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マシーナリーとも子ALPHA ~豆の霧散篇~

 ズビビビビビビ!
 ワニツバメのビーンズ・ガンから閃光が迸り、アークドライブ田辺の前に置かれたパン粉を包んだ。
 次の瞬間、パン粉は炒り豆に変化していた。

「ほえーっ、変な銃だねえ」

 田辺は感心しながらポリポリと炒り豆を食べる。うまい。

「へっへっへっ。コイツでいまマシーナリーとも子に嫌がらせしてるんでスよ! 今日はお好み焼きを豆に変えてやりましたが奴さん怒り狂ってブリッジしてましたよ」
(何やらキンキンうるさいですねえ……)

 奥からノソノソとトルーが現れる。

「あっ、ミス・トルーごめんなさい。うるさかったですか? これ」
(いえ、大丈夫です……。もう個人的にミュートしましたから。なんかいやにキンキンする音が鳴ってませんか? それ)
「キンキン……? 音はするけどそんな音かなあ」
(それが……セベクがもらってきたというアーティファクトですか)
「そう! この通り、食べものを豆に変えてしまう不思議な銃なんです!」
(豆……?)

 トルーは不思議そうに田辺の前にある皿に顔を寄せた。

(これが……豆に?)
「そうなんでスよ! おもしろいでしょう」
(パン粉ですか?)
「そうそう。元はパン粉だったんです。まあ流石にとんかつに使うのはもったいないので……」
(ふーむ……?)

 トルーは釈然とせずに首を捻った。

***

 ズビビビビ!!!

「あーっ!!!! またーーーーっ!!!!」
「ギャハハハハ! ざまーみろマシーナリーとも子!!」

 マシーナリーとも子の朝ごはんのオムレツが煎り豆に変わる! ワニツバメはマシーナリーとも子の絶望した顔を見ると徳ダッシュで離脱!

「ウオオウオオウオオ、もう豆は嫌だ、豆は嫌だぞ! うんざりだ!」
「ママ! ママ! 落ち着いて! 元気だしてホラ」
「いよいよやべえな。昨日の夜から反撃もできてねーぞ。マシーナリーとも子の元気が無くなってきてやがる!」
「も、もう殺すしかない。ワニツバメを……」
「待て待て落ち着けマシーナリーとも子。あいつも票田だぜ」
「そうかもしれねえがこのままだと私が狂うーッ!!」
「どうしよう、澤村ちゃん。やっぱワニツバメ殺そっか? 私も殺したいし」
「ウーン。それはちょっとそれはそれで困るなあ。こういうときは……」

***

「……で、私のところに来たと」
「なんとかならない? たか子さん」

 チェーンソーの轟音が響く一室……。2020年の池袋山本ビルディング、ネットリテラシーたか子宅。ポリポリと豆をかじるマシーナリーとも子を引きずって鎖鎌とジャストディフェンス澤村は助けを請いに来たのだ。

「顔色悪いわねぇ〜マシーナリーとも子。そもそも論として私たち徳で動くサイボーグは飯なんて食わなくても死にゃしません。霞でも吸ってケロリとしてなさいな」
「私はうまいモン食うのが好きなんだよッッ!」
「たか子さんそう言わずにさぁ〜、なんとか助けてよ。このままじゃママがかわいそうだよ」
「その……ワニツバメが使った何? 食べ物を豆にする銃……だったわね?」
「うん」
「昔ムガルに仕事で行った時に見たことがあります……。ビーンズ・ガンね。あんなものに苦しめられるなんてとも子もまだまだ徳が低いわね」
「なんとかなるの?」
「なんとかなるも何も、私にはまったく通用しませんでしたよ。そうね……鎖鎌」
「うん?」
「あなたが手伝ってあげればあんなおもちゃは怖くないわよ……。ほら、マシーナリーとも子。立ちなさい。今からコツを教えてあげるから」
「……コツぅ?」

***

 その日の夜。マシーナリーとも子は夕食を作る。今日はスパゲッテイだ。その様子を息を潜めながらワニツバメは監視していた。別に鍋をまるごと豆にしてやってもいいのだ。でもそれでは意味合いが薄くなる。目的はあくまでマシーナリーとも子なのだ。シンギュラリティ全体では無い。マシーナリーとも子だけをひたすら執拗に追い込むことで、よりヤツの精神をいたぶることができるのだ。ほかのふたりも攻撃しては奴らに飢えに対する連帯感が生まれてしまう。それではダメなのだ。狙うのは本丸のみ。マシーナリーとも子だけを飢えさせるのだ!
 茹で上がったスパゲッテイにミートソースがかけられる。ジャストディフェンス澤村が出来上がったスパゲッティを食卓に運ぶ……。一同は手を合わせ、「いただきます」と唱和した。いまだ!

「マシーナリーとも子! 今日もお前の晩飯は豆だァーっ!」

 ズビビビビビビ! ビーンズ・ガンから閃光が迸り、スパゲッテイを包む! ああ! 今宵もマシーナリーとも子の食事は無慈悲な炒り豆に変わった!

「ギャハハハハハ! ざまーみろ! そろそろ嫌になってきただろう…………ん?」

 ワニツバメは異変に気づく。昨日まで食事を豆に変えられるたび怒り狂っていたマシーナリーとも子が……ときにはブリッジまでしてみせたあのマシーナリーとも子が! 微笑みを浮かべているのだ! すわついに狂ったか!?

