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音楽の才能は9割が遺伝(日本人の9割が知らない遺伝の真実/安藤寿康)

知能や学力の遺伝の影響を明らかにする「行動遺伝学」の観点から、「じゃあ頑張っても仕方ない」と諦めるのではなく、遺伝的才能を生かす方法を模索する趣旨の新書。
以前、「人間の50%は遺伝で決まる」と何かの本で読んで衝撃を受けたが、この本はその事実を双生児研究によって科学的に明らかにしていくもので、もっともっと衝撃を受けた。

双生児研究とは、一卵性双生児と二卵性双生児を比較するというシンプルな研究だが、ここ日本において4万組の双生児サンプルを見つける方法が、「市役所や区役所で住民基本台帳から双生児と思しき同じ住所と生年月日の人を肉眼でつきとめ、一人一人の氏名・住所・性別・生年月日を紙に書き写す」というもので、あまりにも泥くさくて驚いた。
(個人情報管理が厳しくなる前の話で、今はそれさえもできない)
双生児ペアを集め、一卵性と二卵性で、IQや学力、鬱、自閉症、反社会的行動の程度について相関係数を出すと、やはり一卵性の方が「似ている」という結論になる。
しかし、この関数が全てに当てはまるかというとそうではない。

行動遺伝学では遺伝以外の影響を「共有環境(=家族を類似させる効果を持った環境。家に本がたくさんあるとか)」と「非共有環境(=学校や友達関係など家族以外の影響)」の2つに分類し、遺伝、共有環境、非共有環境の影響の割合を調べていく。

P81に「さまざまな形質の遺伝と環境の割合」グラフが掲載されているのだが、これの遺伝の割合がかなりショッキングで面白い。
例えば身長や体重は9割以上が遺伝、知能も5割は遺伝(しかも児童期、青年期、成人期初期にかけて遺伝の割合が増えていく)。才能に関しては、音楽は9割が遺伝、美術は5割、執筆は8割、スポーツは8割。
(Vaundyの親は確かシンガーだったよな…)
病気に関しては統合失調症、自閉症、ADHDすべて8割、鬱は4割、アルコール依存、喫煙、マリファナ、ギャンブルは5割、不倫は3割が遺伝する
という内容である。

意外なのが、収入への遺伝と環境の影響について。
20歳くらいのときは遺伝2割、共有環境7割だが、知能が年齢を重ねるについれて遺伝の影響が濃くなるのと同じで、45歳くらいになると遺伝が5割になり、共有環境はゼロになる。(この共有環境=親のコネやツテが含まれるため、45歳ではさすがに親の七光りが通用しないというのはもっともな話)

学力に関しては、5~6割が遺伝で、2~3割が共有環境のため、学力の7~9割は子ども自身にはどうしようもないところで決定されているといえる。にも関わらず学校は「頑張りなさい」というメッセージを発し続け、これは不当であると著者はいう。ITやAIが発達し、求められる能力が変化していることが、勤勉で内向的な日本人にとって成長の妨げとなっているのではないか、と。今後、行動遺伝学にも、新しい遺伝的資質が顕在化していく可能性は大いにある。

多彩な才能を評価する文化をつくるために著者が提案する方法は、「才能に気づいたら、高校や大学に行かずいつでも仕事を始められて、必要が生じたら仕事も移れる。一方、高校・大学で学ぶ知識を含め必要な知識を必要なときにオンラインなどで学べる仕組みをつくる」という、”社会のキッザニア化”だ。
私は中高が死ぬほどつまらなくて毎日退学を考えていたが、それでも「同世代の人と同時代に時間を共有すること」には大きな意味があったと強く思うので、このソリューションに関してはちょっと暴論だなと感じた。

年を取るほど遺伝の影響が顕在化してくるのが真理なら、遺伝の影響などなかったことにして、がむしゃらに頑張る時代があったっていいのではないか。”若い頃しかできないこと”は山ほどあるが、無知ゆえの努力もその一つであり、無知ゆえに突破できる壁も、この世界にはたくさんあるのではないか。それもまた、ある種の希望だと思うのだ。


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