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末娘の献身(統合失調症の一族/ロバート・コルカー)

アメリカに実在する、ベビーブームに生まれた12人兄妹とその親・ギャルヴィン夫妻を描いたノンフィクション。12人中6人が次々と精神に異常を来たしていくなか、末娘のメアリーを中心に物語は進んでいく。
統合失調症の原因は遺伝子か?それとも環境か?この病気が今ほど認知されていなかった時代、好奇の目を向けられながらも運命に抗った子供たちと、母親ミミの強さに驚かされるばかりだった。

家族構成は上10人が男の子、下の2人が女の子。姉妹のマーガレットとメアリーは、歳の離れた次男からともに性的虐待を受けていた。(そして過去を紐解けば、長男のドナルドや母親のミミもまた、幼い頃に性的虐待を受けていた)
アメリカの田舎でドラッグとアルコールと暴力に明け暮れる兄弟。はじめに長男のドナルドが精神に異常を来たし、下の兄弟も次々と症状が出てきて、入退院を繰り返す日々が続く。四男は妻を殺して22歳で自殺。唯一の心の支えだった姉のマーガレットは裕福な家庭に預けられ、末娘のメアリーは、兄の暴力による危険に晒されながら家に取り残されてしまう。
自分もいつか兄たちのようになるかもしれないと怯えながらも、セラピーを受けたり勉学に励み遠くの学校に進学するなどして、メアリーは道を切り開いていく。学校では過去や家族と訣別するため「リンジー」と名前を変え、「同じ遺伝子をもっていながらも発症した6人と、発症しなかった6人は何が違うのか?」という問いから、自らが家族を説得し、被験者として研究サンプルとなる。

現在、世界では100人に1人が統合失調症にかかり、20人に1人が自殺すると言われている。しかも、4割の患者は全く治療を受けていない。また、家族に統合失調症患者がいると自身が発症する確率は跳ね上がるが、確実に発症するわけではない。発症の引き金は、おそらく何らかのトラウマ(ギャルヴィン家の例では、虐待や離婚の危機など)であるが、初期に適切な治療を受ければ、症状の悪化を防げる可能性もある。

リンジーは被験者として協力している研究室で、亡くなった父親のドンが晩年、鬱の治療を受けていたことを初めて知る。四男の自殺と、他5人の息子の発症が引き金となったに違いなかった。父も母も、病気のことを隠し通そうといつも必死だった。それは、統合失調症を引き起こす遺伝子を持ちながら、12人も子供をもうけたことに対する世間の冷たい目に耐えられなかったからであり、結果、そのことが治療を遅らせたとも言える。

発症しなかった兄妹の多くは、遺伝子に不安を抱えながらも、ほとんどは結婚して子供をもうけた。リンジーも2人出産し、自身のルーツを知った娘のケイトは統合失調症の研究者になり、かつて祖父や叔父が被験者として協力していた研究室に入った。ケイトは優秀だったため、院生ばかりの研究室に入ったとき、まだ18歳だった。親の寄付のおかげで入れたのではないかと囁かれるが、それに対して、彼女は得意げに答えた。
「寄付って、お金のことを言っているのですか?それとも生体組織のことですか?」

500ページ近い、脚色のないノンフィクションはとても重かったが、暴力や虐待を受けたにも関わらず兄を救おうとするリンジーの献身に、深く胸を打たれた。この作品は「統合失調症で苦しむ家族や研究に役立てたい」と、姉妹が書き手を探して綴られたものだという。

最後にこの表紙。実際の家族の写真らしい。
何もかもが圧巻である。


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