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お金以外のために働く女(N女の研究/中村安希)

一流企業で十分に通用する学歴やキャリアをもちながら、給料を半分以下に落としてでも非営利組織NPOの世界に飛び込んでいく女性がいる。N女…という怪しげな響きをもつタイトルの言葉は、NPOで働く女性のことを指す。
彼女たちはなぜその道を選んだのか?道の先に何を見据えているのか?
女性のノンフィクション作家が徹底的に取材し、まとめたのがこの作品だ。
私自身NPOに興味があるわけでも、知人にN女がいるわけでもないが、この本を通してしか知り得なかった貴重な価値観にふれることができた。

1. なぜN女は前向きか?

現在20〜30代、働き盛りのN女たちは、バブル崩壊以前にNPOで働いていた女性、旧N女とは考え方が異なる。行政の力や補助金を当てにしてきた旧N女に対し、現代のN女は自分たちで稼ぎ、補助金がなくても継続できる組織作りにこだわる。

貧乏というのは残念なことだ。しかし悲しいことではない、とN女たちを見ていて思う。お金がないから出てくる知識があるし、いい時代を知らないおかげで、現代や未来を過度に悲観せずに済んでいる。

彼女たちが元気でサバサバしていて、常に冷静に物事を考えられるのは、バブルを知らないからだと著者はいう。
これは、出版という斜陽産業に身を置く者として、少し分かるような気がした。何もしなくても飛ぶように本が売れた時代を知る人は、とかく「あの頃はよかった病」になりがちだ。苦しい状況であることを理解して、それでもその世界に飛び込む者はほんとうに強い。

2. 圧倒的な当事者意識

現在の日本が抱える課題は?といわれれば、誰でもある程度は答えをもっているだろう。しかし、解決するためにアクションを起こす人は、自分を含めほとんどいない。それは当事者意識の欠落と「どうせ変わらない」という諦めによるものだと私は思うが、N女の場合はそうではない。
以下、少し長いが引用したい。

N女は立場の違いを越えて利害の異なる誰かのために、一緒に戦う。
ガラスの天井と戦っているバリキャリ女性がいる以上、男性中心型の会社組織の解体を目指して、私たちは共に戦わなくてはいけない。子育てとの両立にもがく両立主婦のために、保育所やベビーシッター、家政婦の待遇を向上させるために、すべての人が声を上げ続けるべきだし、外部からの補充労働者たちの雇用を安定させるべく、派遣会社や政府に対して、待遇の改善を訴え続けなければいけない。シングルマザーたちの貧困を何とかしなくてはいけないし、DV被害女性たちの敵になるのではなく、安全地帯にならなくてはいけない。風俗産業に吸収されていく女性たちを蔑視している場合ではないし、育った家庭環境の難しさや貧しさから子どもの面倒がきちんと見られない母親たちを一方的に責め立てている場合ではない。
やるべきことはシンプルだ。手を貸せばいい。分裂を食い止め、ゆるやかな連帯を維持していくために、利害の一致しない隣の女性のために一緒に戦うしかないのである。

私は昔から、フェミニズムを過剰に主張する人が苦手だった。
「男性社会反対!女性が生きやすい世界を!」などと声高に唱える女性は、総じて要領が悪いと感じることが多いからだ。あらゆる場面で男女の壁は確かに存在するが、それを悪とバッサリ切り捨てるのではなく、使えるものは使えばいいし、頼れるところは頼ればいいじゃないかと思うのだ。
それゆえに、女性に纏わる社会問題を解決しようと奮闘する人に対し、私は自分が女性であるにも関わらず興味がなかった。

しかしこの本には、例えば慶應義塾大学を出て有限会社ビッグイッシューで働きホームレス支援をするN女が登場する。彼女がホームレス問題に関するとても強烈な経験をしているのかと思えばそうではない。それでも圧倒的な当事者意識をもって、課題解決のために頭を使い、奮闘する。

多くの人が給料がよくて休みの多い、ラクでたのしい仕事に憧れるなか、全く違う価値観とブレない芯をもって働くN女のような人がいる。先が見えない時代、ほんとうに社会を変えていけるのは、生き残っていけるのは、そうした人たちなのだろう。

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