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【少年・青年・中年・老年小説集】「モノベさん外伝…〈仙人と遇った話②〉」


見晴らしのよい場所に着いた。

杖をついていた老人について
一緒に空を飛んだ。
飛んでいるというよりは、
空中を滑っているようでもあった。

心地よい体験であったが…
実はユキオはよくこの手の明晰夢で
空を飛ぶことがあってので
特に驚きはしなかったのだ。


茶畑の間を抜ける小道の土手に腰かけた。
老人はくちから頬、顎にかけて
白髪交じりのひげをたくわえていた。

髪は少し薄かった。
下腹が出ている感じだが、
太ってはいない。

どこか龍を思わせる顔を持った人だった。


「ユキオくんがここに来るのは…
ずいぶん久しぶりのことかな?」

「ええ…あなたのことは知っていたし、
覚えているように思うのですが…
考えてみれば初対面のようでもあるし…
あの、なんてお呼びすればよろしいですか?
というか…ボクはあなたを以前、
なんとおよびしていたんでしょうか?」

「ははは、そうか…
じゃあ自己紹介をしよう」

知っている人のはずだったが…
よく考えてみると記憶はあるようで
ないようでもあった。
なんだか、不思議な感覚だったが…
しかし、やはりこの老人とは会ったことがあると、
ユキオは感じていた。


「私は、君の…父方の血統の祖先にあたるんだよね。
私の顔は、どこか君のお父さんに似てないかい?」

ユキオは確かに老人の顔だちが、
亡き父に似ているように感じた。

最初のイメージとは異なり、
老人の口調が砕けた感じだったのが面白かった。

「なんだい? 私の口調がイメージと違うかい?」

目を細めて笑った顔が父親に似ていた…というより、
ある親戚の人の顔にそっくりなことに気づいた。

「ボクの意識というか…考えてることわかるんですね?
確かに、あなたの口調はもっと仙人みたいに…なんじゃ?とか
わしは君の父方の祖先にあたるものじゃ…とか、
確かにそんな風な口調で言ってくれるんじゃないかって
どこかで思ってました」

「ははは、それは残念だったね。
無理にそんな言い方はしなくてもいいだろう?
君の意識を読み取って口調をあわせてるから…
これでいいにしてくれるかい(笑)?

私は死んでから転生はもう600年はしてないからね…
ガイドとしていろいろ見聞きはしても、
いまの時代の複雑な進化の速さには
ちょっとついていけないことが多いんだけどね。
だいたいの話にはなんとかついていこうと思ってるよ」

「600年前に死んだってこと? というと…室町時代ですか?」
「そうだね。君の過去生のひとつが鎌倉時代だったんだよね、ちなみに。
君が死んでからは…君が私のガイドをやっていたこともあるんだよ」
「ボクがあなたのガイドをですか?」

「持ち回りだからね。だいたいは」
「ボクの守護霊とかではないんですか?」
「違うよ。自己紹介しておこう。ボクは君のガイドの一人ではあるけど、
守護霊でもない。君の守護霊は鎌倉時代に東北で木こりをやっていた方だよ」

「ボクの転生は鎌倉時代だって言ってましたよね?」
「そうだね。君の守護霊さんは…君が死んだあとにいまの岩手県あたりに転生してるんだよ」
「その人とボクの関係は?」
「そのとき、君は守護霊ではないけど…いまの守護霊の方のガイドになっているね」

「持ち回りってことですか?」
「まあ、そうだね」
「その前後にはボクはどこに転生してるんですか?」
「インディアンだったり、ヨーロッパだったり、いろいろだね」

「インディアンって気になるなあ…どのあたりですか?」
「北部の方みたいだね。水牛とかいっぱいいた自然豊かな草原だね」
「それでボクはホピだとかチェロキーだとかのインディアン関連のいろんな本とかに興味を持ったってことですか?」

「そうみたいだね。でもね…過去の転生時期に興味を必ずもつとも限らないけどね」
「水牛を飼育してたりしたんでしょうか?」


「そのへんはわかんないな。君の部族ではどうだったんだろ?
ただ…君自身は水牛とかは食べたりはしなかったみたいだね。
むしろ、鮭の狩猟だとか簡単な農耕みたいなことをやっていたみたいだけど…部族の中では時々野生動物を狩猟していたようだけど…
君は肉は食べなかったようだね。そういう家に生まれたのかもしれない。
子どものころは肉を食べなかったろ?」
「なんで知ってるんですか?」
「だからガイドだからさ…とはいえ、ずっと君だけをガイドしてるわけでもないけどね」


「あの、名前とかはどうでもいいんですが…なんてお呼びしたらいいですか? 呼ばれたい名前でもいいですよ」
「ああ、面白いね。じゃあ、じいちゃんでどうよ?」
「ぼく還暦すぎたんですよ…じいちゃんって呼ばれたっておかしくない年齢でじいちゃんって呼んでもいいんですか? それに、よく見るとひょっとして年齢はボクより若かったりして…」

「そうだね。ははは。この次元では好きな外見になれるから…確かに、
50歳くらいのときの外見だもんな。君より10歳は若いかな(笑)」
「老師ってどうですか?」
「たいして意味かわんないんじゃない?」
「中国語だと先生って意味らしいし…老子の雰囲気もあるし…どうですか?」
「うん。気に入ったよ。じゃあ、ボクは老師ってことでよろしく」

最初の重厚な仙人のイメージはなくなってしまった感じだったが…
室町時代出身のガイドさんを
ユキオはかなり気に入っていたのだった。



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