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愛はすべてに勝つ(ネオ・ヒューマン/ピーター・スコット・モーガン)

身体中の筋肉が徐々に動かなくなり、最終的に心臓が止まってしまう病気、運動ニューロン疾患(ALS)を患い余命2年の宣告を受けた著者が、自らを実験台として「肉体のサイボーグ化」と「AIとの融合」に挑む半生を綴った作品。

この著者・ピーターの半生、とても要素が多く忙しい。
まず彼はゲイであり、学生時代は教師や家族から理不尽な扱いを受け続けていた。16歳の頃に後のパートナーとなるフランシスと運命的な出会いを果たし、それから27年後の2005年にはイギリスで初めてシビル・パートナーシップに登録したゲイ・カップルとなり、彼らの披露宴には市長まで参加した。
コンサルファームで働いていた優秀なピーターは40代でアーリーリタイアし、フランシスと共に世界中を旅する幸せな生活を送る。ところが50代で余命2年の宣告。
ピーターは死ぬことも、生きる屍のような形で延命することも拒否し、テクノロジーを駆使することで”人間である”ことの定義を書き換えようとする。

自らをサイボーグ化するなどSFのような話だが、ピーターの計画は至って具体的だ。
・自分の脳と機械の脳を連結することで、脳の寿命を無限にのばすこと。
・肺が動かなくなる前に気管を切開してチューブを通し、身体機能を拡張すること。
・サイバースペースや仮想現実、拡張現実、人工知能を全て使って、カメラの映像を見るだけではなく、自分自身の身体で見て聞いて触れて書けるような感覚を得ること。
・顔の表情はアバターを作成して胸の辺りにスクリーンを置いて映し、肉声を録音しておくことで、まるで生身の人間と話しているかのようなスムーズな会話を可能にすること。
ピーターはこれらの計画を実行すべく、あらゆる専門家にコンタクトを取り、実験を重ねていく。

しかし、現在を生きる人なら誰にでもわかるように、全ての技術は完成形にはほど遠い。倍々ゲームのようなスピードで進化を遂げるテクノロジーを信じ、「数年後には素晴らしい状況になっているはず」と希望をもって、ピーターは闘いを続ける。

ALSはとても辛い病気だ。
毎週、指が1本ずつ動かなくなり、身体のあらゆる機能が奪われていく。最後に自分の足で歩いたとき、自力でベッドからでたとき、最後に味わったディナー、最後に名前をサインしたとき、最後に自分の手でキーボードをタイプしたとき、最後にパートナーをハグしたとき。あらゆる別れが記憶に刻み込まれていく。
既に身動きのできない状態で、喉頭摘出、つまり声が出なくなる手術を選択するピーターは、「最後に言い残す言葉」としてフランシスへ愛の言葉を発する。(私はこの場面で号泣して、読書を中断してしまった、、)

最後、著者が(肉体的に)死んだ後の仮想世界が描かれているので全てがノンフィクションかと思っていたが、著者紹介を読むに2017年の余命宣告がとうに過ぎた今も存命のようだ。最後のパートだけフィクションなのだと思う。

ピーターがとにかく強いので、SFのようなパートは面白く読めるし、フランシスとの純愛物語は泣ける。
元々、フランシスは表に出ることを好むタイプではなかった。ところがあるゲイの友人をエイズで失ったとき、亡くなった友人のパートナーが一切の相続権を認められられなかったことに対する反発で、盛大な披露宴を開きメディアに露出する生き方を選んだという。
二人の世界を変えようとする気概と、何十年も連れ添ってもなお「I love you」と伝え合う深い深い愛情には圧倒された。
「愛はすべてに勝つ」という、普段の私なら失笑してしまうような小見出しに、今作ばかりは頷かざるを得ない。

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