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ホラー短編集「老いることは美しい」



ため息を吐いて、まかないのハンバーガーに齧りついた。
もともとハンバーガーが好きで、バイトを希望したくらいだから毎日、食べても飽きないし、空腹なはずなのに・・・。
あまりに味気なくて飲みこんでから、またため息すると「おいおい」と苦笑が。

「そんな、まずそうに食ってるのを見たら店長が悲しむぞ」

振りかえると、バイトクルーの権三さんが笑いかけ、挨拶代りにコーヒーカップを掲げた。
ちょうど休憩が重なったらしい。
どこからどう見ても、若々しく可憐な女子でないとはいえ、その姿を目にして憂鬱だったのが、すこしテンションがあがる。
案外、ハンバーガーショップで働くバイトの年齢は幅広いとはいえ、権三さんは異色も異色。
なんたって、会社の定年後、六十五才で一からこの店で働きだしたのだから。
しかも、もう勤続十年、今や七十五才というに現役ばりばり。
物腰柔らかく、ばつぐんに人当たりがよくて、時間帯責任者に昇格したほど仕事もできる。
採用した大手柄な店長をはじめ、バイト仲間、客の多くが権三さんラブだ。

「生き生きと働いている姿を見ると、こっちまで元気になる」

「権三さんに会いにくるのが生きがい」

「自分もがんばろうと思える」

「どんな悲しいことがあっても、権三さんに会えば、生きられる」

老若男女問わず、権三さん目当てに足しげく店に通う客は少なくない。
もちろん、バイト仲間もほとんどがファンで、とくに俺ら若いのは「おおらかなお父さんのようだ」とひな鳥のように慕っていた。
ので、顔を見たなり、つい泣きそうになって、だれにも話していない悩みを「権三さん、聞いてくださいよお」とべらべらと。

「俺、ちょー金欠なんです。
彼女にATMから預金全部おろされて逃げられてしまって・・・。
手元にある現金で、つぎの給料日まで、しのがなくちゃならないんですよー。
まあ、こうして、まかないや残り物で、なんとか食いつなげそうですけど、どうしても、パンだと腹もちしないし、食った気がしなくて・・・」

「そうなのか」とコーヒーカップをテーブルに置いた権三さんは、しばし考え事。
「休み時間はまだある?」と聞いて「あと、二十分くらいです」と返せば「じゃあ、ちょっと、外にでようか」と立ちあがった。

「すぐ近くに、いい店があるから、今日は奢ってやるよ」

「いや、そんな、つもりで話したわけじゃ・・・!」と慌てるも「まあまあ、ついてきなって」と早くも裏口を開けて、でていったのに、ハンバーガーを口につめこんで追いかける。
待ったをかけようにも七十五とは思えない健脚ぶりにして、迷路のような裏路地を曲りに曲がられて見失わないのが精いっぱい。

結局、うどん屋につれてこられてしまった。
観念したのと、出入り口から漏れる湯気の香ばしさに抗えず、権三さんがさっさと清算した食券を受けとった。
が、店に入るまえに、なんとなく食券を見て「は!?」と絶叫。

「素うどん、百円!?」

目を丸くするのに、権三さんはにやにやするだけで店内へと。
店につくまで、背を向けつづけ、あまり口を利かなかったのは俺を驚かせるためもあったらしい。
「やられたな」と苦笑しつつ、暖簾をくぐると、立ち食い用のカウンターしかない狭い店内。
客のほとんどは、権三さんと同じくらいの年の人ばかり。
おまけに店主は頑固親父といった風格があり、権三さんには「よお、いらっしゃい」と挨拶したのに、俺を無視。
独特の店の雰囲気に飲まれたのに加えて、すさまじい空腹感に襲われ、目がくらみ、店主が鍋に入れようとした、うどんを見て、つい独り言を。

「・・・脳みそみたい」

思ったまま口にしたとはいえ、時と場を弁えない、とんだ失言。
店主に眼光鋭く睨まれて、とたんに我にかえり、青ざめたものの、謝るまえに「まあまあ店主」と割ってはいる権三さん。

「こいつ、彼女に金を持ち逃げされたショックで、ちょっと不安定になってんだ。
何日もろくなもん食べてないというし、大目に見てやってよ」

それを皮切りに、まわりの客も「いやあ、俺も覚えあるわあ」「店主、こりゃあ、かわいそうだって」と援護射撃。
「わかった、わかったから」と笑った店主は、でも、俺に一睨みするのを忘れず、調理を再開。
そうして「店からでてけえ!」と怒鳴られそうになった以外は、値段以上の美味のうどんを堪能させてもらい、権三さんには大量のトッピングを奢ってもらって、お腹も心も大満足。
店をでてから、あらためて、お礼を云おうとしたら、眉尻を下げた権三さんが曰く「事前に云っておけばよかったな」と。

「あそのこ店主、若い人、ちょっと得意じゃないんだよ。
俺ら老人には、えらく優しいから、ああして、たまり場になってんだけどな。
まあ、きみのこと、よろしくって店主に云っておけば、だいじょうぶだろう。
ただ、店主は店のこと、あまり人に知られたくないらしくて・・・」

「だから、秘密にするの約束な?」とウィンクする権三さんは、最高にチャーミングで「この世の生き仏よ!」と感涙して拝みたくなったほど。
で、早速、その日に再度、お邪魔をしようと。
バイトを終えたところで、教授に呼びだしをくらい、押しつけられた雑務が済んだのが、深夜零時近く。
ケチな教授がお菓子一つ恵んでくれなかったので、腹が減りまくり。
そりゃあ、超穴場な激安うどん屋を求めてやまず、営業時間が分からなかったものを「だめもとで、いってみよう」と足を運んだ。

うどん屋が並ぶ通りにでたところで、暖簾がかかってないのが見えてしまい。
がっかりしかけ、出入り口の窓硝子から、薄明かりが漏れているのに気づいた。
空腹が過ぎて、あきらめきれずに、店の前にいき窓の端から覗きこむ。
明かりがついているのは厨房だけ。
あの頑固親父風な店長は?と目を走らせると、すこしして奥から、のっそりと。
鍋のまえで止まって、大切そうに両手で抱えるものを、うっとりしたように眺めている。

うどん・・・・いや、あれこそ脳みそじゃないか?

空腹のあまり、とうとう幻覚に惑わされるようになったか。
いや、でも、昼間のうどんも、縮れ具合がそれっぽかったが、今のは血がにじんでいるようでピンクがかっているし、ぞっとするほど生生しく艶があるし、痙攣もしているような。
なんたって、うどんを茹でるはずの鍋から、湯気が立っていない・・・。
どうにも幻覚とは思えず、目を凝らして見ていると、店主が脳みそに口を近づけて。
ほどけて、うどんの麺のようになったそれを、ちゅるりと吸った。

悲鳴をあげそうになったのを、とっさに手でふさぎ、跳びすさったなら、背後から「がはははは!」とけたたましい笑い声がしたに、ぎくりとする。
慌てるまま、店と隣の建物の隙間にはいり、口を手でおおいながら、聞き耳をたてれば。

「ほんと、この店は最高の一品をだしてくれるんだ!
とことん皺が刻まれた活きがいいのをな!」

「皺が多いのに活きがいいのか?
皺というと、醜く老いて刻まれるってイメージがあるが・・・」

「そうそう、ふつーは人が老いると、肉体的に衰えたり、精神的にまいって正気を失ったりする。
ただ、脳みそだけは、ちがうのだと。
まあ、人によるらしいが・・・。
基本、脳みそも皺が増えることで、アルツハイマー病になったり、いろいろと支障がでてくる。
が、年老いても、若若しくふるまい、充実した日日を送る人間は、とくに病気にならない。
脳が同じ状態でも、だ。
皺が深深と、隙間なく刻まれながらも、病気にかからない脳こそ、この世の至高のご馳走よ!」

ごくりと、喉を鳴らす音。
「がっはは!おおいに期待しろ!」と響きわたる高笑い。

「店主がとっておきの脳みそを仕入れたと、いつになく興奮していたからな!
なんでも、七十過ぎなのにファーストフード店で・・・」

ついには幻聴までもが?
いや、幻聴だとしても、聞き捨てならないし、さっき店主が脳みそを吸った光景が浮かんでやまずに吐き気が。
空腹感と吐き気の相性は最悪。
二人の男・・・人間かも分からない存在が騒がしくおしゃべりするのを最後まで聞き届けるまえに、意識を途切れさせた。

スマホのアラームが鳴ったのに跳び起きる。
いつの間に帰ったのか、それとも悪夢だったのか・・・。
起きたのは腐臭たちこめる裏路地ではなく、消臭スプレーの匂いが染みた自室のベッドの上。
なににしろ、ぶじに帰れたのだから、昨晩の夢うつつな記憶など気にせず、深く考えなければいいところ。

起きたなり、すぐにハンバーガーショップに電話。
相手が応じるより先に「権三さん、いますか!?」と叫べば「やっぱり!?やっぱり、権三さんになにかあったの!?」と劣らない声量で返されて。
店長曰く「この十年、皆勤賞だったのが、急な無断欠勤なんて!連絡がなければ、連絡しても、つながらないんだよ!」と。
「もし、なにか知っていたら・・・!」と泣きついてきたのを、すげなく不通に。

スマホを握りしめたまま、奥歯を噛みしめ、頭を抱える。
どうしたって、頭から拭えない、昨晩の身の毛もよだつ光景と会話。
吐き気を催しつつ、でも、腹と背中がくっつきそうなほどに空腹の限界だからか、口の端から涎を垂らしてしまって・・・。

店主が恭しく掌に乗せていた脳みそは、なんとも美しく、このうえなく旨そうだった。


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