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【ロック少年・青年小説集】「東京にやってきた」①

東京の5月は最高だった。

予備校生のユキオは勉強も適当に、自転車で自分の中野区のアパートの周辺を走り回ったりして過ごしていた。

東京という街は、いわゆる大都市の中心地以外は「例えば浜松が何個かくっついたようなもの」というだけで、慣れてしまえばなんてことはなかった。

大学生の友人が、時々遊びにきた。
荻窪から自転車で来たと聞いてはじめは驚いたが、
翌週に荻窪に自転車で行ってみると、いなかで二つ向こうの市まで自転車で試合に行くより分かりやすくてたやすく行けることに気づいた。

予備校生ということもあり、テレビを見ることは控えるようにしていた。
ただし、さすがの猿飛にときめきトゥナイトのオープニングだけは見てもよいことにしていた。大した意味はないが、主題歌が好きだったからだ。
特にさすがの猿飛は小林泉美が作曲だったと思う。高中正義のバンドにいたひとだ。

ニュース以外は、東京ポップTVとかいう12チャンネルのプロモーションフィルムが流れる番組とベストヒットUSAだけを自分に許していた。

だらだらしやすい性格なので、ブレーキをあらかじめかけておく作戦だった。


ミュージックテープもあまり聴かないようにはしていた。
木造の共同アパートでもあり、大家さんもうるさかった手前、ステレオはやめておいて、サンヨーのラジカセを聴いていた。
ステレオで音が良く、気に入っていた。

AC/DCを聴くようになってから、ヘビーメタルは聴かなくなった。
受験勉強もあって、一時的にロックから意識的に離れるようにしていた。

とはいえ、都会にはレンタルレコードもたくさんあり、
中古のレコードも種類が豊富で、さすがに全く聴かないというのも味気なかった。

1,000円で売っているミュージックテープをいくつか買った。500円のものもあったかもしれない。

レッドツェッペリン『聖なる館』
バッドカンパニー『ベスト』
クラッシュ『ロンドンコーリング』
AC/DC『地獄のハイウェイ』
ローリングストーンズ『タイムウェイツフォーノーワン』

知らないうちに金を使っている。
これなら、レンタルレコードのほうが安くつかないか?
ユキオは自分でいやになったが、つい衝動的に買ってしまうことがあった。

ローリングストーンズの『刺青の男』を大学生になった友達から録音してもらった。

それと、FMから録音したロキシーミュージックの編集テープをよく聴いていた。

その2つのカセットテープのほかに常に聴いていたのが、

クラッシュ『ロンドンコーリング』
AC/DC『地獄のハイウェイ』

だった。

ユキオはいまでも、上京当時のことを思い出すと…例えば中野の餃子の王将に初めて通ったころの記憶と一緒に、クラッシュの「ジミージャズ」が流れてくるのだった。

そして『地獄のハイウェイ』を聴けば、
初夏の予備校の頃を思い出す。

【高校2年まではまっていたヘビーメタル中毒から逃れた後の、リハビリ期間が予備校生時代だったのかもしれない。AC/DCをヘビーメタルという人がいるが、違うと思う。のちに見た、アンガスヤングの動画でも、好きなミュージシャンは王道のブルースギタリストにロックンロールギタリストの話しか言っていない。ブギーの得意なロックンロールギタリストなんだと思う。
むしろ、アンガスはかたくなに語ろうとしないが、サウンド的にはWhoの影響があるように思う。ギターソロはポールコゾフみたいにうまいが、コードプレイはSGを使っていることも含めて、Whoの影響がないとは言えないだろう。間違ってるかもしれないが…その後、Whoのファンになるのだが、Whoを聴けば、AC/DCが頭をよぎることがあった】


ユキオはそのほかにも聴き始めたばかりのローリングストーンズやロキシーミュージック、クラッシュは都会の音で、特にローリングストーンズは都市の音であり、大人のロックの音として、響いていたのだった。

近頃は夜になると、中野サンプラザを見ながら、
窓辺でタバコを吸うことがたのしみになっていた。

セブンスターを吸っていたが、一時期はマルボロなどを吸っていた。
キースリチャーズがマルボロを吸っていると聞いたからだ。

ハイライトくらい強かったせいで、やっぱりセブンスターに戻した。
香りが好きなせいもあった。

「チップスターの空き箱を灰皿代わり」にして、外を見ながらタバコを吸った。部屋から見える中野サンプラザのライトは赤い色で、ゆっくりと点滅していた。

その時、自分は東京にいるんだなという実感があった。

四畳半の共同アパートで、タバコのくらくら感にサンプラザの点滅する赤いライト。サンヨーのカセットレコーダーから『刺青の男』などを聴いていたように思う。都会の夜をイメージさせるようなソフトなナンバーが好きだった。


そのころのユキオは…得体のしれない大きなエネルギーにつきうごかされるような、味わったことのない感じがあって…人生にとても興奮していたようだった。