見出し画像

〈隅田川〉秘密基地でのこと――【少年小説】

  

家出をしたボクはコンビニにあらかじめ置いてあった自転車で大好きなスパゲティのお店の近くの千束五差路を通って隅田川のほうに向かった。今日こそは本当に家には帰らないつもりだ。

通学時間にしてはいつもより一時間は早いので交通指導員の人も見当たらない。家には「今日はサッカーの早朝個人練習をしたいので早く家を出る」と伝えてきた。

「山谷堀」の桜はもう全部散っていた。でもボクは散った頃の桜の木の新緑が大好きだったのでわざわざ遠回りをして桜並木を自転車で走った。こちらはボクの学区とは違うので知っている人間に声をかけられる心配は少ないだろうということもある。

でも油断はできない。「警察」は避けたい。浅間神社そばの警察署の周辺の道は避けておいた。もしかして、おせっかいな保護者なんかに出くわすかもしれない。とにかく隠れ家の「秘密基地」まで何食わぬ顔で、さりげなく「家出」することにした。

ボクのお父さんは台東区内の小学校の先生だ。
運動も勉強も子どもの頃から何でもできたそうだ。
ボクも実は父親を自慢したい気持ちもないわけじゃないさ。
ボクの住む西浅草界隈の大人たちはみんながお父さんが出来の良かったことを知っている。おまけに勤めているのは隣町の小学校だというのに、うちの学校の先生は全員がうちのお父さんを知っていて、お父さんもうちの学校の先生のことを知っている。

だからまるでボクは出来のいい父親と比較されながら、しかもお父さんから間接的に監視されているようなものなのだ。こんな窮屈な毎日はもううんざりなのだ。ボクはこのままじゃプレッシャーでつぶれそうなのだ。だれもボクを知らない学区に行ってしまいたいぐらいだ。

もうひとつおまけに、ボクにはお兄さんが一人いて――もう中学二年生だが、とんでもなく頭がいいときたもんだ。全国共通の中学生の学力テストで東京都の上位十人に入ったことがあるらしい。

ボクもクラスでは上位五人には入っているが、ケタが違うじゃないの。

しかも、ボクは学力テストなどの応用力が要求される試験ではあまりいい点ではない。
つまり覚えるだけが得意で考える力に乏しい秀才くんのたぐいなのだ。

でも兄さんは天才といわれている。
比較されるボクは面白くない。
「兄さんが天才である家の秀才の弟」なんてのは実につまらない。

ああ、つまらないったらつまらない。

ボクはボクらしくふさわしく評価してほしいと常々感じている。
もし得意なものがあれば天才などとおおげさにおだてられたいし、人から褒められたりはしたい。

しかし「本当はお父さんが書いたり手を入れたりした宿題」がコンテストで入選したりしてもぜんぜんうれしくない(といってもそれをあてにしてしまっているのはボクかもしれなかった)。

例えば合羽橋で「お父さんが大工さんをやっている北島くん」のようなうちに生まれたらボクはずっと幸せだったろうと思う。ボクは北島くんよりできる科目は多いけど、ほんとは知っているんだ。

彼がいかに才能をもっている素晴らしいやつなのかをね。
彼が描く絵は独特で、賞状をもらう回数はボクの半分以下なんだが、それは彼にしか描けないし、ボクは「名前が書いてない絵」だとしても彼の作品だと気づくことができる。
悔しいがあいつの熱心なファンであるわけだ。

そういうのをかっこいいことばで確かオリジナリティというのだ。
ボクだって「オリジナリティのおとこ」にぜひなりたい。

彼のうちに遊びに行くと時々お父さんが炬燵に寝転んでたりする。
頭は禿げてるしぜんぜんかっこよくないんだけど、かしこまって挨拶しても「そんな行儀のいい挨拶なんざうちではいらねえよ、遠慮しねえで気楽に遊んできなって」って、にっこりわらうんだ。

かっこいいじゃん。しびれるぜ。禿げてるけどさ。

あるときなんかは「サーカスの中継録画」のテレビをみていた北島くんのおとうさんがハイレグを着た女の人の空中ブランコに大喜びしていた。北島くんのおとうさんはテレビの真下まで這っていって「えーぞえーぞ、もうちょっとで見えそうなんだが残念だなあ。いよっ! ねーちゃんもっと脱げ」といっていた。北島くんのお母さんは「やめなさい、すけべだね、あんたは」といいながら腹をよじってわらっていた。北島くんのあと二人の兄さんたちも一緒にげらげらわらっていた。ボクはその光景を見てうらやましくてしかたがなかったんだ。

うちのお父さんはそんなスケベな番組ではいつの間にかチャンネルをかえてしまうのだから。ドラマのキスシーンが出たりすると家族はみんな黙ってしまう。そんな重苦しいときにボクはつくづく不幸な家に生まれついたことを心の底から嘆いている。

もうひとつエピソードを話せば――あるときみかん狩りに行って持ち帰りが有料だって聞いた一家はそれぞれ帽子だったり、服の中だったり隠して帰ろうとしたらしくて――傑作なのが北島くんのお母さんが……彼女は胸があまり大きくないんだけど……ブラジャーに入れて巨乳の女性に変身して出てったらしいんだ。しびれるでしょ? どろぼうなんだけどね。いけないことだけどさ。いいなあって心底思ったよ。

山谷堀を自転車で走り待乳山聖天の横を通って少年野球チームが時々練習をしている公園をつっきって「隅田川」沿いの道へ出た。
人影はまばらで川下へ向かう勤め人風の人たち以外はほとんどいない。
黄色い桜橋は朝早いせいか犬の散歩が二人とホームレス風が二人。
今日は天気もよくいつもより暖かい。
橋の手前の堤防の花壇の花が満開。
クリームイエローの花びらが鮮やかだ。
公園の八重桜も満開。
桜の木の新緑とあいまって目をくすぐられているように目まいに似た「わくわく」の感じが来る。
そのうちボクはほんとに空を飛ぶんじゃないだろうか。そんな気になる。


「隅田川」の堤防斜面の芝生が気持ちよさそうだ。いつもなら「犬のうんこ」に注意して寝転ぶんだが、残念ながら今日はできない。家出がなければ今日の放課後は、たぶん楽しい春の日になったかもしれない。

桜橋を渡って左に曲がった。
右に行くと向島の桜並木があり水鳥が集まる公園があり牛嶋神社や三囲神社なんかがある。

ボクはそこらへんが大好きなんだが、クラスの友達はそんなことを言うボクを「じじくさい」といってばかにする。
大きなお世話だこんちくしょうめ。
誰が何と言おうが、あの神社の牛の像のおしりを今後も何度でもつるつると撫でてやるつもりだ。


隅田川沿いを白髭橋に向かって進む。
途中、水面近くの小道に下り、さらに行くとだんだん道は狭くなる。
ボクは自転車を金網のある場所に置いてチェーンロックをした。

周りに人の気配はない。
さらに奥に向かって歩く。
そうするとボクの「秘密基地」に着く。

この場所は人があまり来ない。
満潮時なんかには隅田川の水位はかなり高くなる時がある。
そんなときはこの「歩道」と「川の水面」は三○センチくらいしかない。「秘密基地」はもう少し堤防側にあるので、歩道より一メートル以上は高いので大丈夫だ。

葦の茂みがあって周りからは見えなくなっているし、対岸の台東区側の歩道も高い壁ができていてこちらが見えないようになっている。対岸から墨田区側のボクを発見するには遠くの高層マンションから双眼鏡で覗けば探すのは不可能ではないが、葦の茂みは意外と深く大きいため、たぶんボクは見つけられないだろうと思う。

ここまで完璧に家出計画を考えられる小学生は世界でボクだけじゃないだろうか。なんだかうっとりする。葦の茂みの間にあるスペースは畳にして六畳ほどになろうか。ボクは自分の「秘密基地」を快適にするために果物の木箱やビール瓶のかご、ビニールシートや寝袋などを揃えていた。食料も少しある。水も二リットルのペットボトルを一本もってきた。

ここは「ボクだけ」の空間。だれにも邪魔されず「ボクだけ」の秘密の時間を過ごすための基地なのだ。きっと災害が起きたって生きていられるんじゃないだろうか。そう考えるともっといろんなものをこの基地にもってこようかと迷う。

ところが、だ。

なんてこったい、ボクが「ボクだけ」のはずの「秘密基地」に入ったらだれか人がいるじゃないか! 

しかも勝手に人のシートの上に寝てやがる。
その男は背広の上着を脱いでワイシャツになって、しかもズボンのベルトを緩めていてパンツかモモヒキが見えていて、なんだかだらしない感じだ。
両足はビールの空き箱の上に放り出してしかも裸足であった。
あきれたのと「台無し」にされた怒りと大人への恐怖感でしばらく固まっていた。

「おお、だれだきみはー?」

黒ぶち眼鏡で少し禿げかかっている背が小さくてやせ型の初老のおじさんだった。

「おじさん……ここ、〈ボクだけの秘密基地〉だよ」
「きち?」

おじさんは上半身を起こすとあぐらをかいて、葦の茂みを見渡した。
「そうか、キミの基地だったか。それはたいへんたいへん、失礼したな。ははは」
まじめそうで気難しい顔だが笑うとなんだかおもしろそうなおじさんのようにも思えた。

ボクはしばらく話すうちに次第に気が合う友達のような気がしてきていた。家出という心細さのせいか心を許したボクは「今日家出をしてきた」ことをおじさんに詳しく喋っていた。

おじさんはいかにも真面目そうな外見とは違って飄々と答えた。

「そうか、それはたいへんだ。で、理由はなんだ?」
ボクは正直に答えた。

するとおじさんは、しばらく考え込んだ末に、
「キミはえらいな。僕なんか結局自分の家から出られないでいる。一度は大阪に出て東京を捨てながら、親に呼び戻されたとはいえ、家を捨てたままで戻らなくてもよかったのに……家に戻っちまったんだからね、おじさんは」と、言った。

なんだか難しい話になってきたが、でもこのおじさんは一体どういうわけでこの「秘密基地」に入り込んだのだろう。

「おじさん、会社行かなくてもいいの?」
「ああ、おじさんは行かなくていいんだ」
なんだかこっちが心配になって聞いてみると、テレビドラマで大人たちが言いそうな難しいおかしなことを言うじゃないか。
そういう大人の世界の話は嫌いではないが、明るい楽しい話ではなさそうだった。

「おじさんはねえ、もうただ真面目に生きるのが苦しいんだな。おじさんはダメになったほうが本当の自分なんじゃないかってさ。自分のやりたいこともしないで、戦争中だって黙って国の優等生をうわべだけ頑張っていた。でも、戦争が終わったら全部うそだったってわかったのに――それなのにまたうわべだけ世間から信用されやすい公的な仕事について優等生になろうとしたんだな。そのくせ国や役所に対して陰で文句ばっかり言っている。でも、おじさんはそんな立派な人間じゃないし、心が綺麗なわけでもない。自分のしたいことは教員だったせいで周りの評判を気にしすぎて何もできなかったんだ。せめて死ぬまでにはそれがどんなにひどいことであっても、ほんとに自分がやりたいことを気が済むまでやってみたいのさ。でもやっぱり『本当にダメになる』ことは怖いし、お金も欲しいし、人から蔑まれるのは怖いんだよ」

「ふーん」

「小学生のキミに言っても難しいだろうが、おじさんは地味で堅物で真面目なだけの自分の表の顔がいやで、あるときを境に裏の顔で《遊び人》になってみようと思ったんだ」

「大人の遊びのこと?」

「まあそうだね。おんなの人に狂ったってこった。浅草の周りってのは、そんな場所がたくさんあるんだよ。おじさんがほんとに遊び始めたのは三十五歳を過ぎた頃のことで、二十年も前の話さ。二十年たったって、まだまだ煮えきらなくて……ダメな人間にさえ、なりきれないのさ」


いろんな話をしているうちに、台東区の広報の放送で正午だと知った。
ボクはへそくりでうちの人に内緒で買っておいた千束のベーカリーで買ったパンとジュースを取り出して食べようとした。

おじさんにもあげようかと思っていると、おじさんもカバンから四角いハンカチ包みを取り出した。

ハンカチをほどくと銀色の弁当箱が出てきた。
開けるとホウレンソウと海苔を卵で巻いたおかずなんかが入っていておいしそうだった。

ジャガイモとナスのテンプラもある。
ご飯の上には梅干しとゴマ塩がかかっている。
ピーナッツ味噌もある。
カツオをショウガ醤油につけておいて片栗粉を付けて焼いたやつもあった。

喉が鳴った。

「おじさん、おいしそうだね。ボクのパンと少し変えっこしてくれない?」

「ああ、いいよ。食欲がないからあげるよ。好きなだけ食べな。全部食べてもいいよ」

ボクはうれしくなっておじさんにソーセージが入った揚げパンをあげた。
ボクがいちばん好きなパンだ。上げた瞬間に後悔したが仕方がない。どうしてもおじさんの弁当が食べたかったのだ。

弁当箱を受け取ると一息に食べつくしてしまった。
おじさんはたのしそうにわらった。

「おじさん、この弁当はだれが作ったの?」
「これは息子の嫁だよ」
「ふーん、『ぎりのむすめ』ってことだね」

ちょっとおとなぶって答えてみた。
おじさんは顔を曇らせてこんなことをいった。

「キミはどうしてもやめられない癖とかはあるかい?」
煙草を取り出して火を付けたので、ボクは鼻をつまんであおぐ仕草で煙草を拒否した。
おじさんは仕方なく火がついたエコーを消すと、ワイシャツの胸ポケットに大事そうにしまった。

小遣いが少ないのだろうか?ボクは自分がどうしてもやめられないことを探してみた。

それほど好きなものがボクにあるだろうか? 
好きな食べ物ってことか? 
だったら、いっぱいある。

千束のベーカリーのホテルブレッドを使ってうちで食べるチーズトースト、ガード下のカレー屋のチーズナン、スパゲティ・カル○のミカド、越○屋の豚キムチと唐揚げの弁当、ロックス前のキッチン○ローのハンバーグ&スタミナ焼き&クリームコロッケ定食とかだろうか? 
三○ストアの二千円もするすしだろうか? 
意外とめん○の二九○円ラーメンだろうか?

「大人になると子どもよりだめになることがたくさんあるんだよ。例えば、大人は本心ではやりたくないのに、自分から喜んでやっているふりをしてやがて自分の気持ちにも嘘をつくようになって――ついには自分から喜んでやっていると信じ込んでしまうんだ。難しい言葉で『かっとう』というんだ……自分に向き合う勇気がなくなってしまうのさ」


「でも、やりたくなくてもやらなきゃいけないことはたくさんあるよ」
おじさんが片膝を立てて、前がかりになった。

「いいこと言うな、キミは。なかなか賢いようだな。じゃあエゴというもののことを教えてあげよう」

「エゴってわがままで自分勝手ってことでしょ?」

「まあだいたいそんなことだ。諸説あるが、おじさんはエゴってのは思考のことだと考える。例えば感情が湧くところは自律神経といわれる脳幹部分だ。大脳旧皮質は記憶回路で大脳新皮質は思考回路とおおざっぱに分けると――つまり怒りの感情は自律神経でおきるが、思考とは別の場所で起きていて、だからバラバラになりやすいということにもなる。幸せを頭で考えると――例えば『自分は……なわけだから幸せなのだ』ということになるが、でも『自分は幸せだ』という感情が浮かんでくるかはいくら頭で幸せのはずだと考えてもそうなるとは限らないだろう? 頭で好きな女の子のタイプを分析したって実際好きかどうかは感情が湧くか湧かないかだろう。新皮質だけで考えると、記憶情報や感情が置いてきぼりを受けて、情緒や感情の起伏がなくなって無機的な面白みがないものになりやすいのだよ」


「ダメなのは自分がやりたくてやっているのか、やりたくなくてやっているのかを自分であいまいにしてしまうことなんだ。少なくとも人間は自分の本心を自分の心ではっきり気づいてあげなければいけない。自分は本当には思ってないことをまるで本当にそう思っていると信じ込んでしまうようなことをしたら――自分の心は傷ついて枯れてしまうんだよ」……なんとなく言おうとしていることはわかった。


「演技をしても、ほんとの気持ちは違うんだってことを知っていれば心は枯れないってこと?」 

おじさんは歯をむき出しにして、にっと笑った。奥歯の銀歯が見えた。


時々小便をしに近くの茂みにいくほかは、ボクたち二人は葦の茂みの内側で寝転んでいた。100円ショップで買ったビニールシートを広げていたが、そんなに大きくないのでくっついた状態で空を見上げていた。

ボクは途中から寝袋に入った。
顔だけ出しているとあったかいし安心できる。
虫にもさされないし良い。
安全な場所がいつでもあればいいなあと思った。

だれにも見つからないように、寝袋のようなものの中にすっぽり収まっていたい。

葦のすきまの青空に時々雲がやってくる。
ここにひとりでいると、いつもは自然界からの情報がいっぱい入ってきたが、今日はおじさんのせいで半分ぐらいしか体に入ってこない。
でもそんなに悪い気もしない。
こんな父さんだったら何でも話せそうでいいのになと、ちょっと思った。

隣で寝てるおじさんは煙草くさかった。
空を見たりする以外は喋ってるか、カバーのない文庫本を読んでいる。
これはたぶん難しい本に違いない。
絵がほとんどない、字ばっかりだ。
インテリというやつなのだろうか? 

そう思うとかっこ悪いというほどでもなく、おしゃれといえなくもなかった。ベレー帽にステッキが転がっている。なんだか少しずつかっこよく見えてきた。

午後二時を過ぎるとさすがにボクは不安になってきた。
今日の給食はボクの大嫌いなおかずだったはずだが、ボクが休んだとすると家にパンがとどくかもしれない。

そのとき多分ボクの家出はばれるんだろうか? 
今帰って取り繕えばなんとかごまかせるかもしれない。
町内会の集団登下校の人間が気づいてうちの親に告げ口していたら、もうとっくにばれているかもしれない。

捜索願というやつが出ているかもしれない。

「どうかしたか?」

おじさんはボクの様子に気付いたようだった。どうしたらいいか尋ねると、こういった。

「今日のところは学校をさぼったことでやめといたらどうだ? 家出ってのは腹も減るし夜も寒いし虫にも食われるかもしれない。金や力さえ蓄えといてからでもおそくはなかろう? 若いうちに家を出るための準備をしたらいいんじゃねえか?」

うーん、なるほどと思ったボクは六時間目の授業終了に合わせて家に帰ることにした。

「おじさんは基地に泊まるの?」

銀歯をむき出して大笑いしたあと、
「おじさんは五時の仕事終わりに合わせて帰るつもりだ。それにおじさんは大人だから花川戸や浅草や両国で飲んで帰ったっていいわけさ」と笑って答えた。

そんなおじさんは余裕があって、なんだかかっこいい気がした。
こういう人が遊び人というんだろうか。
でもぼくと同じ手を使ってごまかして帰るってことは、ボクが「学校に行ったふり」をしているのと同じく、おじさんも「会社に行っているふり」をしているってことじゃないか。

同じく逃げ出してごまかすための演技をしてるってことか。
ただおじさんは「少なくとも人間は自分の本心を自分の心ではっきり気づいてあげなければいけない」といっていた。

