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あとちゃんと - 1

「あとのばか」

河川敷に下りて、最初に口をついて出た言葉だった。

動物高度医療センターの検査を待つ間、目の前の多摩川河川敷は週末の台風を前にしっとり水に包まれたような薄曇りで、アカツメクサ、ヒメジオン、シロツメクサ、ニワゼキショウ、豆の花、葛のつる、他にも名前を知らない小さな黄色や紫の花、ひらひらと舞う紋白蝶、紋黄蝶、広い河川敷は人の生活空間を遠くに押しやって、時間の流れもきっとカチカチと秒を刻んではいない。

検査が終わるまでの2時間半から3時間、河川敷はスノードームの中のようだった。

3時間後、疑われた腫瘍も嚢胞もなかったけれど、エコーで見たあとの腎臓にはあるはずの層が確認できない。1週間前の血液検査の時から状況が急速に進行してStage 4の慢性腎臓病と診断された。

10歳と6か月でStage4は平均寿命よりは早いけれど、そういう子はよくいますと獣医師は言った。

雪の新潟へ旅したとき、しっとりした大気、積もった雪、水を膜で包んだようなお米にそこから作ったお酒、人間も半分ちかくが水で、みんな循環しているんだなぁ、と感じた。

あとちゃんがこの大気にとけて行ってしまうのは、思ったより早いんだな。
でも、わたしも含めて、みんなめぐっていくんだよな。
その短い出会いの間、一緒にいるのが幸せだと思ってほしいなと、帰りのバスの中で思った。

2023年5月31日のこと。

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