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三人の記憶:藪の中⑥~マリ先生2〈マリ先生宅にて①〉~かつ丼はかつが3枚で卵2つ【少年小説】

マリ先生のうちにあがらせてもらった。
2DKで独り暮らしには十分な広さだった。

リビングのようにしているテーブルのある洋間に案内された。
すごくシンプルですべて手作りでラックのみの部屋にソファーベッドは豪華なもののように感じた。
テーブルも透明ガラスでセンスがいい。スピリチュアル的な装飾以外、余計なものがなくスッキリしていた。

「センスがいいのね。マリ先生は」
「そう?私あまり豪華なものは好きではないのよ。スピリチュアリストってわけではないかもだけどよく移動するのよ」
「それは土地柄が良いところに移るってことかしら?」
「まあ、そうかもね。波瀾のじんせいだしね」

そういう表情からは暗さはなかった。明るいのだがやはり普通の人とは違うオーラを感じた。もちろん私は霊感はなかったけれど、そんなふうに感じさせる人だった。

「出前とりましょう」
「ええ、お金は別々にしましょう」
「あら、気が合いそう。小鹿先生とは」
「私は少食だから」
「私は大食いだからそれがいいわ。おいしいかつ丼のあるお蕎麦屋さんでいいかしら?メニューあるわよ」

写真のないお蕎麦屋さんらしいお品書きだった。

「私はかしわ南蛮の蕎麦と小ライスにするわ」
「あら?少食でごはんつけるのはかしわ南蛮だから?」
「ええ、そうよ」
「あなたとは仲良くできそうだわ」

かしわ南蛮にはご飯があうから、少食でも食べたかった。

「もったいないから冷凍のご飯があるのよ。食べない?」
「ありがとう、いただくわ。じゃあかしわ南蛮麺かためでお願いするわ」
「ますます気に入ったわ」

マリ先生は電話をかけてくれた。

「もしもし、三丁目のカクヤスの向かいの須加ですが、出前お願いいたします。かしわ南蛮麺かため一つと、トリプルかつ丼卵ダブルでお願いいたします」

電話が終わるとマリ先生は台所にダッシュして冷凍庫からラップに包んでパックに保存してあったご飯を2つ出してレンジに入れた。手製ラックの奥から伊藤園の旬野菜を2本とグラス、それに手製だという醤油糀を出してきてくれた。

「野菜不足にならないように、先生も飲んでね。醤油糀はファイブエーエルエーだからご飯が温まったら上にのせて食べてみてね」
「ありがとう、旬野菜はお金出すわよ」
「そう?カクヤスでいつももってきてもらってるから、150円でいいわよ」


不思議に元気が出てくる。マリ先生は不思議な人だった。レンジに入れたご飯が温まった。けっこう一つのパックが大きいから半分にしてと伝えた。
にっこり笑うとマリ先生はプラスチックのダイソーの小さな茶碗に入れたご飯の上に桃やのやわらぎの空き瓶に入った自家製醤油糀を小さなスプーン山盛り3杯入れてくれた。

「ありがとう、味をみていいかしら?」
「スプーンなめる?」
「ぷっ」
「あら、初めて声だして笑ったわね。すごくかわいくわらうのね…彼氏いるの?」
「ええ、隠してますけど国語の荒鷲先生です」
「うまくいきそうね。性格がすごくいいわね。見た目と違って繊細でやさしいわね。…ただ内臓がよくないわ。お酒か食べ物がよくないみたいよ。早く結婚したら?あら…出前もうきたみたい」

スプーンをなめたあとに流し台に行ってから洗面所で手洗いとうがいをした。醤油糀は食べたことのないくらいおいしかった。

「小鹿先生、早く食べましょう。お金は税込みで600円よ。安くておいしいから」

かつ丼はかつが3枚で卵2つ(税込み1300円という破格値サービス品で1日限定20食だそうだ。女性であまり頼む人はいないので、出前を頼む女性はマリ先生だけだそうだ)。大きめの杯のようなどんぶりにラップがしてあったが、はしっこはもりあがったカツの衣で破けてしまっていた。マリ先生はさらにダイソーのプラスチックのどんぶりにごはんを山盛りにしていた。ラップがかけてある。どんぶりのご飯に追加して食べるつもりなのだ(笑)。

「いただきましょうか」
「ふふふ。マリ先生はたくさん食べる方なのね」
「そうね。給料日はここのかつ丼って決めてるのよ」

とてもきれいにおいしそうに、かつ早く食べるので見ていて心地よかった。私の注文したかしわ南蛮も600円は安くて鶏肉も質が良かった。お店を覚えておこうと思った。

食事はとても美味しく、マリ先生が入れてくれた業務スーパーの安い紅茶もとてもおいしかった。

マリ先生は話も上手だったがそれ以上に聞き上手でそんなに饒舌でない私がついいろいろしゃべってしまっていた。たのしかったので気づいたらマリ先生の家に来てから二時間以上たっていた。

マリ先生は私の思いがわかったのか、急に話題をかえた。

「エアコン、このくらいで大丈夫?寒くない?」
「大丈夫よ」
「天方くんの話だったわね」
「ええ、秘密厳守でお願いするわ。これ3人の書いた読書感想文なの」

しばらくそれぞれを手に持ってリーディングをしているように見えた。
「読んでいいかしら?」
「ええ」

みじろぎせずに、マリ先生はじっと読みはじめた。


【つづく】

©2023 tomasu mowa