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都会で生きるということ(年収は「住むところ」で決まる/エリンコ・モレッティ)

新型コロナウイルスの蔓延が、皮肉にも古い日本企業のIT化を劇的に進めることになった。私の周りでも在宅勤務が当たり前になり、一部の友人は安くて広い郊外の家へ引っ越して行った。都内の会社に勤めながら大阪の実家で暮らす知人もいる。家賃の高い東京で暮らすことの意味が、価値が、いま改めて問われているように思う。

都会水準の高い給料を得ながらどこでも働ける、好きな場所で暮らせる。
そんな現状と真逆の主張を冠したこの本は、イタリアの経済学者である著者が2014年に発表したものだ。
著者も世界がこんな風に変わってしまうことなど夢にも思わなかったろうが、ここに書かれている主張は案外、昨今の状況を鑑みても正しいと私は感じた。


1. なぜイノベーションは一極集中するか?

イノベーション産業の集積地はたいてい地価の高いところにあり、シリコンバレーでシリコン(半導体の原料)が取れないように、地理的な強みがあるわけではない。それでもイノベーション産業が一握りの都市に集中するのは何故か?
それは、集積地に拠点を置くことで、企業が競争上の強みを手にできるからだ。ある土地にいくつかのハイテク企業がやって来ると、その土地の経済のあり方が変わり、他のハイテク企業もそこにやって来たいと感じるようになる。すると、労働市場の厚みが増し、イノベーション産業のためのビジネスインフラが整い、知識の伝播が促進される。ハイテク企業はいっそう創造性と生産性を高めていけるのである。

2. エンジニアが増えればヨガインストラクターが増える

労働者の生産性が高まった街では、他の産業でも雇用が増え、労働者の賃金水準が高まる傾向がある。科学者やエンジニアの雇用が増えれば、地域のサービス業に対するニーズが高まる。その結果、タクシー運転手や家政婦、大工、ベビーシッター、美容師、医師、弁護士、犬の散歩人、心理療法士といった雇用も増えるのだ。ハイテク産業で働く人は高給取りであるから、そうした地元のサービス業に落とす金も多い。
ハイテク関連の雇用には「5倍」の乗数効果があるとされている。海面が上昇すれば、すべてのボートが高く押し上げられるのと同じだ。

3. 隣人の教育レベルがあなたの給料を決める

人と人が交流すると、その人たちはお互いから学び合う。その結果、教育レベルが高い仲間と交流する人ほど生産的で創造的になり、経済的な恩恵を受けられる。
ある都市に住む大卒者の数が増えれば、その都市の大卒者の給料が増えるが、さほど大きな伸びではない。それに対し、高卒者の給料の伸びは大卒者の4倍、高校中退者の場合、この数字は5倍となる。教育レベルが低い人ほど、他の人たちが高度な教育を受けることにより大きな恩恵に浴するのだ。

4. 健康と寿命の地理格差

住むところによって変化するのは収入だけではない。アメリカ史上有数の大がかりな社会実験として、1994-98年、政府はNYやロスの貧困地区で暮らす多くの人たちに家賃クーポンを支給し、貧困度の低い地区の公営住宅へ引っ越すよう促した。10年後、引っ越したグループと貧困地区に留まったグループの健康状態を調査したところ、引っ越したグループの健康状態の方がずっと良好だった。どこに住み、どういう人に囲まれて生きるかによって健康状態も大きく左右されるのである。

5. アイデアは対面で生まれる

本当に優れたアイデアは、たいてい予想もしていないときに思いつく。同僚とランチを食べているときだったり、給湯室で立ち話をしている時だったり。理由は単純だ。電話や電子メールは情報を伝達するのに適しており、研究の核となるアイデアを生み出す手段としては最適ではないのだ。新しいアイデアは、議題のない自由な会話から、思いがけずミステリアスに生まれてくる。いつ遠方の同僚と電話するかをあらかじめ決めておいて、そのときに新しいアイデアを思いつこうと計画するのは、馬鹿げた発想だ。ゆえに、どういう同僚と一緒に過ごすかによって、自らの生産性が左右されるのだ。

6. なぜ日本はハイテク産業でトップになれなかったか

これは本旨とは少しずれるものの、とても印象的だったので最後に引用したい。

大きな要因の一つは、アメリカに比べてソフトウェアエンジニアの人材の層が薄かったことだ。アメリカが世界の国々から最高レベルのソフトウェアエンジニアを引き寄せてきたのと異なり、日本では法的・文化的・言語的障害により、外国からの人的資本の流入が妨げられてきた。その結果、日本はいくつかの成長著しいハイテク産業で世界のトップから滑り落ちてしまった。別の章で述べたように、専門的職種の労働市場の厚みは、その土地のイノンベーション産業の運命を決定づける要因の一つなのである。


以上がこの本の要点だ。
先日、私はGoogleの社員と話す機会があった。仕事が完全オンラインに切り替わった彼らは、全世界のGoogle社員とランダムに雑談できるシステムを採用しているそうだ。対面が叶わなくとも、「議題のない雑談」の重要性を心得ているからであろう。

対面で直接触れ合うことには、間違いなく大きな力がある。画面越しでは伝わらない発想や感情は計り知れず、それらがぶつかり合ったときの化学反応が見られない世界は虚しい。
多くの仕事がオンライン化したことによるメリットはとても大きかったが、対面で話す機会が奪われたことによる悪い側面は、これから露呈してくるような気がしている。東京がこの先もずっと、優秀で面白い人が集まる街であり続けることを願ってやまない。

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