自分の心さえ枯れなければ、ボクもそれでいいといまは思う。
家出は「力を蓄えてから」に変更することにしよう。


「おじさん、さよなら。ボクはおじさんの考え方を採用して家出を延期することにしたよ。これからは見つかりにくい学校のさぼりかたを研究することにしたよ」


おじさんは、文庫本から顔を上げてまた歯をむいてわらった。
もう本の中に半ば入っている感じがして現実はどうでもいいような表情にも見えた。
もうボクに関心がなさそうで少しさびしかったが、ボクはその場を去ることにした。
おじさんは本を持ったまま右手だけを振っていた。



あれから三十五年がたった今、「秘密基地」の家出未遂の日をどうやって切り抜けたのかは詳しくは忘れてしまった。

少し問題になりかけた気がする。
その後日学年の担任と父が話をしたらしかった。
ただはっきり覚えていることが一つだけあって――それはある日父が自分を浅草に連れ出してそば屋でごちそうしてくれたことだった。
いつもより機嫌が良くて気持ち悪いぐらいだった。

ボクはざるそばを注文して父は中華そばを頼んだ。
出てきたときざるそばが父の前に置かれた。
父が「中華はこっちね」と言うと店員のおばさんが「このうちは逆だね」と言った。父はその話を死ぬすぐ前までボクがいるときたまに人を交えてたのしそうに語っていた。

帰りに浅草寺の淡嶋堂近くで肩を抱いて「おまえもつらかったんだなあ」と一言いうとポンと右手でボクの左肩を押した。

「しんぼうしてやれ」とてれくさそうににっこり笑って言うと、すたすたうちに向かって歩きだした。
その時ボクはなにも言葉を返さなかったと思う。
でも、その日のことだけはいまでもはっきり覚えている。

あの時のおじさんと過ごした時間はどういうわけかいまだに忘れられない。あの後、ボクは浅草の少年として十八歳まで結局家出もできないまま「いつかこんなとこから出て自由になってやる」という思いを抱いたまま、この街の住民に甘んじていた。

その後ボクは京都の大学に通い、就職してからは大阪・福岡・横浜・東京などさまざまな場所を渡り歩き、今四十五歳にしてなぜだかまた浅草に戻ってきた。ここにずっといるつもりはないし、かといっていますぐ出ようとも考えてはいない。

結局どこに行ったって、自分という人間の根っこはそんなに変わることはないのだから、あわてることもない。この頃はそんなふうに考えている。

十歳のときに出会ったあのおじさんとは、その後一度も言葉をかわすことはなかった。

あの後、何度も「秘密基地」に行ってみたが、おじさんが訪れた形跡を見つけたことはなかった。


しかし、その後しばらくして家族で行った雷門近くの食堂で「おじさんらしき人」の噂を偶然聞いたことがあった。

隣のテーブルには運輸会社のユニホームを着た人たちが座っていて、たまたまおじさんと思われる人の噂話をしているところだった。
運輸会社の社員らしき人たちがいうには、どうやら以下の経緯であったらしい。


――おじさんは高校の教員を定年退職したあと、雷門にある運輸会社に事務員として再就職した。京成曳舟駅から京成浅草駅までの電車通勤であった。でもおじさんは第一日目に会社の上司とけんかしてしまい、次の日から会社には行なかったのだそうだ。しかし、おじさんは家の人にはその事実を話さず、黙ったまま初日と同じように弁当をつくってもらい、仕事用のスーツとネクタイにベレー帽にステッキのいでたちで電車通勤をしたという。要するに会社に行くふりをして家の人間に嘘をついていたということだ。給料日になってその夜、おじさんは家に帰らなかったらしい。次の日早朝に就職したはずの雷門の運輸会社に奥さんが電話をすると、「初日にけんかをしてクビになったこと」が初めて露見したという。もちろん家庭は大いに揉めたということであった。

さらに「秘密基地」の出来事の二年くらいあとだろうか、ボクはおじさんをたった一度だけ目撃したことがある。

それはある夕方のバス通りでのことだった。

冬の夕方だったので初めはよくわからなかったが、バスのフロントガラスにむかってステッキを振り上げながら大声でわめいている初老の男がいた。
バスの進行方向から反対側の歩道にいたボクはバスの前側に走った。
以前より少し禿げていて白髪が増えていたが明らかにあのおじさんだった。

あのおじさんが酔っぱらって道路にしゃがんでいた。
おじさんの叫び声はボクの耳にはこう伝わってきた。

「キャンユースピークイングリッシュ?」

すると警官が二人交番から飛んできて、おじさんを抱きかかえて連れ去っていった。
沿道はやじ馬であふれ、面白がっている連中がはやしたてていたが、しばらくして、いつもどおりに戻っていった。

雷門の交差点の交番へ急いだ。
だが、そこにはいなかったのか、数十分の間交番の前にいたが、結局あのおじさんを見つけることはできなかった。
おじさんの手掛かりはそのまま途絶えた。


少年のボクの記憶に強烈に住み続けた「秘密基地」での出来事は、彼にとっては夕方までの暇つぶしのなかの一篇にしかすぎなかったというのだろうか。

浅草寺の周辺で明るいうちからぶらぶらしていたら、おじさんの知人に遭う可能性もあったろう。
それで河原の「秘密基地」にも足を運んだだけなのか。
ではほかの日は彼はいったいどこをうろついていたのだろう? 
雨の日もあったろうし、穏やかな日もあったろう。
どうでもいいことなのに、彼が一か月の間どこに行っていたのかをなぜだか詳細に知りたい気になった。

嘘をつき続けながら、彼はあの桜の時期、「隅田川」土手をどう思いながら歩いたのだろうか。

まるで大好きな作家の日常を追いかけるように彼の足跡を知りたいとボクはずっと思い続けてきたのだ。

いま「隅田川」はあのときと大きく変わったわけではない。
ボクが少年だったあの頃と変わらずゆったりと流れている。
穏やかな晴れた日には昔と変わらず人でにぎわう。

ただ、浅草も両国も向島もずいぶん古びてさびれてしまった。
子どもの頃のような街が沸き返るようなエネルギーは感じられない。
土日祝日は相変わらずにぎわうが、どこか昔とは変わってしまったように思うのは自分だけだろうか。

もしかしたら浅草がさびれたのではなくてボク自身がエネルギーを感じられないように「枯れてしまった」のかもしれない。

おじさんはあのときボクに「少なくとも人間は自分の本心を自分の心ではっきり気づいてあげなければいけない。自分は本当には思ってないことをまるで本当にそう思っていると信じ込んでしまうようなことをしたら――自分の心は傷ついて枯れてしまうんだよ」と言った。
だからボクは大人になってからも少なくとも「自分の本当の感情」にだけは気づいていたいと思い続けた。でもいまボクはもしかしたら「自分の本当の感情」に気付いているふりをし続けたせいで「傷ついて枯れてしまった」のかもしれない。

「自分の本当の感情」というものがはたして本当の感情なのかがわからなくなっているのかもしれないのだ。

桜橋を渡って五月の堤防を歩いてみた。
ずいぶん景観は変わってしまったけれど、まるで湾岸を思わせる川下の感じは変わっていなかった。

相変わらずカモメが定位置を争っている。
昔よく行った「秘密基地」の場所に行ってみようと思ったが、なんだか行く気がなくなってしまった。

あのおじさんは「自分の本当の感情」にたどり着けたろうか? 

自分はいつになったら「自分の本当の感情」を自然に感じ表現することができるようになるのだろうか? 

だが……こんな気持ちのいい晴れた日では、そんなことはもうどうでもよくなってしまっている。
言問橋を渡って桜並木を通って帰ることにしよう。


○後屋のしょっぱいいなりずしが食べたい気分だ。家内のために○友でモンテールのシュークリームか三○で「こわれ九助」でも買って帰ろうか……。そんなことを考えながらボクは、西浅草の自宅に向かって歩き始めた。



©2023 tomasu mowa

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切: