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「菊と刀」3/4世紀の謎に迫る

2022年3月7日
東京マラソンのニュースを見ていて思い出しました。かなり昔ですが、日本でおこなわれた女子マラソン大会で、インタビュアーが、優勝したアフリカの選手に、
「沿道の声援に対して、はにかんだ微笑みをされていましたが、恥ずかしかったのですか」と質問した時のことです。
その選手は、通訳を介して「恥ずかしいことは全然なかったです」と怪訝な顔で答えました。それまでは笑顔にあふれていたのに、彼女の表情が急変したのです。

なるほど。これは通訳ミスでしょう。
おそらくインタビュアーは、恥ずかしい=照れ臭い(embarassed)のつもりで聞いたのか、恥ずかしがり屋(shy)ですね、と言いたかったのでしょう。
しかし、その質問は、恥ずかしい=不名誉や罪を恥いる(ashamed)の意味で伝わってしまったと思われました。マラソンで優勝したのに、なぜ不名誉で恥いることがあるのだと不思議に思って当然です。
そもそも無意味な質問でしたが、なかなか興味深いです。
マラソンのニュースから、そのことを思い出しました。

日本語の「恥ずかしい」には、照れ臭い意味と、罪を恥じる意味が一緒にあるから、このような誤解があるのでしょう。
英語では区別されている「恥ずかしい」の意味が(おそらく他の言語も同じでしょう。ドイツ語もそのようです)、なぜ日本語では区別されていないのか。
日本人はそもそも、照れ臭い感情と罪を恥いる感情を区別できていないと思われます。

さて日本人を語る不朽の名著に「菊と刀」があります。アメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトによって1946年に書かれました。
その本によると、日本は「恥の文化」であるとのことです。日本人は、恥を感じることや、他人からどう見られているかが行動を規定していると書かれています。
一方、欧米人は、罪を感じるかどうかが行動を規定しているそうです。

となると、日本人は罪の概念が希薄で、他人からどう見られているかの方を重要視していると言えます。そして、恥ずかしいという感情は、他人の目を気にして強く動揺していることが根本にあり、それで照れ臭さと罪悪感の区別ができず、境目が曖昧なのでしょう。

ではなぜ、日本人は他人からどう見られているかを重要視するようになったのか。
「菊と刀」では、恩やら義理やら階層社会などがあって、何だかよくわからない話の末に、だから恥の文化なのだとなっています。明瞭には説明しきれていない印象です。

以前ボクは、日本人がシャイなのは、日本列島が何万年も、深い森で覆われていたからだと書きました。
平野部の森が農業のために開墾されたのは、ここ二千年ほどで、それまでの数万年間、日本人は鬱蒼とした森で暮らしてきたはずです。
見通しの悪い森にいると、他人が接近してきても気付きにくいでしょう。それが悪意ある他者であれば危険です。常に警戒する性質であったほうが生き残り易かったでしょう。
警戒しない楽天家はいずれ命を落とし、ビクビクオドオドしている人見知りは生き残ったでしょう。それが数万年続いて、シャイな性質を育んだと書きました。

見通しの悪い森で何万年も生きてきた日本人は、見通しの良い草原や砂漠で生きてきた人間に比べて、シャイ以外に以下のような性質を獲得したとも書きました。
・挨拶は気軽にしない
・すぐに戦う、逃げる、などの準備を常に必要とするので、几帳面さが発達した
・音や匂いに敏感になり、臭覚が発達して味覚も発達した
・敵が近くにいるかもしれないので、声が小さくなった
・日本語は、声が小さくても聞こえやすい言語となった
(区別しやすい母音5つだけで構成され、連続子音は無いなど)

ちなみに連続子音とは、strongの、strなどです。s-t-rの3子音を一気に発音します。日本語っぽく発音を書くなら、stろーんg、です。最後のグ、はgで止めます。なので発声学的には1音です。日本語なら「す・と・ろん・ぐ」の4音、もしくは「ろ・ん」と分けて5音です。声を小さくしたら、どちらがはっきり聞こえるか、明らかですね。

自分には見えていないけど、誰かが自分を見ているかもしれないのが深い森です。他人の目を気にするということは、深い森と大いに関係があるはずです。
見られているかどうか、そのセンサーの感度を上げておいた方が、生存確率が高まったのでしょう。それが恥ずかしいという感情の原点となったのです。他人の目を気にすること、イコール恥ずかしいかどうかが、生きる上で重要な感情なのです。罪か正義かは二の次なのです。

そう言えば、日本語には「罪」や「正義」を表す言葉が少ないけど、英語にはたくさんあるとも書きました。
罪:ツミ、タガ、アヤマチ:sin、crime、guilt、blame、offence、fault
正義:タダシイ、ヨイ:goodness、fairness、justice、right、moral、virtue、correctness、legal、proper、honest、truthful、straight

日本語には「恥ずかしい」関連の言葉はたくさんあるようです。
恥、照れ臭い、赤面、面目ない、面汚し、顔が潰れる、顔に泥を塗る、やましい、肩身が狭い、穴があったら入りたい、きまり悪い、顔向けできない、ばつが悪い、こそばゆい、面はゆい、などなど。
顔や面(つら)関係が多いですね。やはり見た目、つまり、どう見えるかが重要なようです。穴があったら入りたいのは、誰からも見えないところへ行きたいのです。

「日本人は深い森で育まれた」理論は、自分で言うのも何ですが、なかなか美しいでしょう。あまりの美しさに、最近ちょっと不安になってきました。誰か、梅原猛さんや梅棹忠夫さんあたりの偉大な方々が、ずいぶん昔に言ってたりして。今さら探す気力もないです。どなたかわからないでしょうか。それではまた。

関連記事です→「深い森は人をシャイにさせる 出会いは突然だから」

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