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マシーナリーとも子ALPHA 〜仮眠室のひみつ〜

 事務所の窓から下を見下ろす。
 木の陰からチラチラとワニと少女の姿……N.A.I.L.のバイオサイボーグ、ワニツバメだ! ワニツバメは木から身体を覗かせたり、また引っ込めたりを繰り返している。吉村はその姿を見ながら、じっくりとコーヒーの香りを吸い込み、ゆっくりと啜った。これがメシウマってやつだな。

「おーい二人とも見てみろよ! ワニが踊ってるぜ」

 吉村に呼ばれてダークフォース前澤と鎖鎌がノソノソと窓際にやってくる。

「うわー、なんかチマチマやってますねえ。こうやって見るとちょっと前に危うく殺されかけたのがウソみたいだな」
「そんなにヤクザさんが怖いのかなあ」
「まあ……そりゃ怖いか怖くないかっつったら怖いだろ。私だって最初は怒鳴られてビビった」
「私、怒られたことない」
「お前は割と元気よく挨拶するほうだからな……」
「ヤクザさんに怒られてビックリして錫杖ちゃんを吐き出してくれないかな〜〜ワニめ〜〜」
「そういえば……」

 前澤が振り向いてポットからコーヒーを注ぐ。時間は15時。池袋支部はお茶の時間でひと休み中だ。

「あのバイオサイボーグの目的ってなんなんですかね? 私たちを殺すことですか?」
「いんや、まあそれはついでだろうな。多分タイムマシンだ」
「タイムマシン? なんで?」
「マシーナリーとも子に用があるんだとよ。マシーナリーとも子はいま2010年代に行ってるだろ? だから……」
「それ!!!!」

 鎖鎌が吉村に掴みかかる。

「私と同じじゃん!!!!」
「そういえばそうだなあ」
「っていうか私もそういえば知らない!!! 教えて!!!!」
「なんだよオイ、何をだよ」
「タイムマシンの場所!!」

***

 4畳ほどの部屋に布団が敷かれている。布団のまわりには雑誌やぬいぐるみ、飲み終わったペットボトルやお菓子の袋などが雑然と置かれていた。足の踏み場がない……というほどではない、ギリギリそうではないが、充分散らかっている。

「しばらく見ないうちにずいぶん散らかしたなぁ鎖鎌ぁ。まず片付けろ」
「なんか知らないけど私、片付けるの苦手なんだよなあ」
「ぬいぐるみとかどこで手に入れてきたんだ……」
「サンシャイン通りのゲーセン」
「そういえばマシーナリーとも子も片付けが苦手だったなあ。お前の散らかしよう、遺伝かもな」
「ホント? へへへ、だったらなんかうれしい気がする」
「よろこぶな……」

 一同がやってきたのはシンギュラリティ池袋支部の仮眠室……通常は池袋支部のサイボーグが休憩するため、もしくはどうしても帰れない時に睡眠を取るために使われている部屋だが、今は鎖鎌の仮住まいとして機能している。

「それでなんで私の部屋に……」
「いや、お前の部屋じゃねー。仮眠室だっての」
「ああはいはい。仮眠室ね。なんでタイムマシンが見たいって言ってるのに仮眠室に来るの……」
「話す前にまず片付けな。前澤ゴミ袋持ってきて」
「はいな」
「えー! ダッル!」

 3名がウダウダと片付けを始める。窓を開け、お菓子の袋をゴミ袋に詰め、ほうきをかける。

「そもそもな、布団を敷きっぱなしにするな。万年床は良くないぞ。ちゃんと畳め……」
「あ〜ん! 畳まないでよ前澤さん! 寝たい時に寝れないじゃん!」
「そんときはまた敷けばいいだろ! もしくは畳で直接寝ろ」
「ヤダ〜! お布団で寝るのが好きなんだい」

 ダークフォース前澤は無視してタオルケットを丸めようと持ち上げる。
 ゴトッ!

「ゴトッ?」

 前澤は異音がした足元に目を向ける。そこには砥石が落ちていた。

「あー! 中目砥石こんなところにあったのか! どこに行ったかと思った」
「なんで布団の上に砥石を置いてるんだよ!」
「寝る前とか起きてすぐとかに鎌を研ぎたくて……」
「布団に置く必要ねぇーだろ! どうせ水漬けなきゃ使えないんだから台所とかに置いておけ!」
「えぇーめんどくさい」
「そのめんどくさいって感覚がまったくわからん……」

***

「片付いた」
「思ったより広かったんだねえこの部屋」
「お前が狭くしたんだよなあ……」
「それでさ」
「うん」
「私の部屋……」
「仮眠室な」
「仮眠室が片付いたのはいいんだけどさ」
「うん」
「タイムマシンは……?」
「あんじゃん」
「あんの?」
「あるある」
「どこに?」
「もうお前の目の前にあるよ」
「あっ、そういうパターン……? この部屋のどこかに隠れてたのか……」

 鎖鎌は仮眠室の壁や床をパンパン叩いたり引っ張ってみたりしてタイムマシンを探す。吉村はニヤニヤしながらその様子を眺めていた。
 時間が経過するにつれ「違う!」「無い!」と声を荒げ始める鎖鎌。10分経って諦めた彼女はとぼとぼと吉村の元に戻ってきた。

「もうダメ、降参だ……。教えてよ吉村さん。タイムマシンはどこにあるの?」
「だから、ここだよ」
「イジワルしないでよ〜。すごく小さくて見えないとか? ねえ、タイムマシンはどこ?」
「ここなんだよ鎖鎌。ここだ。この仮眠室そのものが、タイムマシンなのさ」
「は…………?」

***

 鎖鎌は改めて部屋中をうろうろと徘徊する。

「しばらくこの部屋で寝泊りしてたけど……」
「うん」
「ボタンとか、ダイヤルとかなんかそうゆーの無かったけど……」
「オイオイオイお前2050年から来たんだろう? なんで発想がアナログなんだよ」
「いやだってタイムマシンでしょ……?」
「タイムマシンの操作は私らが頭と目でやるんだよ。物理的コンソールとか必要ないの。サイボーグナメんなよ」
「はぁ……でも、そういえば2050年のタイムマシンもワードローブだったなあ」

 鎖鎌は座り込み、天井を眺めた。そういえば今ごろ2050年のみんなはどうしてるだろうか。クラスのみんなは、あっちのママは? ミスTはどうしてるだろうか。

「吉村さん、そういえば私もピンと来てないんですが、なんで仮眠室がタイムマシンなんです?」
「まあ……これは聞いた話だからちょっとうろ覚えかもしれないんだけどさ、まず単純にタイムマシンを機能させるためのコードや徳機関の大きさから、結構表面積を喰うんだと。その面積を稼ごうとするとなんだかんだでサイボーグが数人、のびのび過ごせるだけの空間が賄えるので部屋にしちまおうってのがあるらしい」
「面積ですか?」
「そう。壁を剥がすと本徳サイボーグのマントラみたいなのがびっしり彫り込まれてるらしいぜ。マントラだけじゃなくてコードも含まれてるけど……。んで、こっちの理由も結構大きいんだけどさ、タイムスリップして仕事するのって大変じゃん?」
「まあ……場合によっては文明が拓けてない時代に行くこともあるわけですからね」
「そう。だから仮眠室ごとタイムスリップすることによって、移転先での仮拠点にするんだとよ。とりあえず雨風は凌げるし柔らかい布団で眠れるからメンタルとか的にもいいんだと。たか子さんが言ってた」
「まあ確かに……そうですね。っていうかこの部屋ごとタイムスリップできるのも謎ですよね。時代性が異なるタイムスリップは時間航行者が身につけているもの以外は消えてしまうのでは……?」
「いや、タイムスリップする装置自体は大丈夫なんだって。そんでこの部屋に入ってる物たちは言わばこの部屋の持ち物なわけだから……わかる?」
「わかりません」
「私もキチンと理解してないから今度原田にでも聞くかあ……」
「あれ? なんだろこれ」

 吉村と前澤の会話に鎖鎌が割り込む。その手には古ぼけたバインダーが数冊持たれていた。

「なんだそれ? 片付けてる時は出て来なかったろ」
「いや、なんか押し入れ開けたら出てきて……。なんだろ、お仕事用の書類?」

 鎖鎌がパタパタと振るってホコリを落としたそのバインダーを吉村は受け取る。開こうとして不思議な感覚を吉村は覚えた。なんだこのバインダーは? 見てもいいもんなのか?
 表紙を半分ほど開いたところで吉村はバインダーを閉じた。なんだか見覚えのある畏怖を感じたのである。そういえばチラリとしか目に入らなかったな、と表紙をまじまじと見る。まじまじと見て……彼女はバインダーを落としそうになった。

「あ!?」
「うわ!」
「なんですか急に大声出して!」
「い、いやすまん……その……えっと」

 吉村は慌ててバインダーを背中側に隠した。

「いやスマン、これは……たか子さんがまとめた始末書のファイリングだったよ! お前らに見られると私の威厳が薄れるから見せてやんねー」
「な〜んだ……」
「元々そこまで威厳覚えてないですけどね……」
「なんだとう。えーっと、とにかく鎖鎌! タイムマシンはこの部屋。オッケーな? でも前にも話したけど今は時空連続体が壊れてるから使わせるわけにはいかねー。ガマンしな」
「ブーっ! それなんだよなあ。いつ直るのかなあ」
「そもそもほっといたら直るもんなんですかね?」
「わかんね〜。そういうのは我々下々が考えることじゃねーよ」
「タイムマシンと言わず、時空間通信機だけでも直ってくれないと困りますよね」
「そう……だな。連絡が取れないのは困るもんな」
「あーあ、じゃあ片付けも終わったし、一応タイムマシンについてもわかったし、お昼寝するか……」
「あ! オイ! 畳んだばっかりの布団を敷くな!」
「前澤さんが使うたびに敷けって言ったんじゃーん!」
「ノータイムじゃ意味ねぇ〜だろっっ!」

***

「さてどうすっかなコレ……」

 オフィスに一人戻った吉村は引きつった笑いを浮かべながらバインダーを机上に置いた。
 バインダーの表紙にはフラフラした筆跡でこう書かれている。「2017.07〜 ネットリテラシーたか子」と。

 時空連続体は乱れ、時空間通信はできなくなっている。2010年代に飛んだたか子やとも子の状況を知る術は無くなってしまった。だが……。
 椅子が許す限りにのけぞって、天井に据えられたエアコンを長めながら思案していた吉村は身体を跳ね上げるように持ち上げ、再びバインダーに視線を戻した。確かにファンネルの筆跡だ……。イタズラとかではない。
 ということは……これはおよそ30年前のたか子さんが、タイムスリップしたたか子さんが私たちに向けて残した記録なのか……?

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます