見出し画像

病気と天才(ぼくには数字が風景に見える/ダニエル・タメット)

アスペルガー障害をもち、サヴァン症候群でもあるイギリス人の著者が、自身の半生を綴った本。特定の分野にずば抜けた能力をもつことで有名なサヴァン症候群だが、彼の場合は語学と計算において高い記憶力をもつ。10の言語を操り、円周率を2万2000桁以上暗唱してギネスにも登録された。(のちにミスが判明)
現在はフランスのパリで新しいパートナーと暮らし、言語学習のウェブサイトを運営している。

1. 数字における共感覚

著者は幼少期から、数字に共感覚をもっている。
共感覚とは、例えば「マルマ」「タカテ」という2つの名前を比べた際、マルマの方が丸みを帯びた形、タカテの方が鋭利な形を想起させるあの感覚のことだ。言語共感覚は多くの人がもつが、彼の場合は数字にも色や感情、質感、動きが感じられる。4は内気で静か、89は舞う雪のようで、333が最も美しく、289は醜い、といった具合だ。すべての数字が形をもつため、何も考えなくても素数を区別でき、掛け算をする際には、二つの数字の間に広がる空間の形を見るだけで答えが分かるという。円周率を暗唱する際には、頭の中で風景が流れ続ける。電車の窓から移り変わる景色を眺めているような感じだろうか。
楽に計算ができて羨ましい一方で、日常生活において鬱陶しい場面も多いのではないかと、イチ会社員としては思う。会議資料の数字や株価を見て「美しい」などと感じることは邪魔でしかないだろうし、数字は無機質だからこそ説得力がある。絶対音感をもつ人は雨音を聞いて「今のはファの#」などと思うそうだが、その感覚にも近いかも知れない。

2. 人生の転機

アスペルガー障害をもつ著者は、人と違うことで幼少期はいじめに遭っていた。また、外出を好まず、家か図書館でほとんどの時間を過ごした。ルーティーンをこなすことはできても、予想外のことが起きるとうまく対処できない彼にとって、外より内の世界の方が安心で居心地がよかったからだ。
ところが彼は18歳の時、海外ボランティアのプログラムに申し込み、初めてひとりで海外(リトアニア)で暮らす決断をする。海外で暮らすことで自分を客観的に見られるようになり、「外国人だから英語を教える仕事ができた。人と違うことは悪いことではない」と自分と折り合いをつけられるようになった。
また、ゲイである彼は、インターネットを通じて最愛のパートナー・ニールを得た。二つ以上のことを同時にできず、対面で話す際は相手のネックレスの鎖の数を数えるのに夢中になってしまい会話ができない、といったことがよく起こるため、メールでのやり取りが向いていた。
少しずつ、確実に、自ら行動を起こすことで世界を変えていく彼に、同じ境遇でなくとも励まされるはずだ。

3. 病名についての覚書

私の周り、少なくとも自分が認識している範囲には、自閉症やアスペルガー障害をもつ人がおらず、なんとなくの知識しかなかった。巻末の精神科医による解説が参考になったので、最後に記録したい。

・サヴァン症候群のうち半数は自閉症者で、残りの半数にも他の発達障害がある。つまりサヴァン症候群とは、非凡な才能と脳の発達障害をあわせもつ人々のことをいう。(=状態を指すものであり、病名ではない)

・サヴァン症候群の人たちが得意とすることの多い音楽、美術、数学などは、右脳のはたらきがものをいう領域である。一方、彼らの多くは左脳に障害をもつ。この障害を補うべく脳が発達した結果、右脳の眠れる力が目を覚ます、という仮説がいまのところは有力。
※ちなみにこの本の著者は4歳で側頭葉てんかんを発症したが、それとサヴァン症候群との関係は不明。

・自閉症とアスペルガー障害の違いについて
自閉症の子供は言語の発達に遅れがあるため、2~3歳で見つかることが多い。一方アスペルガー障害の子供は遅れがないため、診断が難しい。しかし両者の中核的な症状は共通していて、
①人の心の動きや社会的な約束事がよく分からないため、他人とのコミュニケーションが難しい。集団において適切な行動がとれない
②同一の事物にこだわりが強く、新しい事柄や環境をなかなか受け入れられない
の2点に集約される。
したがって、この二つを区別することにあまり意味はないという見方もある。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?