耳心
恥の多い人生でしたって太宰は書いてるけど、私だって現在進行形で恥じながら生きてる。
人間失格、だって。
ねえ、そんなのあんただけじゃないんだけど。
と思いながらショッキングピンクのカバーの文庫を閉じた。でも私は、太宰のそういう、普遍性を自分だけのものみたいにしちゃうところとかが、やっぱり好き。
私のピカピカの長い爪も、カバーと同じショッキングピンク。でもそれは、私がただピンクが好きってだけ。
生活してると、何をしてる時も結構恥ずかしい。
照れたり、緊張したり、そればっかり。できればそういう姿は誰にも見られたくない。3大欲求が満たされてる時なんか特に。
眠ってる時はもちろんだし、何かを食べてるときもそう。口に物を運んだり、咀嚼したり。人と向かい合って食事をしてると、なによりも性的な姿を見られてる気分になる。だからすごく恥ずかしい。
まあもう1つは言うまでもないでしょ。
今朝は、夢が突然終わって、激しい目覚めだった。
見てた夢の中身は覚えてなくて、でもしわくちゃになったベッドの上で、ああ、恥ずかしかった!って叫びたいぐらいの気持ちだった。心臓はいつもの倍で打ってて、こめかみのあたりがズキズキした。
私は、夢の中でも、何かを恥じらいながら過ごしてるんだって思うと、ほんと情けない。
だってそうでしょ。
夢なんて誰かに覗かれるような場所じゃないんだから。ハメを外して滅茶苦茶に過ごしたって良いはず。
お尻が見えるか見えないかぐらい短いスカートで街を闊歩することも、トマトソースのパスタを勢いよく食べることも、誰よりも大きな声で話して笑うことも、びしゃびしゃに汗をかきながら電車に乗ることも、誰も咎めない。
でも、夢ってわかってても、私にはそれができないみたい。
1日は、途中にいると、すごく長い。
でも終わりが見えてくると、すごく短い。
今日もどうやって過ごしたかも覚えてないぐらい、ほんと、短かった。明日のこと考えた瞬間に、もう遠く後ろに行っちゃうんだから。
冷蔵庫から、よく冷やしてた350mlの缶のドクターペッパーを出す。
今日はもう何も頑張らない。まだ10時だけどこれをガブガブ飲んでベッドに入っちゃえばいい。そしたら多少は乱暴な気持ちで眠れそう。
プルタブに長い爪をかける。でもこのテカテカの偽物の爪じゃなかなか開けれない。
何度引っ掛けてもカチッ、カチッって空振りみたいな音がする。
こんなのいつまで繰り返しても、付け根の接着剤の部分がジンジンするだけ。スプーンを取り出して、柄の部分をプルタブに引っ掛ける。
ピシュッ
泡が勢いよく吹き出した。溢れた液体が右足をベタベタと伝う。肌の上で、炭酸がチリチリ燃えてるみたい。白っぽい足に琥珀色の液体と泡。
足の爪のネイルは、もう随分塗り直してないから、ところどころ剥げてて汚い。
ちょっとだけ屈んで、膝のあたりについたドクターペッパーを舐めた。だってこの部屋にいるのは私1人だけだから。
ベタッとした甘味と、香辛料のにおい、それから自分の肌の味。
思ってたよりずっとしょっぱくて、私の身体ってこんな味なんだって思った。
それがやっぱり、すごくすごく恥ずかしかった。
おわり
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フィクションです。
以前、尊敬している方と、
何も起こらないって面白いよね
という話になって、
私もそういうの書いてみたいと思っていました。
ギャルっていまだに私の憧れの的です。
ギャル文字にも密かに憧れてました。
読みにくいのに、その健気さが最高にキュート。
耳心
なんか、すごく可愛い。
私もいつかでっかい付け爪とかしてみたい。
何も起こらない
の連続が生活なんだとしたら
自分とは違う人のそれも面白がりたい。
常々思っています。
渡部有希
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