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マシーナリーとも子ALPHA ~4人のポスドク篇~

「犯人はこの中にいるッッ!」

 ワニツバメは万感の想いを込めて叫んだ。まさか自分の喉からこの言葉を発する日が来ようとは。ミステリを愛するものなら誰もが憧れるワードであった。シャーロキアンの仲間のみなさん、見ていますか?
 
「ど……どういうことですか」

 当然3人の男たちは納得いかなさげである。確かにパッと見は酔った被害者がまだ熱い油をひっくり返して被っただけに見える。どうして被害者が死んだときに席を外していたツバメがそんなことを言えるのだろうか。

「この死体には……不自然なところがあります。その不自然さが、誰かによって意図的に被害者が殺されたことを示しているのです」

 ツバメはワニで軽くトンカツ鍋の取手を取っ手をつまむと、コンロの上に戻す。

「ふつう、鍋をひっくり返したというのなら」

 鍋を軽く、自分に向けて傾ける。

「こう、立っている状態でひっくり返してしまうというのが普通ですよね? この場合油がかかるのは胸から下です」
「あ……」
「そして別のパターン。被害者がしゃがんでいたパターンです。例えばこのように……」

 ツバメは実際に屈んで見せ、次いでゆっくりと立ち上がる。

「立った時に不注意で頭が取手にぶつかってしまったり……。この場合、油がかかるのは頭と肩になるはずなんでスよ」

 ツバメが3人の男……いまは容疑者となった……に振り返って告げる。

「ですが……被害者はこの通り、“顔面”、“首”を前から、ピンポイントで火傷しています。こんな不自然な油の引っかかり方は……」

 ツバメは3人の目を順番にキッと睨むように視線を巡らせた。3人はそれぞれ目をそらす!

「……被害者を、今のように地面に倒れさせた状態で、上から別の誰かが狙って油をかけない限り……こんな死に方はしないんですよ!」

***

 バイオサイボーグによる聞き込みが開始される。4人の共通点はいわゆるポスドクという博士号を取った後任期付きの研究職を行っているということ。そしてさらに被害者がつい先日、任期期限なしの職を得ていたことを聞き出すことができた。

「つまり被害者はあなた達3人からすればポスドクからイチヌケしたというわけですね……。全員に動機があるというわけか」
「そ、そんな!」
「勘弁してくださいよ!」
「その程度で殺すわけないじゃないですか!」
「ふーむ……」

 考え込みながら容疑者たちを観察するツバメの心に、融合しているエジプト神セベクが呼びかける。

(ツバメよ……。何故このような戯れをしている? 早く警察を呼べ)
(何言ってるンですか! 田辺さんがいない時に警察沙汰になんてできませんよ)
(遅かれ早かれ警察は呼ぶであろう。こんな探偵ごっこに何の意味がある?)
(ああそうです! 探偵ごっこですよ! でも私はずっと探偵ごっこがしたくて生きてきたんですっ! 探偵ごっこのために生きてきたんですっ! だからこの千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないんですっ! 私はいま名探偵になってみせます! 誰のためでもない、私の趣味としてですっ!)

 セベクはやれやれと思いつつツバメの意思を尊重し、口を挟むのをやめた。それに同調するように左腕のワニは大きくあくびをするのだった。

「もっと詳しくあなた方の経歴を聞かせてもらいましょうか……」

 ツバメが容疑者たちをワニで脅す! たちまち3人のうち左右の二人が、中心の男を慌てて指差した。

「「こっ、こいつは死んだ男と同じ研究室だったんですう!」」
「あーっ! お、お前らーっ!」
「ほう!」

 ツバメが中央の男にグイと詰め寄る。

「つまり他の二人と比べると……あなたは同門の仲間に先を越されたぶん嫉妬心も強い……ということになりまスねえ」
「ひーっ! そんな! そんなこと考えてないよ!」
「吐けぇーっ! お前が殺してんだろォーっ!」
「ぎゃーっ!」

 ワニが男の腕を甘噛みする! 実際は痛みはほとんど無いが男は恐怖で悲鳴を上げながら失禁する! 果たして真実はどこにあるのか!? ツバメの尋問が続く!

***

「へぇ〜! そんなことがあったんですか」
「まったく大変でしたよ」

 ツバメはアークドライブ田辺が揚げたトンカツをつつく。うまい。やっぱ自分より上手だなあ。

「とくにお店に異常なかったんで全然気づきませんでしたよ。それで、犯人を突き止めることはできたんですか?」
「それがですね……」

 ツバメはムスッとして向かいに座っているトルーに目を向ける。

(フフフ……)

***

「お前がやったんだろっ! オラッ! オラッ!」
「ヒッ、ヒイィィー! やめてくれ~!」

 ツバメのワニ尋問が容疑者を攻め立てる! 残る二人は気まずく、早く終わってくれという表情でそれを冷ややかに見ている。そのときである!

(これは……なんの騒ぎですか?)

 突如店内に現れたのはワニツバメのバイオサイボーグとしての生みの親、そして現在宿を借りている主、N.A.I.L.の首魁にして人類最強のサイキッカー、トルーさんであった! 扉が施錠されているのをいぶかしがった彼女は、超能力で壁をすり抜けて入店したのだ!

「あっ! ミス トルー! 実は先程殺人事件が起こりまして……」
(それは穏やかじゃないですねえ……)
「な、なんだこりゃあ! 頭の中に直接声が……!」

 容疑者の男たちは不慣れなテレパシーの侵食に怯える!

「このまま警察呼んで大騒ぎになったら田辺さんにも迷惑なので私が推理で犯人探しをしようと思いまして……」
(なるほど……殊勝な心掛けですね。それで犯人は分かったのですか?)
「この真ん中の男がいちばん怪しいと思っていま自白を迫っているところなのですよ」ワニがふたたび男に牙を剥く!

「うわーっ! やめてくれ!」

 その姿を見てトルーは首を傾げる。

(でもおかしいですねえ)
「えっ? なにがですか?」
(心を読むとその3人ともが犯人みたいですけど?)
「……は?」

 トルーの思いがけない言葉にその場にいた全員が固まる。

(2人がかりで被害者を床に押さえつけ、残る1人が鍋を抱えて油をかけたようですねえ)
「えっ……あっあっ……」
「なんで……? なんでわかるんだ……?」

 容疑者たちが怯える! 世界最高のサイキッカーであるトルーに隠し事など不可能なのだ!
 だがそれを聞いて黙ってられないのはほかでもないワニツバメ! 彼女はぷるぷると震え抗議する!

「ミッ……ミス トルー!!!! それは……ダメです!!!! 禁じ手ですよぉ!!!!」
(えっ……どうしたんですかツバメ) 

 トルーは思わずどうしたんですか、と聞き返してしまったものの、そう伝えたときにはしまった、やってしまったとわかっていた。世界最高のサイキッカーである彼女は特別にそう意識しない限りは特定個人に注目した段階でなんとなく考えていることはわかってしまうのである。

「せっかく私が推理してるのにッッ!! 超能力で犯人の心を読むなんて反則じゃないですかァ!!! こんなのミステリじゃないッッッ!!!」
(ツ、ツ、ツバメ落ち着いて……。犯人を見つけることが大事なのではなかったのですか?)
「それは前提ですッッ!! どう見つけ出すのかが大事なんですゥ!! ああ~~これからズバズバ推理していくつもりだったのにィィ~~~! ア”ァ”~~ア”」

 一世一代の大舞台を奪われたツバメはうなだれた。トルーは焦った。ワニも焦ってツバメの頬をペロペロと舐めた。容疑者たちはいまのうちに逃げようとしたがドアが閉まっていたので出れなかった。

「ハァ……もういいです。それで? この人たちどうしましょうか。よく考えたらどっちにしろ警察には突き出すプロセスがありますよねえ」

 ワニに舐められているうちにおぼろげながら機嫌を直したツバメは、いかに店の評判を落とさずこの事件を解決するか考え始めていた。

「っていうか、死体の処理があるし……。穏便に解決しようとしてもどっちにしろ警察はここに来るのかあ。うーん」
(なーにを言ってるんですかツバメ。それは常人の判断ですよ)
「えっ?」
(警察に突き出す必要も死体を片付けさせる必要もありませんよ。ねえセベク)
「えっ」
(ちょ、ちょっと待てトルー……。まさか私に処分させるつもりか)

 ワニはガウガウジタバタして抗議の姿勢を取る。

(まあまあまあまあ。これも田辺のためです)

 そう言うとトルーはなんとか鍵を開けようとしている容疑者たちに腕からサイオニックブラストを放った!

「グギャーッ!」
「アーッ!」

 全員高温のエネルギーを浴びて半死半生の気絶! トルーはそのまま右腕をクンと動かすと3人の容疑者と死体を浮き上がらせ、左腕をワニに向ける! ワニは抵抗虚しく上空に向けて大口を開ける!

「あぁ~ッ! ああ、まさか! ミス トルーまさかぁ~~~ッ!??!?!」
(嫌だぁ~っ! ニンゲンはまだしも死体はなんとなく嫌だぁ~っ!)
(さあセベク! たんと召し上がってください!)

 トルーは右足をダンと大きく踏み込み、ついで左腕を野球のピッチングのようにグンと振り下ろした! すると宙に浮いていた3人の容疑者と死体がワニの口の中に勢いよくシュートイン! 数秒で彼らはガボガボと飲み込まれていき……店内はガランとなった。

***

「……それはトルーさんが悪いですよ……」
(ええ!)
「やっぱそうですよねぇ~! プンプン」

 田辺は呆れながらご飯をお代わりした。

(た、田辺……私はあなたのためを思ってですね)
「いや、どうせどっちらけにするならツバメさんに推理させてあげれば良かったじゃないですか……。タイミングの問題というか」
「そうですよぉ! もうちょっとで自力で事件を解決できたところだったのに!」
(私はそうでもなかったと思うがね……)

 セベクがうっすらと意思を伝える。ワニが退屈そうにあくびをし、トンカツを一切れ食べた。

(む、むぅう~~。むぅぅ~~……。すいませんでした……)

 トルーはぺこりとツバメに頭を下げた。

「はいはい、じゃあ仲直りとゆーことで」
「ですね……。ミス トルー、次は私に推理させてくださいよ!」
(承知しました……。とはいえそんなにミステリーな事件って起こるものですかねえ)
「推理ものだと主人公の行く先行く先で殺人事件が起こるんですけどねえ」
「私たち、どちらかというと殺人事件に出くわすより殺人することの方が多いからなあ……)
(そうですね。ワッハッハ)
「笑い事じゃないですって! 私これでも元人間なんですけどお!?」
(私は今でも人間ですが……)

 倫理観の薄い3人と1匹の食卓はガヤガヤと騒がしくなっていった。トルーは自分の耳栓を震わせる空気な震えに、不思議といつもとは違った温かな感情を覚えるのだった。

***





読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます