見出し画像

マシーナリーとも子ALPHA ~徳の病院~

「んじゃ測るぞー」

 マシーナリーとも子が両手に太鼓のバチのようなものを持つ。バチのようなものは周囲の光を吸い込むような黒い本体を持ち、黄色や赤に光る数個のランプ、液晶画面などが備えられていた。
 バチをアークドライブ田辺の左腕にあてがう。

「アークドライブ田辺……7900……」
「7900、と……」

 マシーナリーとも子が数値を読み上げ、それを聞いたネットリテラシーたか子がファンネルに記述させる。次はエアバースト吉村だ。

「エアバースト吉村……3200……」
「3200ね……やっぱり低いわねえ吉村」
「ウーン、1週間前から仕上げたつもりなんですけどね」
「ボディビルじゃないんだから、直前に仕上げてもダメなのよ。普段から精進しなさい。じゃあ次は澤村ね」
「いつでもいいぜー」

 マシーナリーとも子はバチをジャストディフェンス澤村の腕に近づける。

「ジャストディフェンス澤村……610」
「はいはい澤村610ね…………。610ぅー!?」
「ウワーッ! なんだよたか子! 急に大声出すなよな」
「読み間違えじゃないの? 6100でしょう?」

 とも子は再び澤村の腕にバチを近づける。ピピピっ。610。

「610だぜ」
「なんかスゲーのか?」
「スゲーわけないでしょうが! やばいのよ! 徳が低すぎるッ!」

***

「ただいま〜」

 ジャフトディフェンス澤村が帰社する。先日のロボ検で徳の異常数値が出て再検査となったのだ。血中徳濃度(血中という言葉に違和感を感じられるかもしれないが、血という言葉は身体を巡るエネルギーの流れという意味でサイボーグやデミヒューマンのあいだでもふつうに使われている言葉である。ただし人類のように液体とは限らない)の基準値は2000である。そんななかジャストディフェンス澤村の3桁という数字は完全なる異常値であり、直ちに精密検査が必要なものであった。

「で、どうだったの……?」
「あー……」

 たか子の問いかけによって池袋支部の一同に緊張が走る。最初は「自分は徳が低いなあと思っていたけど澤村の方が低くて安心した」とケタケタ笑っていた吉村でさえ冷や汗をかいている。それほどの異常値なのだ。610というのは。

「数字は忘れたけどよぉ〜っ、入院だってさ」
「ああ〜」

 一同から落胆の声が漏れる。それほどまでに悪いのか!

「なんだなんだみんなしてガッカリしちゃって! 別に死ぬわけじゃないだろうがよぉーっ!」
「最悪死ぬわよ!」
「健康診断の数値なんてみんなそんな感じだろうがよーっ!」
「いい澤村。なぜ我々シンギュラリティのサイボーグが徳を重んじるのか。それは言わずもがな我々が徳で動いているからです! 徳が総ての源なのよ。その徳が足りなくなるとどうなるかわかって?」
「えーと……」

 澤村が思案する。5秒。

「身体が重くなる?」
「……まあ……それもあります。あるっちゃあるレベルだけど」
「どうなるの?」
「意識だけは残り、それでも身体を動かすことは敵わなくなり……。そのへんのパソコンみたいな物体と化します」
「やだーっ!」
「嫌なら徳高く過ごすんだよ! いつも言ってたでしょうが!」
「まあ確かに……澤村は特別徳が高いことをしてるようには見えませんでしたけど、でも人類は殺してましたよねえ? なんであんなに血中徳濃度が低かったんでしょう」
「撃ちすぎなんだな多分……。私たちは人類殺すのにオーバーキルはしないけどよ、澤村はもう気持ちよさ重視で必要以上にぶっ放しまくるだろ?」
「あー、貯めてる以上に出し過ぎってことなんですね」
「私みたいに実弾オンリーだったら大したことないんだけどよ、澤村は指ビームがお気に入りだろ? 徳食うんだ光学兵器は」
「やだーっ! ウワーッ!」

 澤村が半泣きになって四肢をピンとさせたまま倒れ込む! このまま玄関先でふて寝するつもりだ!

「寝るなっ! それも徳が低い!」
「しかし徳が低くて入院ね……。いったい病院でなにするんだろ?」

***

「よー」
「あ! マシーナリーとも子!」

 ベッドで黙々と何かを書いていたジャストディフェンス 澤村が顔をあげる。今日で澤村が入院してから3日が経った。マシーナリーとも子は相棒の純粋な見舞いと、治療に興味があるのも半分くらいあって病室にやってきたのだ。

「なにやってんの?」

 とも子が澤村の手元を覗き込む。澤村はマントラを書いていた。

「写経……」
「ウケる。デキたてのサイボーグかよ~~! 治療ってこんなことしてんの!」
「これを書き終わらねえとメシが食えねえんだよ~!」
「ホントに効くのかなあ」
「私の治療を疑ってもらっては困るね。マシーナリーとも子」

 とも子が振り返るとそこには白衣に電流制御装置を背負い、頭には額帯鏡、腰の両側面にレールガンを備えた医者サイボーグが立っていた。このサイボーグ病院の院長、ヴァイタルソース森繁である。

「よぉドクター。久しぶりだな」

 マシーナリーとも子は以前、手湿疹がなかなか治らず森繁の世話になったことがあった。ちなみに森繁は病室を回診することで擬似徳を得るサイボーグである。

「血中徳不足を癒やすには詰まるところ、徳をなるべく消費せずに徳を摂取するしか無いのだよ。そういう意味で写経はリハビリとしてはもっとも低カロリーなのだ」
「言わんとすることはわかるけどよォ」
「ホラ! 森繁! 1ページ書いたぞ! 昼飯食わせてくれよ」
「よかろう」

 澤村の元にプレートが置かれる。内容は軽く一膳の白飯とナスの揚げ浸し、ごま豆腐、がんもどきと大根のおでん、おからサラダ、香の物。

「精進料理?」
「ウメェーけど肉が食べたいよぉ」
「精進料理は徳が高いからね」
「ちょっと発想が単純なんじゃないの?」
「なにを言うか。こういう治療法というのはシンプルなものなんだ。なぜなら長い歴史をかけて研ぎ澄まされているからね。それに澤村を見たまえ。肉を食べたがっている!」
「うん」
「肉を食べたいのにガマンして豆腐を食べるあの姿、じつに徳が高い。そうは思わないかね?」
「そうかも……」
「こういう食事を心がけることで、お腹だけでなく徳も満たせるのだよ」
「なるほどねえ」
「肉が食べたいよぉ」

 ***

 食事を終えた澤村に2種類の錠剤とカプセルが出される。

「あれは?」
「疑似徳サイボーグに経口摂取させても問題ない程度の濃度の徳さ。症状に応じて数種類処方されるが澤村に出しているのは丙型と庚型、それに丁型だ」
「徳ってそんなに種類あるんだ」
「まあ、ビタミン剤みたいなものだと思ってくれたまえ。よし澤村、腕を出してごらん」
「あい」
「ちょっと履帯止めて」
「ウシ」

 澤村が腕を差し出しながら頬を膨らませて息を止める。履帯が止まった。そのときになってとも子ははじめて気づいたのだが、履帯になにかが貼られている。

「なにそれ?」
マントラシールさ」
「マントラシールぅ?」
「本徳サイボーグのようにマントラを刻み込んで、スクロールを挿入するのではなくマントラをプリントしたシールを貼ることで適度な徳を吸収させることができるんだ……。まあ湿布みたいなもんだね」
「いろいろあるんだなあ」

 腕の後は脚の履帯に貼り、ゆっくりと回転させる。こうすることでじわじわと徳が澤村の身体に吸収されていくのだ。

「調子どうだ澤村ぁ」
「わかんねえ~。そもそも私べつに体調悪いなって思ってなかったし」
「今朝測定したところ血中徳濃度は1800まで回復していたよ。まあ、このぶんならあと一週間以内には退院できるだろう」
「早く帰って人類を殺したいよ~」
「そうだな……徳濃度が3000を超えたらリハビリがてら殺してもいいよ。ただしビームの出力は調整させてもらうけどね」
「やったー!」
「ああそうだ、リハビリといえば……。このあと15時からやるんだがせっかくだからとも子も見ていくかい?」

***

 その後マシーナリーとも子は病院備え付けのカフェで森繁と時間を潰し、リハビリルームに向かった。

「リハビリってなにやんの? 殺人のリハビリか?」
「それはさっきも言ったようにリハビリの最後の最後だよ。いまはもっと基本的な……徳の回復のためのリハビリさ」
「だからなにやんの? 体操とか?」
「まあ似たようなもんだよ。見ればすぐにわかるさ」

  ドアを開ける。そこにあったのは巨大な手押し棒付きの歯車だった。言うなれば風車小屋の中にある小麦粉挽きの機械のような……。あるいは、地獄に堕ちた人間が罰として回す石臼のような(これは人類が生み出した創作であり、実際の地獄にそんなものはない)……。それを何人かのサイボーグがウンウン言いながら回しており、そのなかに澤村も混じっていた。

「いちおう聞いておくけどこのリハビリは……」
「見ての通り徳を蓄えるためのリハビリだよ! あの歯車の軸にはマントラが刻まれているんだ。当然スクロールも挿入されている。つまり巨大なマニ車だね。あれを回すことで患者の身体に良好な徳がじっくりと染み渡るんだ。見てごらん、運動だけでなく温かな徳を得ることでみんないい汗をかいているだろう」
「うんまあ……」

 確かに澤村は汗をかきつつまあまあ楽しそうな様子だった。でもアイツはバカだから単純になんか回して動くのが楽しいのかもしんないな……ととも子は思った。

「こうして我が病院は多くのサイボーグを癒やしているのさ」
「そう……」
「どうだいマシーナリーとも子。感心したかい?」
「いや、どっちかというと仮に私が徳濃度不足になってもこの病院には来ねーようにするって思ったわ」
「心外! それに本徳サイボーグは徳濃度不足にならないよ。安心しな」
「今年いちばん安心したわ」

 経過良好な澤村は3日後に退院した。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます