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本のこと(2)『銃』

今回は私が敬愛する中村文則さんの作品を紹介します。
本を手にとって読んで欲しいので、ネタバレをしたい気持ちを抑えて書きます。

中村文則『銃』河出文庫(2012)

この作品は、又吉直樹さんが色々な本を紹介しているエッセイで初めて目にしました。
その時は中村文則という作家の存在すら知りませんでしたが、後日、書店に行ったときに平積みされているこの本が目に飛び込んできました。
表紙の『銃』という活字に目を奪われて、いつか読まなくてはと無意識に頭の中にインプットされていたのだと思います。そのとき全然お金が無かったのに、迷わずレジへ持っていきました。

単行本の表紙にも書かれていますが、まず、あの冒頭が鮮烈でした。
「昨日、私は拳銃を拾った。あるいは盗んだのかもしれないが、私にはよくわからない。」
この冒頭は、アルベール・カミュの『異邦人』(1942)の冒頭「昨日ママンが死んだ。〜」に影響されていると講演で仰っているのですが、読んだときはもちろんそれを知りませんでした。
とにかく、今まで読んできたものとは違うものが始まるぞという空気を感じました。

そして読み終わったとき。
ものすごく怖かった。もちろんホラー的な怖さではなくて、知らない世界を知ってしまった、という怖さ。
そして、この主人公に共感してしまった自分への懐疑。
以前、「共感だけが面白いではない」と書きましたが、この作品に関しては激しい共感を伴う面白さであったような気がします。

中村文則さんの作品では、主人公の意識の流れをそのままを写しとるように内面が描写されます。だから地の文も、ほとんど口語で書かれています。でも軽くなりすぎない絶妙なバランス。

ここまで人間の内面(しかもかなり暗い部分)をそのまま描くというのは、ある種、著者自身の内面を曝け出すという行為にも近いと思います。きっと中村さんは、表現への尋常ではない覚悟がある人なのでしょう。
文学だけでなく、すべての表現において、これができる人ってとても少ないと思う。そういう意味でも彼の作品にはもっと多くの人に触れて欲しいのです。

そしてこの小説の大きな見どころはやはりラストシーンで、ここになにを思うかは、読む人それぞれ違うはずです。
中村さんは意図してここに余白を残しているのだと思います。
私がなにを思ったのかを書くとネタバレになってしまうので書きませんが、私はどうしてもこの物語を他人事とは思えなかったのでした。

これを是非実際に読んで感じて欲しい。
特に、この主人公と同年代である人たちに。
つまり私と同年代の20代前半を生きている人たちに。


また、この文庫に収録されている『火』という作品も、かなり衝撃的な作品です。
主人公の口から全て物語が語られる、告白体が使われています。
以前所属していた劇団で、これを台詞として読むという試みをしました。当たり前ですが、読む人によって解釈や口調、イメージするものは全く異なるのです。この作品にも余白の面白さがありました。
主人公の狂気に取り込まれないよう、是非心が健康な状態の時に読んでみてください。


『銃』も『火』も映画化されています。
主演は『銃』は村上虹郎さん、『火』は桃井かおりさん。
どちらもとんでもないエネルギーがある作品でした。そちらもぜひ。


読書の秋が始まりましたね。
新しい季節に新しい出会いを、
是非。


渡部有希

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