自分の枠組みの囚人(多様性の科学/マシュー・サイド)

なぜCIAは9.11を防げなかったのか?それは、当時のCIAには多様性が皆無だったからだー
この興味深いトピックから幕を開ける、多様性をテーマにした作品。著者は教授ではなく、オックスフォード大学を首席で卒業し、卓球選手になりオリンピックに2度出場したという、珍しい経歴のライター/コラムニストである。

ビンラディンは、ムスリムには深い意味をもちながら、イスラム教に馴染みがなければ価値を感じないイメージを多用した。例えば、ターバンを巻き、胸まで顎髭を伸ばして洞窟に座り、AK-74(自動小銃)を抱える姿。
CIAはそのみすぼらしい外見に騙されたが、洞窟はムスリムにとっては聖なるシンボルであり、彼はそうして自分を預言者に仕立てることで、大勢のムスリムの心をつかんだのだ。

機長に逆らうより死を選んだ

そのほか、飛行機の墜落事故やエベレスト遭難事故、「地位の高いリーダーが率いるチームより、それほど高くないリーダーが率いるチームの方がプロジェクトの成功率が高かった」という大学の研究データを例に挙げ、「ヒエラルキーがものをいう環境下では、権威あるリーダーの存在は抑圧を招く。しかしそうした存在がいなければ、集団の意見が表明・共有されやすくなる」という結論を導く。
ただし、多様性のあるメンバーを集めたらOKという話でもない。それでも情報カスケード(=集団の構成員がみな同じ判断をして一方向になだれこむ現象)は起こりうる。2人以上の人が同じ答えを出すと、次の人には「そうなのかもしれない」という意識が働くからだ。流行や株価バブルの根っこには、こうしたバンドワゴン効果(同調行動)が見られる。

イノベーションの鍵

ノーベル賞を受賞した科学者は、その他の科学者に比べ楽器を演奏する者が2倍、絵を描くか彫刻をする者は7倍、詩か戯曲か一般向けの本を書く者は12倍、アマチュア演劇かダンスかマジックをする者は22倍多かった。(起業家や発明家も然り)

我々は一つの問題に没頭していると、どんどんその細部に取り込まれていって、そのうちそこにいるほうが楽になる。自分の枠組みの囚人となる。しかし対象から概念的に距離をとってみると、新たな視点が生まれる。(略)
融合が進化の原動力になりつつある現代において、貴重な役割を果たすのは、従来の枠組みを飛び越えていける人々だ。

数と多様性の逆説的効果

留学生の多いマンモス大学と、小規模な大学に通う生徒の社会的ネットワークを比較した調査がある。マンモス校に通う生徒の方が、多様性に富んだ人々と交流するチャンスが多く思えるが、結果は逆だった。マンモス校の生徒の方がより、自分と考え方や行動が似ている者同士、さらには政治的、倫理的な信条や偏見まで似通った者同士でつながりあっていたのだ。
なぜなら、交流できる人の数が多いということは、自分と似ている人の数も多いということだからだ。
インターネット上でも同じことが起きている。多様性豊かな環境は、矛盾した現象ももたらす。世界が広がるほど、人々の視野が狭まっていく
これは現代社会における特徴的な問題の一つ、エコーチェンバー現象(=同じ意見の者同士でコミュニケーションを繰り返し、特定の信念が強化される現象)につながる。

硬直したシステムが生産性を下げ、離職率を上げる

コールセンターの従業員を調査すると自分でインストールしたFirefoxやChromeを使っている者は、デフォルトのSafariやInternet Explorerを使っている者より勤続期間が15%長く、欠勤日数が19%少なく、生産性や売上業績も上だった。
問題はブラウザそのものではなく、それを選択した従業員の心理傾向の違いだ。FirefoxやChromeを使っていた従業員は、マニュアルに縛られず、自分なりに工夫して顧客の対応に当たる傾向が高かった。(言い換えれば、精神的にしなやかで、フットワークが軽い人)
フレックスをはじめとする柔軟なシステムは、組織や社会に進化をもたらす重要な要素の一つだ。多様性を存分に活かせる環境があってこそ、イノベーションは生まれる。

所感

「数と多様性の逆説的効果」の章、個人的にすごく面白かった。
「これはTwitterの話だ…」と思わずにはいられなかったのだ。自分にとって心地いい意見と情報ばかりが流れるようにカスタマイズしておきながら、タイムラインを追うだけで、なんだか世界が広がった気になってしまう。危険だよなぁと改めて思わされた。
一方で、自分の小学校、中高、大学の友人を比較すると、大学の友人が圧倒的に数が多い。私の親も同じようで、「人間関係は学校を変わるごとに濾過されていって、最後には本当に合う人が残るんだよ」というようなことを言われて納得した記憶がある。
私は好奇心が異常に強いので、知らない世界や価値観にふれるとワクワクするが、それでも、そういう人はたまに会うくらいでいい。長い付き合いがしたいのは、やはり自分に近い人だ。
知らない世界にふれる努力だけは、せめて続けていけたら、と思った。


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