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実在(存在のすべてを/塩田武士)

神奈川県で起きた二児同時誘拐事件。
警察の助けがあったにも関わらず身代金の受け渡しに失敗した方の4歳の子供・亮は、連れ去られたまま帰ってこなかった。
ところが3年後、亮は突然、祖父母の家に姿を現す。実の母からネグレクトされていた亮は、母親と暮らしていた時よりも明らかに大切に育てられたことが見て取れたが、彼自身も祖父母も、育ての親については一切口を開かなかった。
果たして育ての親はどこの誰なのか?なぜ3年後に祖父母の家に現れたのか?
事件から30年が経ち、当時事件を追っていた刑事や記者が定年を迎えるなか、後輩記者が真相に辿り着く。

※以下ネタバレあり※

この著者は元新聞記者で、前に読んだ『騙し絵の牙』『罪の声』もめちゃくちゃ面白かったけど、今作もすごかった。

亮は名前を変えて覆面写実画家として成功するが、彼の作風が別の写実画家・野本貴彦の影響を受けていると発覚し、この謎に包まれた2人の写実画家から、事件の真相はひも解かれていく。

真相をまるっと書いてしまうと、
①野本貴彦の兄・雅彦が誘拐事件の犯人で、子供のいない弟夫婦に「友達の子供を数日だけ預かってほしい」と嘘をつき亮を押し付けた
②事件のことを知らない夫婦は亮をいったん預かるが、兄と連絡がつかなくなる
③夫婦、事件のことを知って青ざめる
④亮を母親に返そうとするが、ひどいネグレクトを受けていたことを知り返さない方が良いと考える。同時に貴彦が、4歳の亮の写実画の才能を見抜く。また、兄を通報すると自分たちもマスコミに追われ続ける人生になると怯える
⑤身を隠すように引っ越して3年間ふたりで大切に育てたが、小学校にも病院にも行けない亮を不憫に思い、貴彦が世話になっていた画廊のオーナーの手伝いもあり、亮を母ではなく裕福な亮の祖父母に育ててもらおうと手を尽くした

という切ない物語だった。

夫婦が亮を大切に育てていた証拠が、亮が持参していた抜けた乳歯を入れるための手作りケースだったり、貴彦が亮に絵を教え、また、亮の祖父母に何度か絵葉書を送って亮の生存を知らせていたりと、必ず終わりがくると分かっていながらも亮に愛情を注ぎ続けた夫婦、そして別れがあまりにも切なかった。
30年後を描いた最後、夫婦の妻だけは亮との繋がりを感じさせる描き方だったが、夫・貴彦の行方は知れずという報われなさ。。

30年後に事件を追う記者・門田が、何で今更この事件を追っているのかと聞かれ「(貴彦と亮の)実在を書きたい」と答える台詞が印象的だったが、この貴彦が報われないオチは、著者が元記者ゆえの「現実」なのかなぁと思った。

写実画には、目に見える以上のもの、写真に写る以上のものが描かれる。
誘拐事件に関わった育ての親が写実画家で、亮もまた同じ道を歩んだこと。「いつかお父さん(貴彦)と一緒に白いアトリエで絵を描きたい」と幼い亮が語った夢を、行方不明の貴彦が未完成のまま残した絵を亮が引き受けることで間接的に叶えたこと。写実画が門田のいう「実在」と重ね合わさる構成がお見事だった。

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