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全18回/双極性障害の勤めびと。たどり着いた自分らしい働き方

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双極性障害を発症した大学4年から、うつ・躁うつ等の方々を支援する職について7年目までの14年間を記した自分史。
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2018年3月の記事一覧

双極性障害の勤めびと。たどり着いた自分らしい働き方 第14回(31歳:継続勤務3年目という未開の道)

〜31歳(2014年2月)〜勤務3年目は私にとって未知の領域でした。 今まで2年以上同じ会社で働いたことないので、自己新記録を更新していく毎日。 重すぎるかもしれないですが、3年目当初はそう考えてしまっていました。 そんな矢先、勤務先の異動が言い渡されました。 御茶ノ水センターの入居するビル 1ヶ月後、御茶ノ水のセンターに変わり、新しい環境でやっていけるのか不安に思っていた矢先、インフルエンザになります。 これから頑張ろうと思う気持ちが空回るかのように勤務停止、強

双極性障害の勤めびと。たどり着いた自分らしい働き方 第15回(32歳:双極性障害と結婚と子供)

〜32歳(2015年1月)〜新しい事業をつくるプロジェクトがスタートしました。 発起人として私がリーダーとなり、業務後の時間を使い、有志が集まってミーティングを重ねました。 私が作りたかったのは、会社の事業「うつ・双極性障害などの方の社会復帰サービス」の対象を広げるもの。 休職、離職中に限らず対象範囲を広げてサービスをとどけたい。 また、会社の理念にある「自分らしい生き方」を実現させるため、休職、離職から社会復帰したあとで必要とする方に、自分らしい生き方を実現させるサ

双極性障害の勤めびと。たどり着いた自分らしい働き方 第16回(33歳:子育てと新規事業と気分の波)

〜33歳(2016年2月)〜子供が産まれる時、父親になる実感がわかず、嬉しさよりもやっていけるのかの不安が勝ってました。 ただ、実際生まれた子供の顔を見れば幸せな気持ちが湧き出て、 (この子のために、出来ることはしていこう) そう、自然と思えました。そんな自分にホッとしてもいました。 子供が生まれた数日後、仕事では市ケ谷という土地に異動になりました。 市ケ谷センターの入居するビル その異動から一ヶ月後には、1ヶ月間の育休。 育休に入る前には、新規事業「リライ

双極性障害の勤めびと。たどり着いた自分らしい働き方 第17回(34歳:大うつと5年ぶりの服薬)

〜34歳(2017年1月)〜 2016年暮れ、気分の浮き沈みはすごかった。 軽躁になっているのはスケジュールアプリの埋まり具合、また、ウェアラブル端末の睡眠記録からも明らかでした。 私の軽躁サインを可視化する、一番わかりやすい方法はGoogleカレンダの予定記録とウェアラブル(fitbit)の睡眠記録。 「スケジュール管理はGoogle」「fitbitは毎日装着して寝る」をやれば、勝手にデータがたまり、見返すと気分の上がり下がりが一目瞭然です。 (このまま行

双極性障害の勤めびと。たどり着いた自分らしい働き方 最終回(35歳:双極性障害の当事者として実名顔出しする覚悟)

〜35歳(2017年11月29日)〜 伊藤さん(所属企業の代表)から、松浦個人の体験を発信していくアイディアをもらった帰り道。 少しずつ、確実に沸き起こってくる感覚がありました。 それは新規事業「リライフ」を立ち上げた時のような感覚。 そして、その時以上に地に足のついた今後の見通しでした。 (まずは、眠らせていたTwitterを再開させよう) リヴァの知名度を上げるためと、うつ病などの情報収集用のTwitterアカウント「双極ぴあさぽーたー(現 松浦秀俊@双極ライ