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なぜ人は動かされるのか(影響力の武器/ロバート・B・チャルディーニ)

人が態度や行動を変化させる心理的な力について、アメリカの社会心理学者が易しく解説した本。人に何か与えられるとお返しをしなくては、と思う「返報性のルール」など、どこかで聞いたことのあるような基礎的なルールが中心ではあったが、その理由や具体的な実験内容はとても興味深いものだった。

1. 返報性のルール

レストランでウェイターが客に勘定を持っていく際、キャンディーを添えるとチップの額が上がるという。これは私の日常生活においても、例えば空港でもらったアメックスのボールペン、カルディーの入り口で配られるコーヒーなど、思い当たる場面が多々ある。(最近は感染防止のため、この手のサービスは全てストップしているが)
ボールペンをもらえば「話だけでも聞いてあげよう」と思ったし、コーヒーをもらえば「何か買わなきゃ」という気にさせられたものだった。

なぜ我々は小さな好意に対し、大きな好意を引き出されてしまうのか?
まず第一に、恩義を受けている状態というのは不快なものだからだ。人間社会のシステムのなかでは助け合うことが重要なため、恩義を受けた時に負担を感じるように条件づけられているのである。
第二に、このルールを破る人すなわちお返しをしようとしない人は、社会集団のメンバーから嫌われるからだ。ケネディの言葉「多くを与えられている者には多くが要求される」は限りなく真理に近い。

2. 知覚のコントラスト

車などの高い買い物をした後にオプションを提案されると安く感じ、ついお金を払ってしまう現象は「知覚のコントラスト」によるものだ。
確実に断られるであろう無理なお願いをしたあとで、本当のお願いをするとYesを引き出しやすいという有名な話があるが、これも原理は同じである。
加えて、承諾した相手には「譲歩した」という納得感と、自らYesを出したことに対する責任感、満足感が生じる。

3. コミットメントと一貫性

人は馬券を買った直後、買う前に比べその馬が勝つ可能性を高く見積もる傾向がある。
理由は第一に、人は一貫性にしがみつこうとするからだ。ジョシュア・レイノルズ卿は「考えるという本当の労働を避けるために、人はどんな手段にも訴える」と述べている。
第二に、一貫している人が合理的で信頼のおける人と判断される一方で、そうでない人は気まぐれ、優柔不断、不安定と思われるからだ。
したがって人は、「〜と見られている」という意識に行動を合わせる。実験では、一週間前に「あなたは慈悲深い人だと思われている」と言われた主婦は、より多くの寄付をしたという。
加えて、書くことには魔術的な力がある。アムウェイ社は販売員に自ら目標を書かせることで、その目標にコミットさせ成長していった。

私は「当たる占い」というのもまた、言われた通りの未来にコミットすることで、そこに向かう行動を無意識に選ぶようになる結果ではないかと思っている。「言霊」と言われるものの正体は、一貫性なのかも知れない。

4. 社会的証明の原理

バラエティ番組で過剰に使われる録音した笑い声、チップ入れにあらかじめ入れられた見せ金、サクラの客など、これら全て「私たちは他人が何を正しいと考えているかに基づいて、物事が正しいかどうかを判断する」という原理によるものだ。
また、人は、自分と似ている他者を参考にする傾向が強い。有名人が自殺すると、その有名人に年齢が近い者の自殺が増加するのもこの原理によるものだ。

5. 好意

親近性・類似性は好意に結びつきやすい。選挙車がしつこく名前を連呼するのは、名の知れた人が選挙で選ばれやすいからで、セールスマンが顧客に共通点を見つけようとするのは、その方が圧倒的に商品が売れるからだ。

親近性は、対人でない場面でも利用される。実験で、学生がマスターカードのマークが出されている部屋で通信販売のカタログの品物選びをする場合、平均29%も多くのお金を使った。
我々はクレジットカードのマークを便利、支払いを先延ばしにできる、といったプラス面と連合させがちであり、連合の原理が無意識のうちに私たちを刺激してお金を出させてしまうのである。

6. 希少性と競合性

ある物の数が少なくなったとき、人はいっそうそれが欲しくなり、それを求めて競合しているとき、最も欲しくなる。実験で瓶に10個入ったクッキーと2個入ったクッキーを差し出した時、被験者は数が少ない方を望んだ。しかしクッキーの味を評価した際には、少ない方のクッキーがより美味しいとは感じなかったという。希少性はそれを求める気持ちを高めることはできても、クッキーの味を変化させることはできない。つまり、喜びは希少な品を体験してみることにあるのではなく、それを所有することにあるのだ。
希少性の原理は物に限らず、情報においても適用される。独占的な情報を含んだメッセージを人は信じやすい

7. なぜ人は動かされるのか?

そもそもどうしてこれらの「ルール」が成立するのだろうか?
我々が生きる社会は複雑に入り組み、常に目まぐるしく変化していて、この変化に対処するためには、簡便法を用いることが必要だからだ。
出会う人や出来事や状況をすべて理解して分析していては、時間やエネルギーがいくらあっても足りない。ある程度はステレオタイプや経験則を使い、鍵となるいくつかの特徴によって物事を分類し、じっくり考えずに対応していかないと生きていけないのだ。
大切なのは、これらのルールを無視するよう心を鬼にすることではない。例えば車にオプションをつけそうになった時には、販売員の行動を改めて振り返り、それが本当に必要なものなのか、冷静に自分に問いかけてみることだ。

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