見出し画像

『万葉集』研究第一人者の中西進さん 「令和」を考案、未来志向の大学者

■文化勲章受章、学長や館長など次々歴任

 この連載の最初に取り上げるのは、新元号「令和」を考案した『万葉集』研究の第一人者の中西進さんだ。万葉集巻五の序文に「初春の令月にして、気淑(よ)く風和らぎ」が典拠となったとされる。中西さんは「令は秩序を持った美しさを意味し、和は聖徳太子の掲げた精神で平和な世を表現しています」と話されている。

01 1990年代の中西進先生

1990年代の中西進先生

 中西さんは東京出身で1929年に生まれ。この8月、92歳になる。東京大学国文学科にて久松潜一に師事。筑波大学、国際日本文化研究センター教授、姫路文学館館長、大阪女子大学学長、帝塚山学院理事長・学院長、京都市立芸術大学学長、奈良県立万葉文化館名誉館長などを歴任し、現在は京都市中央図書館長、高志の国文学館館長などを務めている。

 1994年には皇居の宮殿で行われた新春恒例の歌会始の召人(めしうど)に選ばれた。とはいえ「万葉学者」一筋ではない。比較文化や古代史などを幅広く語れば、短歌や俳句も論じ実作もする。学会で地歩を固めたのが、万葉の作家や作品、主題などが中国文学から大きな影響を受けているとの研究で、日本学士院賞を受賞する『万葉集の比較文学的研究』(桜楓社刊)であり、大佛次郎賞の『源氏物語と白楽天』であった。 

 2013年の文化勲章受賞の内輪の祝宴に出席させていただいた。これより先、1997年の大佛次郎賞では、中西さん夫妻を囲み、私の先輩ら仲間四人でお祝いした際、「私の著作で、万葉集関連は半分ほど。これからも人際、学際、国際の三際感覚で研究をします」との言葉が印象に残った。

 それを裏付けるように、「万葉学者」中西さんの活躍はすさまじい。公職のかたわら各地の講演会やシンポジウム、カルチャー講座をこなす。さらに本の執筆をはじめテレビやラジオの出演、現在も新聞や雑誌に連載をかかえている。

■「中西進と21世紀を生きる会」の発起人も

 そもそも中西さんと初めてお会いしたのは、1995年に東京で開かれた東大寺文化講演会だった。私が在籍していた朝日新聞社が後援していたためで、それ以降、講師だった中西先生とお会いする機会が増え、25年を超えて交誼を得ることになった。


 とりわけ、2002年に先生の発案で「中西進と21世紀を生きる会」を発足したが、発起人の一人だ。通称「21世紀ふくろうの会」は、先生を囲んで勉強会や懇親会、『万葉集』ゆかりの地への旅などを続けている。先生は未来志向で、「万葉の歌の魅力を、未来を託す感性豊かな子供たちに」との趣旨から「万葉みらい塾」を発想され、その活動もお手伝いした。

02 中西進と21世紀を生きる会」総会(2002年、右端筆者)

「中西進と21世紀を生きる会」総会(2002年、右端筆者)

03「万葉みらい塾」(2003年、橿原の小学校)

全国各地で開催の「万葉みらい塾」(2003年、橿原の小学校)

04 中西先生による招宴後の記念写真(2003年)

中西先生による招宴後の記念写真(2003年)


 私にとって中西さんとの一番の思い出は、大阪の中之島リーガロイヤルホテルで2006年に開かれた「万葉びとに学ぶ―現代人の生き方」と題し特別公開講座で、私が司会をさせていただいたことだ。

06 中之島リーガロイヤルホテルの特別公開講座(2006年)

中之島リーガロイヤルホテルの特別公開講座(2006年)


 その中で、中西さんは「近ごろの社会には敬いの精神が失われてきました。他を尊重するから自分も成長できるのです。学校では社会に出てすぐ役立つ実学が優先され、教養を求めて大学へ行かなくなりました。日本人の中には、自分が日本人であることを忘れている人間が少なくありません。人類の尊厳を守るという人間観も忘れています。文明の衝突が話題になっていますが、理と理がぶつかっている感じです。欧米の理に対し、アジアの情が武器になってほしいと思います」と強調されていた。

05 中西先生を囲む懇親会(2006年)

中西先生を囲む懇親会(2006年)


 近年、一般的に万葉集が源氏ブームに押されがちだ。そうした中で、若手研究者の新説も発表され始めた。中西さんは「内向する万葉研究に活力を与える動きです。学問は『学』になると面白くない。『論』が大切だと湯川秀樹さんがいっています」と歓迎している。あくまで挑戦的な研究スタイルだ。


 中西さんの趣味は広い。マーラーを愛聴し、デルボーやビュッフェの絵画を買い求め、オペラにも関心を寄せる。一方で、ギリシャで学問の神様といわれるフクロウの飾り物を集める。リビングには子供の大きさほどのアカシアの一刀彫のフクロウが鎮座している。


 令和元年11月に発行された『令和の力、万葉集の力』(短歌研究社)の序文に「平成の陛下が一年ほど前に退位を示唆されてあれよあれよという間に改元が実現した。日本国憲法を読んだことのある人なら、これほどに天皇陛下が主導権を握って時代を動かすことができるとは、誰一人思わなかったのではないか。わたしには、みごとな新時代の誕生と思える。しかもそれは国政の変更ではない。国政よりさらに重い大事な文化の様式の、変革であることに、わたしは驚いた」と、記している。


 「中西進と21世紀を生きる会」は2022年、結成20周年迎える。中西先生の変わらぬ心意気に感銘を受ける。全国で約180人の会員に随時会報「21世紀ふくろう」が届けられる。その67号(2021年5月1日発行)に、会員の「コロナ時代に中西先生から教えられたこと」の寄稿がある。実家の梅の木に咲く花に不思議なほど心が慰められることを、『令和の力、万葉集の力』を読んでしった、という。中西先生は、著書の中で、「梅花力が季節を動かす。それは日本人の哲学であり、梅の花が初花とされているからです」と説く。

画像7

「21世紀ふくろうの会」(左:2014年、右:2016年)

09 中西先生の近影(2020年、京都市中央図書館)

中西先生の近影(2020年、京都市中央図書館)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?