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アリかキリギリス(ものの見方が変わる座右の寓話/戸田智弘)

古今東西の寓話を集め、そこに込められた教訓を解説する本。
メロディにのせればスッと胸に入ってくる歌詞のように、物語にのせた教訓は素直に聞けて、記憶にも残りやすいと再確認した。
加えて、著者の解説文にもドキッとさせられる表現が散りばめられており、既に知っている物語の解釈についても新たな発見があった。これは記憶に留めておきたい…!と思ったいくつかの話を、ここに記録する。

1. アリとキリギリス

あまりにも有名なイソップ物語「アリとキリギリス」(ちなみに原話はアリとセミらしい)。一般的な解釈は「余裕のあるときに将来に備えよ。さもないと、苦痛や危機にあう」というものだが、実はこの物語、逆の解説も可能である。
アリはただ忙しそうに動き回り、自分だけ豊かになろうとする自己中心的な存在で、将来を憂いて今をないがしろにする悪い例。一方キリギリス(セミ)は、芸術を愛し、生きること自体を楽しむ存在という良い例だ。
日本人は貯蓄が好きなのでアリをよしとする解釈が広まったのだろうが、何が良くて何が悪いかは、文化や時代状況によって異なる

2. 二匹のヤマアラシ

冷たい冬のある日、二匹のヤマアラシは凍えるのを防ぐために体を寄せ合った。だが、相手のトゲが自分の体を刺して痛いので体を離した。離れると寒く、くっつくと痛い。そういうことを繰り返しているうちに、お互いを傷つけずほどほどに暖め合える間隔を発見した。

人に関しても同じで、良い距離感が良い人間関係をつくる。しかし、自分にとって心地いい距離感が、相手にとってもそうであるとは限らない。このズレをうまく調整できる人間であるためには、例えば行きたくない飲み会の誘いは二回に一回くらいの参加に止めるなど、中間的な引き受け方をするのが得策だ。悪意のない適切な嘘は知性の表れであり、心の健康を保つために役立つ

3. 狩人と鳥

人間のように話ができる鳥を捕まえた狩人がいた。「もし私を放してくだされば、あなたに3つの賢いことをお教えします」鳥は訴えた。
「それを教えてくれ。そうすれば自由にしてやる」狩人は答えた。
「第一のことは、自分のしたことを決して後悔しないこと。第二は可能でないことを信じないこと、第三はあなたの目線を高いところに置かないことです」
約束通り狩人が鳥を放すと、鳥はすぐさま木の上に飛んで行って言った。
「おバカさん、なぜ私を放ったの?私の餌袋には一千ディナール以上の価値のある真珠が詰まっていたのに!」
これを聞いた狩人はその木に登って枝から枝へと飛び移り、鳥を追いかけ回したが、つには落下し、脚を折り、全身が傷だらけになった。
鳥は言った。
「おやおやおバカさん。あなたは私があげた助言のどの一つも真面目に受け止めていないのね。なぜあなたは私を自由にしたことを後悔しているの?なぜ私の餌袋に真珠が詰まっているなどと信じたの?なぜあなたは木の上に登ろうとしたの?」

一つ目の助言、「後悔するな!反省しろ!」は真実だ。
後悔は過去を変えようとすること、反省は未来を変えようとすることであり、過去は変えられない。できることは、過去の出来事を客観的に振り返り、そこから教訓を得てより良い未来をつくっていくことだ。

二つ目の助言「可能でないことを信じない」、これは一つ目の助言とも大いに関係する。過去を変えようとするのは、可能でないことを信じようとすることだからだ。

三つ目の助言「自分の目線を高いところに置かないこと」、これは抽象度が高く解釈の幅が広い。「志は高くとも常に目線は低く、地道に生きよ」ということだろうか。

4. ゴーグルをつけろ

イタリアの化学ブランドメーカーの話。作業員全員にゴーグルをつけろと命令しても、現場は言うことを聞かなかった。この件に関して、会議では様々な意見が出た。悪いのは作業員か?現場監督か?経営幹部か?そうして堂々巡りが続く。そんな矢先、社外からコンサルタントを招いた。
何が問題ですか?
「作業員がゴーグルをつけないことです」
「では何が”解決”ですか?
「作業員がゴーグルをつけるようになることです」
「どうしたらそれが実現するでしょうね?」
「…レイバンみたいなサングラス風の、かっこいいゴーグルに変えればみんなつけるんじゃないか?」
誰かが冗談混じりに言った。
試しにかっこいいオシャレなゴーグルをつくったところ、みんな喜んでゴーグルをつけるようになった。

ある問題に遭遇したときの対処の仕方には二つの方法がある。一つは「問題に焦点をあてる」原因追求思考、もう一つは「解決に焦点をあてる」解決探索思考だ。
「ゴーグルをつけろ」は、原因追求思考から解決探索思考への転換により成功した事例である。(もちろんどちらが良い悪いと言う話ではなく、二つのアプローチを知っていることが大事。)
似たような話として「エレベーターと鏡」というものがある。

「エレベーターの待ち時間が長すぎるから何とかしてほしい」というクレームが、オフィスビルに入っているテナントから上がってきた。解決策として挙げられたのは、エレベーターの増設、最新の高速エレベーターに取り換えること。しかし、どちらも莫大なコストがかかる。
そこである社員が「各階のエレベーターの前に大きな鏡を置きましょう」と提案し実行したところ、ほとんどの人が鏡を覗き込み、服装や表情、化粧の状態をチェックするようになり、待ち時間を長いとは感じなくなった。
「エレベーターの待ち時間が長い」という問題を、「エレベーターの待ち時間を長いと感じる」という問題に変えたのだ。

5. 【最後に】視点、視野、視座について

77もの寓話とその教訓を読み終えたうえで、最も深く考えさせられたのが「視座」についての話だ。
複数の視点から物事を見なさい、広い視野をもちなさいと子供のころから叩き込まれてきたが、思えば視座については何も言われたことがない。
視座とは、簡単に言えば、半分の水が残っているコップを見て「まだ半分ある」と思うのと「あと半分しかない」と思うのとどちらがいいか?というアレだが、要するに幸福を決めるのは視点でも視野でもなく、視座である
「狩人と鳥」に出てくる第三の助言もまた、この視座についてふれているのではないか?と私は解釈した。
子供のころ何気なく読んでいた物語も、いま読み返せば新たな発見があるかも知れない。

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