夢物語|3円たりない

※夢でみたことを物語にしたものです。
-----------------------------


完璧な密室殺人を得意とする男がいた。
しかし、ある日の些細なミスをきっかけにボロが出始め、
彼は徐々に自分が絶望へ向かっていることを悟る――。

ある朝、ホテルの4階の一室。
男はチェックアウトのために身支度を整えている。
足元には昨夜ここで殺めた子供の遺体。
何度も同じ手口で犯行してきたが、一度だってばれたことはない。
手際よくネクタイを結ぶ様には余裕と自信がうかがえる。

と、その時、部屋の窓を何かが横切っていった。
窓ガラス清掃の作業員だ。
ハッとして、手が止まる。
作業員に遺体を見られたかもしれない。
窓から見えるかどうかぎりぎりの位置だ。

自分の姿は間違いなく目撃されただろう。
万が一、遺体を見られて自分の顔も覚えられていたら……

ここから出よう。
何よりもまず、このホテルから早く出ることだ。
作業員がホテルのスタッフに何かを報告する前に……。

フロントに降りると、目に入ったのは例の作業員。
ホテルスタッフの方へ足早に向かっている。
悪いことが起こる前に、ここから出なければ。
男は急かされるように会計へ向かった。
ジリリリリ……と爆音で何かが鳴り響いている。
ホテルのベルか、電話の音か。
いつの間にか視界も赤く淀んでいた。
全ては幻聴・幻覚かもしれないが、とにかく男にはそう感じられた。

焦っていることを悟られてはいけない。
冷静な声で、フロントスタッフにチェックアウトを頼む。
彼は今忙しいようで、別のスタッフを呼びつけた。
忙しいのは例の作業員と話しているからか。
いや、電話をかけているようにも見える。
焦りと怯えで認識しきれない。
もう一人のスタッフが会計に来た。
しかしどうやら新人のようで、機械をうまく操作できていない。
こんな時になんてことだ、
今にも作業員が自分を問い詰めに来るかもしれないのに……
「貸せ」
男はそう言うと自分で機械を操作し、会計額を叩き出した。
気が付くと、作業員ともう一人のスタッフの姿がない。
自分の部屋を確認しに行かれたか?
今遺体を見られたらおしまいだ。
すぐにここから立ち去らねば。
急いで財布から現金を取り出すも、なんとわずか3円たりない。
スタッフが支払うよう命じてくる、しかし今は逃げるのが第一……。
今度持ってくるから、と、新人スタッフを言いくるめ、速足でホテルを後にした。

今日は子供たちとライブに行く予定があるのだ。
ホテルの前で子供たちが男を待っていた。
皆で一緒にローラースケートでライブ会場まで向かう。
子供の一人が、やけに他人行儀で男に話しかけてくる。
何だその話し方は、と聞くと、「○○流だよ。逆にカッコいいだろ?」と、例のバンドの名前を言った。
子供の連続殺人犯と疑われないよう、日ごろから子供と仲良くしておく。
それが男のストラテジーだった。

夕暮れで、空は赤黒く燃えていた。
ローラースケートでビュンビュン飛ばし、町の景色が流れてゆく。
男は、今日払えなかった3円が、これから少しずつ行く手を黒く染め、
自分は待ち構えている闇に飲みこまれるしかない運命であることを直感していた。



-----------------------------
お読みいただきありがとうございました。
面白かったらスキ♡ お願いします!

夢物語シリーズの記事一覧はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?