「ワニツバメよぉー、もうそんなおもちゃなんか怖くねぇーぜ」
「何? 強がりを言うな! 現にお前のスパゲッテイは豆に変わっているんだぞ!」
「ふへへへ……何も知らねえんだな。鎖鎌、やれ」
「はーい!」

 マシーナリーとも子が左腕を軽く上げる! するとそのマニ車の天面に……鎖鎌が自らの獲物の鎌の先端をゆっくりと当てた! ギギギキュイイイイー! 高速で回転するマニ車と鎌から不協和音が飛び出す!

「なんだ……? 何をやっている!?」
「いいから見てろって」

 鎖鎌は唇を舐め、慎重に鎌を動かす。キュイっ、キュイっ……キュイィーン……。マニ車と鎌の干渉音は徐々に高く、澄んだ音になっていく……そのときである!

「あっ……あああーーー?!?!?!?」

 これは! どうしたことか! 読者の皆さんは驚いて舌を噛んではいないだろうか? 近所に迷惑となり得る大きな声をあげてはいないだろうか? 見よマシーナリーとも子の前に置かれた皿を……確かに煎り豆に変わったはずのスパゲッテイが! 元に戻っているのだ!!

「な、なぜ……? どうして!?」
「知りてえか? 知りてえか〜? ワニ野郎」

 マシーナリーとも子は数日ぶりの豆以外の食事をズビズビと啜る!

「知りたかったらよ、ひざまづいて三つ指ついてデコを地面につけて土下座しろ。私のメシを豆に変えてすみませんでしたと詫びろや! ついでに毎日詫びにメシを作りに来いや!」
「そうだそうだ!」
「あと錫杖ちゃんを吐き出せー!!」
「ムググググーーー!!!」

 ワニツバメは目をギュッと閉じて屈辱に耐えた! セベクもである! またしてもマシーナリーとも子に敗れたのだ……! 悔しい!! だがワニツバメは後ろを向かなかった。この敗北を糧にし、前に進まなければ……それが徳の高い行為! ここで尻尾を巻いて逃げるのは……徳が低い!! サイボーグに勝つには徳を高く保たねばならないのだ!!

「くそっ……!!! チクショょおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ワニツバメは慟哭しながら土下座した!

「ご飯を豆に変えてすみませんでしたァァーーーーっ!!!!」
「ふへへへへへ! このバカワニめ……! あー、ちょっとは気が晴れたぜ」

 マシーナリーとも子は満足そうにスパゲッティをたいらげた。

「約束どおり教えてやるよ……。そのビーンズ・ガンはな。メシを豆に変える道具じゃねーんだ。そう"思わせる"だけのものなんだ」
「はっ? どういうこと……?」
「対象の食事に光線を発射しても……食事の組織は変わらない。光線は対象を測定するための検査用なんだよ。光線でその食べ物を"スパゲッテイ"と認識したビーンズ・ガンは内部にあるMAMEスピーカーから特殊な超音波を発する……。対象の食物が豆になったと周囲の者たちに思い込ませる、幻覚を見せる超音波をな!」
「なっ……何ぃー!?!?!?」
「つまり……超音波に逆位相の超音波をぶつければその幻覚を消すことができる……。歌からボーカルだけを抜いてインストバージョンを作るみたいになぁ〜!」
「その超音波を、ママのマニ車と私の鎌で生み出したってわけ! へへーん」
「レコードに針を落として音楽を鳴らす要領よ……。どうだワニツバメ、これが私たちの徳が高い戦い方だぜ!」
「ぐぬぬーーーーーーっ!!!」
「頭を上げるなッッ! 頭が高ぇー!!! 額を地面に擦り付けろッッッッッ!」
「ぐぬぬぬーーーーっ!!!!」
「ガウガウガウーーーーーッッッッッ!!!!」

 ワニも悔しそうに顎を地面に擦り付ける! 完全逆転勝利だ!!

***

「で……そのあとワニツバメに食事を作らせてるの?」

 池袋のテラスカフェ。外出自粛で静まり返った池袋は、サイボーグ以外には少数のデマヒューマンしか残っていない。ファンネルがコーヒーカップを皿に戻すとカチャンという音が周囲に鳴り響いた。

「いや、最初の2日だけ来させて、もう来なくていいっつった」
「あら優しいじゃない。すぐに許してあげたのね」
「優しいもんかよ」

 マシーナリーとも子は不服そうに眉を歪めてコーヒーを啜った。

「忘れてたぜ……。あいつイギリス人なんだよ」
「それが?」
「めしがまずい! 私が作った方がマシだ」
「あらあら」
「とんかつだけは田辺に教わったらしいからうまいんだけどよ」
「じゃあとんかつだけ作らせたらいいじゃない」
「毎日とんかつなんか食えるか! 私らはともかく鎖鎌の健康にもよくねぇーよ」
「あらあらあら」
「なんだよ」
「別に? ただ、あらあらあらって言っただけよ」
「んだよ……。変なやつ!」

 マシーナリーとも子は残りのコーヒーを飲み干した。

 ***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます