方の鎖鎌を巻き込み、カウンターに叩きつけられるダークフォース前澤! 衝撃で落ちてきたタライが前澤と鎖鎌の頭にグワンと炸裂し、2名は目を回した。絶体絶命!
「く、くっそーこうなったら刺し違えてでも……」
「ま、待て鎖鎌! ここはなんとか逃げて……」
「ちょっとちょっと! なにアンタらで盛り上がってるんですか!」
ワニツバメがまだ立ち上がることができない前澤と鎖鎌に歩み寄る! 必殺の間合いだ! もはやシンギュラリティの2名に生き残る術は無いのか!? ワニの残忍な牙がキラリと妖しく輝く!
「オラっ! 地の文も勝手に盛り上がってんじゃねーですよ! オイ! 今日はアンタたちと戦うつもりはないんです」
「はあ?」
「言うに事欠いて……これだけ私たちを痛めつけておいてか!!」
「アンタたちが襲いかかってきたから応戦しただけでしょうが! 私から先に殴ってないでしょ!?」
「あ……」
「それはそうかもしれんけど……」
「まったくシンギュラリティというのはやはり野蛮な連中ですね……」
「な、なんだとーっ! そもそもお前が錫杖ちゃんを飲み込んだのが悪いんだ! 返せ錫杖ちゃんを!」
「そうだそうだ! わざわざ敵対組織の前に出てきて、戦うつもりが無いだと!? じゃあ何しに来たんだ!」
「だから!!! バウムクーヘンを買いに来たんだっツーの!!!」
「え」
「は?」
鎖鎌と前澤が顔を見合わせる。
「最初に言ったでしょうが! 人の話を聞かないサイボーグと徳人間ですねぇー! ほかの客にもそんな接客なんでスか!? 言いふらしてやりましょうか?」
「えっと……」
前澤と鎖鎌はとりあえず立ち上がった。パンパンと膝や尻のホコリをはたく。そしてカウンターの向こう側に立って深呼吸した。
「…………いらっしゃいませ。ご注文は……?」
***
ワニツバメはふつうのバームクーヘンと、外側をホワイトチョコでコーティングしたバウムクーヘンを一本ずつ買い後者は贈りもの用に紙で包んだ(この作業は不平をこぼしながら鎖鎌が行った)。彼女はイギリスの出身だが、東京に親戚がいるためその手土産にするのだという。紙袋を手渡され、会計するワニツバメ。
「領収書はいりませンよ。私用なんで」
「誰が書くか」
「錫杖ちゃんを返さないならとっとと帰れー! ワニツバメ! ムカつくからツラ見せんな!」
「そう……したいところなんですが……」
ワニツバメは気まずそうにチラチラと周囲を見る。閉店が近づいていたのと、先程まで殺し合いが行われていたこともあって人影はまばらである。
「なんだ、どうした。やっぱり戦うのか?」
「やるかー!? オラ〜!」
鎖鎌がジャラリと得物を取り出すのを見たワニツバメは慌てて静止する。
「違う違う! そうじゃないんでスけど、あの……」
「じゃあ何!?」
「……非常に頼みにくいことなんですが……。ダークフォース前澤と写真が撮りたいのでス」
ワニツバメはバツが悪そうにうつむきながらひり出すように言葉を紡いだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「「……ハァ~~???????????」」
前澤と鎖鎌は同時に叫んだ。ワニツバメは引き続きばつが悪そうにうつむく! ワニもである!
「お前……正気か? なに言ってんのかわかってんの?」
「わかってまスよ! でも、なんだ、その、SNSでお前と写真を撮るのが流行ってるじゃないですか」
「そうみたいなんだけども。立場わかってる?」
「言ってくれますねぇ~! そっちこそ立場わかってんですか? こちとら客ですよ!」
「グムム~ッ!」
今度は前澤が唸る番だった。そう言われると弱い。
「いや、私だってふだんはこんなことは頼まないんですよ? 別にふだん自撮りとかしないしSNSとかどうでもいいし……。ただなんだか、今回は評判を聞いてると不思議と撮りたくなってきて……」
「ヘタクソな言い訳すんな!」
「くそーっ! 厚かましいぞワニツバメー! 私の友達を食べておいてー!」
「黙らっしゃい! お前らシンギュラリティだって私の仲間を殺してるんだぞ! お互い様だお互い様!」
「私は別にシンギュラリティじゃないもんー!」
「あー! もうわかったわかった! 撮ってやるから!」
前澤が折れた。ワニツバメの表情がパッと明るくなる。
「そうでスか!? じゃあ、なんかこう肩組んでもらっていいですか? あと私片腕ワニなんでお前が持って撮ってください」
「すんげぇ~厚かましいなお前! わかったよ……うげっワニがゴツゴツしてる」
前澤が不満を漏らすとワニはガウガウと身体をよじって不満を表した。
「なんだかなぁ~~……」
鎖鎌は少し距離を取ってふたりを見ていた。なんで仇敵を前にこんなことになってんだか……。
「じゃあ撮るぞ……準備はいいかワニツバメ」
「あぁちょっと待ってくださいポーズ取るんで……ほい!」
「あっ……」
鎖鎌は一瞬、視界が時間を超えるような感覚を味わった。
ワニツバメは右腕でぎこちなく、力こぶを取るようなポーズを取ったのだ。
「ホイ……撮り終わったぞ。もう帰れ」
「はいはい、お手間取らせましたね。もう帰りまスよ……。次に会うときこそお前らをぶっ倒してタイムマシンの在り処を吐かせますからね!」
ショッパーを携えたワニツバメはすごすごと退散していく。
「おととい来やがれってんだ! ……どうした鎖鎌、静かだな。ヘソ曲げてんのか」
「……錫杖ちゃんだ」
「はあ?」
「やっぱり、ワニツバメの中に錫杖ちゃんはいるんだよ……」
「? 鎖鎌?」
「……へへっ! なんかやる気出てきたなー!」
鎖鎌がカラカラと笑いながら鎌をぶんぶん振るう。
「うおっ! アブねっ!!! 誰もいないのに鎌を振り回すな!!」
***
「おつかれーーッス。今日の売上でっす……」
前澤が金庫を持って吉村の部屋に入る。返事がない。いないのか? と思うが吉村はソファでなにか読んでいた。
「吉村さん……?」
返事がない。よほど夢中で読んでいるのか。
前澤はそばまで忍び寄り、吉村が読んでいるファイルを覗き込むようにしてさんたび話しかけた。
「吉村さん……」
「ウォッッッ! びっくりした!!!」
吉村がビクッと身体を跳ねさせながらファイルをバンと閉めた。
「売上持ってきたんですけど……なんですかそれ?」
「うむ……。いや……なんつーか……日報みてえなもんなんだけどさ」
吉村は少し警戒する様子で前澤を見返した。
「……いま、鎖鎌はいねーか?」
「私だけですよ」
「……お前にも話しておくか」
吉村はゆっくりとファイルの内容について話し始めるのだった。
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます